6話 六
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「裏の美しいのは、旦那樣、……坊主の持ものでござります……」
道理こそ、出入りを人に隱して形を見せぬと、一晩お媼さんが注進顏で、功らしく言つた事を覺えて居る。……
臺所の狹い張出しで、お媼さんは日が暮れてから自分で行水を使つた。が、蒸暑い夜で、糊澤山な浴衣を抱きながら、涼んで居ると、例の柳の葉越に影が射す、五日ばかりの月に電燈は點けないが、二階を見透の表の縁に、鐵燈籠の燈ばかり一つ、峰の堂でも見るやうに、何となく浮世から離れた樣子で、滅多に顏を見せない其の女主人が、でも、端近へは出ないで、座敷の中ほどに一人で居た。
其の樣子が、餘所から歸宅つて、暑さの餘り、二階へ遁げて涼むらしい……
「羅も脱いで、帶も解いて、水のやうなお襦袢ばかりで、がつかりしたやうに、持つた團扇も動かさないで、くの字なりに背後へ片手支いて居なさる處……何うもお色の白い事……乳の邊は其の團扇で、隱れましたが、細りした二の腕の透いた下に、ちらりと結び目が見えました……扱帶の端ではござりません……確かに帶でござりますね、月も最う餘程らしうござります……成程人目に立ちませう。
此で以て、あの方が、一寸も庭へも出なさらない譯も分りました、おみもちでござりますよ。」
と其の時お媼さん拔衣紋で、自分の下腹を壓へて言つた。
「其が何うして、坊主の持ものだと知れたんだらう。」
「處が旦那樣、別嬪さんが、然うやつて、手足も白々と座敷の中に涼んで居なさいます、其の周圍を、ぐる/\と……床の間から次の室の簀戸の方、裏から表二階の方と、横肥りにふとつた、帷子か何でござりますか、ぶわ/\した衣ものを着ました坊さんが、輪をかいて《まは》つて居ります。其の影法師が、鐵燈籠の幽な明りで、別嬪さんの、しどけない姿の上へ、眞黒に成つて、押かぶさつて見えました。そんな處へ誰が他人を寄せるものでございます。……まはりを《まは》つて居た肥つた坊さんは、確に、御亭主か、旦那に違ひないのでございますよ。」
「はてな……其が又、何だつて、蜘蛛の巣でも掛けるやうに、變に周圍を《まは》るんだ。」
「其は貴方、横から見たり、縱から見たり、種々にして樂みますのでございます。妾などと申しますものは、然うしたものでございますとさ。」
「いや、恐れるぜ。」
と其なり濟む。
日は經ち、月はかはつたが、暑さが續く。分けて雨催ひで風の死んだ、羽蟲の夥しい夜であつた。……一度線を曳いて窓へ出して、ねばり着いた蟲の數を、扱くほど、はたきに掛けて拂ひ棄てたが、もとへ据ゑると、見る/\うちに堆いまで、電燈のほやが黒く成つて、ばら/\と落ちて、むら/\と立ち、むず/\這ふ。
餘り煩くつて、パチンと捻つて、燈を消した。
曇つた空の星もなし、眞黒な二階の裏の子窓で、――こゝに今居るやうに――唯吉が、ぐつたりして溜息を吐いて、大川の水を遮る……葉の動かない裏家の背戸の、其の一本柳を、熟々凝視めて居た事があつた。
其處へ病上りと云ふ風采、中形の浴衣の清らかな白地も、夜の草葉に曇る……なよ/\とした博多の伊達卷の姿で、つひぞない事、庭へ出て來た。其の時美人が雪洞を手に取つて居たのである。