7話 七
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ほつれた圓髷に、黄金の平打の簪を、照々と左插。くツきりとした頸脚を長く此方へ見せた後姿で、遣水のちよろ/\と燈影に搖れて走る縁を、すら/\薄彩に刺繍の、數寄づくりの淺茅生の草を分けつゝ歩行ふ、素足の褄はづれにちらめくのが。白々と露に輕く……柳の絮の散る風情。
植ゑ添へたのが何時か伸びて、丁度咲出た桔梗の花が、浴衣の袖を左右に分れて、すらりと映つて二三輪、色にも出れば影をも宿して、雪洞の動くまゝ、靜かな庭下駄に靡いて、十歩に足らぬそゞろ歩行も、山路を遠く、遙々と辿るとばかり視め遣る……
間もなかつた。
さつと音して、柳の地摺りに枝垂れた葉が、裾から渦を卷いて黒み渡つて、搖れると思ふと、湯氣に蒸したやうな生暖い風が流れるやうに、ぬら/\と吹掛つて、哄と草も樹も煽つて鳴つたが、裾、袂を、はつと亂すと、お納戸の其の扱帶で留めた、前褄を絞るばかり、淺葱縮緬の蹴出が搦んで、踏出す白脛を、草の葉の尖で危く留めて……と、吹倒されさうに撓々と成つて、胸を反らしながら、袖で雪洞の灯をぴつたり伏せたが、フツと消えるや、よろ/\として、崩折れる状に、縁側へ、退りかゝるのを、空なぐれに煽つた簾が、ばたりと音して、卷込むが如く姿を掻消す。
其の雪洞の消えた拍子に、晃乎と唯吉の目に留つたのは、鬢を拔けて草に落ちた金簪で……濕やかな露の中に、尾を曳くばかり、幽な螢の影を殘したが、ぼう/\と吹亂れる可厭な風に、幻のやうな蒸暑い庭に、恰も曠野の如く瞰下されて、やがて消えても瞳に殘つた、簪の蒼い光は、柔かな胸を離れて行方も知れぬ、……其の人の人魂のやうに見えたのであつた。……同じ夜の寢る時分、
「裏家では、今夜、お産のやうでございます……」
と云つた、お媼さんは、あとじさりに蚊帳へ潛つた。
風は凪んでも雨にも成らず……激しい暑さに寢られなかつた、唯吉は曉方に成つてうと/\するまで、垣根一重の隔てながら、産聲と云ふものも聞かなかつたのである。
「お可哀相に……あの方は、昨晩、釣臺で、病院へお入りなすつたさうでございます。」
「やあ。産が重かつたか。」
「嬰兒は死んで出ましたとも申しますが、如何でございますか、何にしろお氣の毒でございますねえ。」
二月ばかり經つと、婆やが一人、留守をしたのが引越したツ切、何とも、其れぎり樣子を聞かずに過ごす。
生死は知らぬが、……いま唯吉が、屋根越に、窓と窓とに相對して、もの云ふは即ち其の婦人なのである。……
「まあ、」
と美人は、團扇を敷居に返して、ふいと打消すらしく、其の時云ふやう。
どんなに私が厚顏しうござんしたつて、貴方に蟲を捕つて、棄てて下さいなんぞと、そんな事が申されますものですか。
あの……」
派手な聲ながら、姿ばかりは愼ましさうに、
「そんな事ではありません。お願ひと申しますのは……」