印度更紗

5話

1,684字 約3分 2021年11月4日 公開

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眞個(まつたく)()(ことば)(ちが)はないもんですから、主人(しゆじん)も、(きやく)も、()(たゞ)して、()のいはれを()かうと()つたの。

 ――(みなと)()つよ――

 深夜(しんや)に、可恐(おそろし)黄金蛇(こがねへび)の、カラ/\と()(とき)は、土蠻(どばん)でさへ、(だれ)(みな)(みゝ)(ふさ)ぐ……()(とき)には()うか()らない……そんな果敢(はかな)い、一生(いつしやう)奴隷(どれい)()はれた()だのに、一()()いた(こと)()ないと()ふ、日本(につぽん)()(わか)(ひと)は、(いま)()鸚鵡(あうむ)一言(ひとこと)()くか()かないに、(やり)をそばめた()(はづ)かしい、ばつたり(ゆか)に、俯向(うつむ)けに(たふ)れて潸々(さめ/″\)()くんです。

 お(ぢやう)さんは、伸上(のびあが)るやうに()えたの。

 (なみだ)(はら)つて――唯今(たゞいま)鸚鵡(あうむ)(こゑ)は、(わたくし)日本(につぽん)()吹流(ふきなが)されて、()うした()()ります、()船出(ふなで)夜中(よなか)に、歴然(あり/\)()きました……十二一重(じふにひとへ)()(はかま)()させられた、百人一首(ひやくにんいつしゆ)()(うた)(ほん)においで(あそ)ばす、貴方方(あなたがた)にはお(わか)りあるまい、(たふと)姫君(ひめぎみ)繪姿(ゑすがた)に、面影(おもかげ)()させられた御方(おかた)から、お(こゑ)がかりがありました、()言葉(ことば)(ちが)ひありませぬ。いま赫耀(かくやく)とした(とり)(つばさ)()ますると、()らるゝやうに()()(はかま)()()えたのでござります。――と(これ)から(はな)したの――()(とき)のは、(ふね)女神(をんながみ)さまのお姿(すがた)だつたんです。

 (わか)(ひと)筑前(ちくぜん)出生(うまれ)博多(はかた)孫一(まごいち)()水主(かこ)でね、十九の(とし)、……七(ねん)(まへ)福岡藩(ふくをかはん)(こめ)()んだ、千六百(こく)大船(たいせん)に、乘組(のりくみ)人數(にんず)船頭(せんどう)とも二十(にん)寶暦(はうれき)(うま)(とし)(ぐわつ)六日(むいか)に、伊勢丸(いせまる)()()新造(しんざう)乘初(のりぞめ)です。()づは(とゞこほ)りなく大阪(おほさか)へ――それから豐前(ぶぜん)へ《まは》つて、中津(なかつ)(こめ)江戸(えど)()んで、江戸(えど)から奧州(あうしう)(わた)つて、(また)青森(あをもり)から津輕藩(つがるはん)(こめ)(ことづか)つて、一()品川(しながは)まで(もど)つた(ところ)(あらた)めて津輕(つがる)材木(ざいもく)()むために、奧州(あうしう)(くだ)つたんです――()(うち)年號(ねんがう)明和(めいわ)()る……元年(ぐわんねん)(さる)の七(ぐわつ)八日(やうか)材木(ざいもく)積濟(つみす)まして、立火(たつび)小泊(こどまり)から()(ひら)いて、順風(じゆんぷう)(おき)(はし)()した(とき)、一(にん)(やぐら)から(さかさま)()ちて()んだのがあつたんです、(これ)があやかしの()いたはじめなのよ。

 南部(なんぶ)才浦(さいうら)()(ところ)で、七日(なぬか)ばかり風待(かざまち)をして()(うち)に、長八(ちやうはち)()(わか)(をとこ)が、船宿(ふなやど)小宿(こやど)(むすめ)馴染(なじ)んで、明日(あす)出帆(しゆつぱん)、と()(まへ)(ばん)()()()つて、行方(ゆくへ)()れず……一寸(ちよいと)……駈落(かけおち)をして(しま)つたんだわ!」

 ふと蓮葉(はすは)に、ものを()つて、夫人(ふじん)はすつと()つて、對丈(つゐたけ)に、黒人(くろんぼ)西瓜(すゐくわ)()けつゝ、鸚鵡(あうむ)(かご)をコト/\と音信(おとづ)れた。

()う?多分(たぶん)()(わが)まゝな駈落(かけおち)ものの、……(わたし)子孫(しそん)だ、と(おも)ふんだがね。……御覽(ごらん)(とほ)りだからね、」

 と、(しも)(つめた)(いろ)して、

「でも、駈落(かけお)ちをしたお(かげ)で、無事(ぶじ)生命(いのち)(たす)かつたんです。(おも)つた同士(どうし)は、道行(みちゆ)きに(かぎ)るのねえ。」

 と(ちから)なささうに、(つか)れたらしく、立姿(たちすがた)のなり、黒棚(くろだな)に、(やはら)かな(そで)()けたのである。

「あとの大勢(おほぜい)つたら、()のあくる()から、()(あめ)()(かぜ)()(なみ)吹放(ふきはな)されて、西(にし)へ――西(にし)へ――毎日々々(まいにち/\)百日(ひやくにち)六日(むいか)(あひだ)(とり)(かげ)(ひと)()えない大灘(おほなだ)(たゞよ)うて、お(こめ)を二(しよう)(みづ)()薄粥(うすがゆ)で、二十(にん)の一(にち)生命(いのち)(つな)いだのも、はじめの(うち)。くまびきさへ()れないもの、(なが)(あひだ)(れふ)したのは、二尋(ふたひろ)ばかりの(ふか)が一(ぴき)。さ、(それ)()べた所爲(せゐ)でせう、お(なか)(かは)蒼白(あをじろ)く、(ふか)のやうにだぶだぶして、手足(てあし)海松(みる)(えだ)()れたやうになつて、()つと見着(みつ)けたのが(おに)(しま)、――魔界(まかい)だわね。

 ()うして(つち)()てからも、(しま)周圍(まはり)に、(そこ)から()えて、(みき)ばかりも五(ぢやう)、八(ぢやう)、すく/\と(みづ)から()た、()()れない()邪魔(じやま)()つて、(ふね)()ける(こと)出來(でき)ないで、(うみ)(なか)(もり)(あひだ)を、(しほ)あかりに、(つき)()もなく、夜晝(よるひる)七日(なのか)(なが)れたつて()ふんですもの……

 ()時分(じぶん)(おほ)きな海鼠(なまこ)二尺許(にしやくばか)りなのを()つて()べて、(どく)(あた)つて、()なないまでに、こはれごはれの(ふね)(なか)で、七顛八倒(しちてんばつたう)苦痛(くるしみ)をしたつて()ふよ。……まあ、どんな、心持(こゝろもち)だつたらうね。(かわ)くのは()(つら)くつて、(あめ)のない()(つゞ)(とき)帆布(ほぬの)(ひろ)げて、夜露(よつゆ)()けて、(みんな)(くち)をつけて()つたんだつて――大概(たいがい)(くちびる)(やぶ)れて()()て、――(たす)かつた()(はなし)孫一(まごいち)は、(あんま)(はげ)しく()つたため、前齒(まへば)(ふた)()つて()たとさ。……

 お()き、(しま)()くと、元船(もとぶね)乘棄(のりす)てて、魔國(まこく)とこゝを覺悟(かくご)して、死裝束(しにしやうぞく)に、(かみ)撫着(なでつ)け、衣類(いるゐ)着換(きか)へ、羽織(はおり)()て、(ひも)(むす)んで、てん/″\が一腰(ひとこし)づゝ(たしな)みの脇差(わきざし)をさして上陸(あが)つたけれど、(うゑ)(かつ)ゑた(うへ)(どく)(あた)つて、足腰(あしこし)()たないものを()うしませう?……」

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