印度更紗

6話

2,360字 約5分 2021年11月4日 公開

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「三百(にん)ばかり、山手(やまて)から黒煙(くろけぶり)()げて、羽蟻(はあり)のやうに渦卷(うづま)いて()た、黒人(くろんぼ)(やり)石突(いしづき)で、(はま)(たふ)れて、呻吟(うめ)(なや)一人々々(ひとり/\)が、(どう)(はら)(こし)()、コツ/\と(つゝ)かれて、生死(いきしに)(ため)されながら、抵抗(てむかひ)()らず(はだか)にされて、懷中(くわいちう)ものまで剥取(はぎと)られた(うへ)親船(おやぶね)端舟(はしけ)も、(をの)で、ばら/\に(くだ)かれて、帆綱(ほづな)帆柱(ほばしら)(はな)れた(くぎ)は、可忌(いまはし)禁厭(まじなひ)可恐(おそろし)呪詛(のろひ)(よう)に、(みんな)()られて(しま)つたんです。……

 あとは(のこ)らず牛馬(うしうま)(あつか)ひ。それ、(くさ)(むし)れ、馬鈴薯(じやがいも)()れ、(かひ)()け、で、()げつくやうな炎天(えんてん)(よる)毒蛇(どくじや)(きり)毒蟲(どくむし)(もや)(なか)を、鞭打(むちう)鞭打(むちう)ち、こき使(つか)はれて、三月(みつき)半歳(はんとし)一年(いちねん)()(うち)には、大方(おほかた)()んで、あと二三(にん)だけ(のこ)つたのが一人々々(ひとり/\)牛小屋(うしごや)から(つか)()されて、(はて)しも()らない(うみ)(うへ)を、二十日目(はつかめ)(しま)(ひと)つ、五十日目(ごじふにちめ)(しま)(ひと)つ、(はな)れ/″\に方々(はう/″\)()られて奴隷(どれい)()りました。

 孫一(まごいち)()一人(ひとり)だつたの……()(ひと)はね、(ちゝ)(なみだ)(みなぎ)()ちる黒女(くろめ)俘囚(とりこ)一所(いつしよ)に、島々(しま/″\)目見得(めみえ)に《まは》つて、()(あひだ)には、日本(につぽん)日本(につぽん)で、見世(みせ)ものの小屋(こや)()かれた(こと)もあつた。一度(いちど)何處(どこ)方角(はうがく)()れない(しま)へ、(ふね)水汲(みづくみ)()つた(とき)(はま)つゞきの椰子(やし)()(おく)に、()うね、()かすと、一人(ひとり)、コトン/\と、(さび)しく(あは)()いて()亡者(まうじや)があつてね、(それ)夥間(なかま)一人(ひとり)だつたのが(わか)つたから、(こゑ)()けると、黒人(くろんぼ)突倒(つきたふ)して、(ふね)()のまゝ朱色(しゆいろ)(うみ)へ、ぶく/\と()たんだとさ……可哀相(かはいさう)ねえ。

 まだ可哀(あはれ)なのはね、一所(いつしよ)(つれま)はられた黒女(くろめ)なのよ。(また)(なん)とか()可恐(おそろし)(しま)でね、(ひと)()ぬ、と家屬(かぞく)のものが、()(くび)大事(だいじ)(しま)つて、他人(たにん)(くび)()きながら()つて、死人(しにん)(くび)繼合(つぎあ)はせて、(それ)(うづ)めると()習慣(ならはし)があつて、工面(くめん)のいゝのは、平常(ふだん)から首代(くびしろ)人間(にんげん)放飼(はなしがひ)()つて()く。日本(につぽん)ぢや()がはりの(くび)()武士道(ぶしだう)とかがあつたけれど、()(しま)ぢや()げると不可(いけな)いからつて、(あし)(しば)つて、(くび)から()けて、(また)(あひだ)(てつ)分銅(ふんどう)()るんだつて……其處(そこ)へ、あの、(くろ)い、(ちゝ)(ふく)れた(をんな)()はれたんだよ。

 孫一(まごいち)は、(てん)(たす)けか、()土地(とち)では()れなくつて――とう/\蕃蛇剌馬(ばんじやらあまん)(かた)()いた――

 と()(わけ)なの……

 (はなし)(これ)なんだよ。」

 夫人(ふじん)(ちひ)さな吐息(といき)した。

()のね、ね。可悲(かなし)い、可恐(おそろし)い、滅亡(めつばう)運命(うんめい)が、(ひと)たちの()に、暴風雨(あらし)()つて、天地(てんち)とともに崩掛(くづれかゝ)らうとする(まへ)(よる)、……(かぜ)はよし、(なぎ)はよし……船出(ふなで)(いは)ひに酒盛(さかもり)したあと、船中(せんちう)(のこ)らず、ぐつすりと寢込(ねこ)んで()た、仙臺(せんだい)小淵(こぶち)(みなと)で――(しも)(つき)(ひと)()めた、(とし)十九の孫一(まごいち)()に――(おも)ひも()けない、(とも)()神龕(かみだな)(まへ)に、(こほ)つた龍宮(りうぐう)几帳(きちやう)(おも)ふ、白氣(はくき)一筋(ひとすぢ)(つき)()いて、(むか)うへ大波(おほなみ)(うね)るのが、(かさな)つて(すご)(うつ)る。()(かげ)に、端麗(あでやか)さも端麗(あでやか)に、神々(かう/″\)しさも神々(かう/″\)しい、()(はかま)(ひめ)が、お一方(ひとかた)孫一(まごいち)一目(ひとめ)()なすつて、

 ――(みなと)()つよ――

 と()一言(ひとこと)。すらりと背後(うしろ)()かるゝ黒髮(くろかみ)のたけ、帆柱(ほばしら)より(なが)(なび)くと(おも)ふと、(はかま)(もすそ)(なみ)()つて、(つき)(まへ)を、さら/\と、かけ(なみ)(しぶき)(たま)()らしながら、()港口(みなとぐち)()んで()えるのを()ました……あつと(おも)ふと(ゆめ)()めたが、月明(つきあか)りに(しも)薄煙(うすけぶ)りがあるばかり、(ふね)(なか)に、(たふと)(かう)(かをり)(のこ)つたと。……

 (これ)船中(せんちう)(はな)したがね、船頭(せんどう)はじめ――白癡(たはけ)め、(をんな)(さそ)はれて、駈落(かけおち)眞似(まね)がしたいのか――で、(ふね)(ひと)ぐるみ、()うして奈落(ならく)(さかさま)落込(おちこ)んだんです。

 まあ、(なん)()はれても、(うつく)しい(ひと)()ふことに、(したが)へば()かつたものをね。

 七(ねん)幾月(いくつき)()()はじめて、世界(せかい)()へた天竺(てんぢく)蕃蛇剌馬(ばんじやらあまん)黄昏(たそがれ)に、()(いろ)した鸚鵡(あうむ)(くち)から、(おな)(ことば)()いたので、()投臥(なげふ)して()いた、と()ひます。

 微妙(いみじ)姫神(ひめがみ)(あま)りの(こと)靈威(れいゐ)(うた)れて、一座(いちざ)(みな)(ひざまづ)いて、(ひがし)(そら)(をが)みました。

 ()ふにも(およ)ばない(こと)奴隷(どれい)(はぢ)も、(くるし)みも、孫一(まごいち)は、()()()けて、(むすめ)哥鬱賢(こうつけん)(はなむけ)した()鸚鵡(あうむ)(かた)()ゑて。」

 と(かご)()ける、と飜然(ひらり)()た、が、(これ)純白(じゆんぱく)(ゆき)(ごと)きが、(うれ)しさに、(さつ)揚羽(あげは)の、羽裏(はうら)(いろ)(あは)()に、(くち)珊瑚(さんご)薄紅(うすくれなゐ)

哥太寛(こたいくわん)餞別(せんべつ)しました、金銀(きんぎん)づくりの脇差(わきざし)を、片手(かたて)に、」と、(ひぢ)()つたが、撓々(たよ/\)()つて、(むらさき)(きれ)(みだ)るゝまゝに、(ゆる)博多(はかた)伊達卷(だてまき)へ。

 (かた)(なゝ)めに(まへ)(おと)すと、(そで)(うへ)へ、(かひな)(すべ)つた、……(つき)()げたるダリヤの大輪(おほりん)白々(しろ/″\)と、()れながら(たはむ)れかゝる、羽交(はがひ)(した)を、(かる)()()け、(すゞ)しい()を、(じつ)()はせて、

「……あら(うれ)しや!三千日(さんぜんにち)()あけ(がた)和蘭陀(オランダ)黒船(くろふね)に、(あさひ)()せた鸚鵡(あうむ)()(いろ)。めでたく筑前(ちくぜん)(かへ)つたんです――

 お()きよ(これ)を! (いま)現在(げんざい)(わたし)のために、荒浪(あらなみ)(たゞよ)つて、蕃蛇剌馬(ばんじやらあまん)辛苦(しんく)すると(おな)じやうな(わか)(ひと)があつたらね、――お(まへ)(なん)()ふの!(なん)()ふの?

 (わたし)は、(それ)()きたいの、()きたいの、()きたいの、……たとへばだよ……お(まへ)さんの一言(ひとこと)で、運命(うんめい)(きま)ると()つたら、」

 と、息切(いきぎ)れのする(まぶた)(さつ)と、()()めた()(ちから)(はひ)つて、鸚鵡(あうむ)(むね)()したと(おも)ふ、(くちばし)を《もが》いて()けて、カツキと()んだ小指(こゆび)一節(ひとふし)

「あ、」と(はな)すと、(つめ)袖口(そでくち)(すが)りながら、胸毛(むなげ)(さかさ)仰向(あをむ)きかゝつた、鸚鵡(あうむ)(つばさ)に、垂々(たら/\)鮮血(からくれなゐ)振離(ふりはな)すと、(ゆか)まで()ちず、(ちう)ではらりと、(かげ)(みだ)して、黒棚(くろだな)に、バツと()る、と驚駭(おどろき)()退(すさ)つて、夫人(ふじん)がひたと遁構(にげがま)への(ひらき)(もた)れた(とき)であつた。

 ()西瓜(すゐくわ)()げぬが、がつくり(うご)いて、ベツカツコ、と()()拍子(ひやうし)に、(まへ)へのめらうとした黒人(くろんぼ)()土人形(つちにんぎやう)が、勢餘(いきほひあま)つて、どたりと仰状(のけざま)。ト木彫(きぼり)のあの、和蘭陀靴(オランダぐつ)は、スポンと(うら)()せて引顛返(ひつくりかへ)る。……(あふり)をくつて、論語(ろんご)は、ばら/\と暖爐(だんろ)(うつ)つて、(くわつ)(しゆ)(そゝ)ぎながら、(ペエジ)(ひら)く。

 (ゆき)なす鸚鵡(あうむ)は、()る/\全身(ぜんしん)(うつく)しい()(そま)つたが、()(ねむ)るばかり恍惚(うつとり)()つて、(ほがら)かに(うた)つたのである。

 ――(みなと)()つよ――

 (とき)立窘(たちすく)みつゝ、白鞘(しらさや)(おも)はず()()けて、(もつ)ての(ほか)かな、怪異(けい)なるものどもの擧動(ふるまひ)()()夫人(ふじん)が、(わす)れたやうに、(つか)をしなやかに(そで)()いて、するりと(おび)(おと)して、片手(かたて)におくれ()(はら)ひもあへず……(うなづ)いて……莞爾(につこり)した。

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