艶書

5話

1,374字 約3分 2011年9月9日 公開

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 (をんな)(かる)吐息(といき)して、

()しませう……()(わたし)()かないで()きますわ。」と正面(しやうめん)(をとこ)()て、()(さか)(うへ)()にしたのである。

病院(びやうゐん)へ、」

「はあ、」

其奴(そいつ)(こま)りましたな。」

 (をとこ)實際(じつさい)當惑(たうわく)したらしかつた。

「いや、(それ)(わたし)(よわ)りました。()らずにおいでなされば(なん)(こと)はないものを。」

「あら、貴方(あなた)(なん)(こと)はない……どころなもんですか。澤山(たくさん)ですわ。(わたし)()う……」

(いゝえ)雖然(けれども)不意(ふい)だつたら、お()げなすつても()んだんでせう。お怪我(けが)ほどもなかつたんでせうのに。」

隨分(ずゐぶん)でござんすのね。」

 と皓齒(しらは)()えて、口許(くちもと)婀娜(あだ)たる微笑(ほゝゑみ)。……()かないと(こゝろ)()まると、さらりと屈託(くつたく)()けた(さま)で、

(まへ)(とほ)()けるばかりで、身體(からだ)(すく)みます。歩行(ある)けなく()つた(ところ)を、(つかま)つたら()うしませう……(わたし)()んで(しま)ひますよ……(をんな)(よわ)いものですねえ。」

 と()つた手巾(ハンケチ)裏透(うらす)くばかり、(くちびる)(かる)(おさ)へて伏目(ふしめ)()つたが、

(いし)其處(そこ)()たれましたら、どんなでせう。(いなづま)でも投附(なげつ)けられるやうでせう。……()(わたし)此處(こゝ)兵隊(へいたい)さんの行列(ぎやうれつ)()て、()背後(うしろ)から(まゐ)るのだつて可厭(いや)(こと)でございます――(かへ)りますわ。」

 と(あらた)めて判然(はつきり)()つた。

「しかし、折角(せつかく)御遠方(ごゑんぱう)からぢやありませんか。」

築地(つきぢ)(はう)から、……貴方(あなた)は?」

「……(しば)(はう)へ、」

 と()つたが、何故(なぜ)か、うろ/\と四邊(あたり)()た。

(おんな)電車(でんしや)でござんすのね。」

()やう……」

 と(おほ)きにためらふ(てい)で、

「ですが、()らつしやらないでも()いんですか。お約束(やくそく)でもあつたんだと――()うにか出來(でき)さうなものですがね、――(また)不思議(ふしぎ)人足(ひとあし)途絶(とだ)えましたな。こんな(こと)つてない(はず)です。」

 (くも)所々(ところ/″\)(すみ)(にじ)んだ、()(てり)(また)(かつ)(つよ)い。が、(なん)となく(しめり)()びて(おも)かつた。

(かま)ひません、毎日(まいにち)のやうに(まゐ)るんですから……まあ、(にぎや)かな(ところ)ですのに……魔日(まび)つて()ふんでせう、こんな(こと)があるものです。おや、()氣味(きみ)(わる)い、……さあ、(まゐ)りませう。」

 とフト思出(おもひだ)したやうに花籠(はなかご)を、ト伏目(ふしめ)()た、(ほゝ)菖蒲(あやめ)(かげ)さすばかり。

一寸(ちよつと)、お()(くだ)さいましよ。……折角(せつかく)()つて(まゐ)つたんですから、()ばかり、記念(しるし)に。……」

 で、(をとこ)()()さうとして、引込(ひつこ)めた。――(をんな)(くち)で、()風呂敷(ふろしき)桔梗色(ききやういろ)なのを()いたから。百合(ゆり)は、薔薇(ばら)は、撫子(なでしこ)(つゆ)(かゞや)くばかりに()えたが、それよりも()(くちびる)は、()(とき)鐵漿(かね)(ふく)んだか、と(かげ)さして、()はれぬ(なまめ)かしいものであつた。

 花片(はなびら)(いたは)るよ、(てふ)(つばさ)()づるかと、はら/\と(きぬ)手巾(ハンケチ)(かろ)(はら)つて、()の一(りん)薔薇(ばら)()くと、(おも)いやうに()(しな)つて、(せな)()ぢさまに、()(うへ)へ、――(さか)(うへ)へ、(とほ)りの(はし)へ、――(はな)眞紅(まつか)なのが、()ゆる不知火(しらぬひ)、めらりと()んで、()荒海(あらうみ)(たゞよ)風情(ふぜい)に、日向(ひなた)大地(だいち)()ちたのである。

 菖蒲(あやめ)()つて、足許(あしもと)()げた、薄紫(うすむらさき)足袋(たび)()める。

「や、(をし)い、貴女(あなた)。」

(いゝえ)(こゝろざし)です……病人(びやうにん)(ゆめ)()てくれますでせう。……もし、恐入(おそれい)りますが、」

 (はな)の、()うして、二本(ふたもと)ばかり()かれたあとを、(をとこ)(かご)のまゝ、撫子(なでしこ)も、百合(ゆり)(むね)滿()つるばかり(あづ)けられた。

 ()(あひだ)に、風呂敷(ふろしき)は、手早(てばや)(たゝ)んで(たもと)()れて、(をんな)背後(うしろ)のものを(さへぎ)るやうに、洋傘(かうもり)をすつと(かざ)す。と()(かげ)が、(また)(かご)(はな)(うつす)(いろ)()へつつ(うつ)る。……()(へだ)てたカアテンの(うち)なる白晝(まひる)に、花園(はなぞの)(ゆめ)()(ごと)き、(をとこ)(かほ)(ぢつ)()て、

恐入(おそれい)りました。()うぞ此方(こつち)へ。貴方(あなた)御一所(ごいつしよ)に、後生(ごしやう)ですから。……背後(うしろ)から追掛(おつか)けて()るやうで()らないんですもの。」

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