6話 六
読み方を変える
「では、御一所に。」
「まあ、嬉しい。」
と莞爾して、風に亂れる花片も、露を散らさぬ身繕。帶を壓へたパチン留を輕く一つトンと當てた。
「あつ。」
と思はず……男は驚駭の目を《みは》つた。……と其の帶に挾んで、胸先に乳をおさへた美女の蕊かと見える……下〆のほのめく中に、状袋の端が見えた、手紙が一通。
「あゝ……」と其の途端に、婦も心附いたらしく、其の手紙に手を掛けて、
「……拾つたんですよ。此の手紙は、」
「え、」
と、聲も出ないまで、舌も乾いたか、息せはしく、男は慌しく、懷中へ手を突込んだが、顏の色は血が褪せて颯と變つた。
「見せて下さい、一寸、何うぞ、一寸、何うぞ。」
「さあ/\。……」
と如何にも氣易く、わけの無ささうに、手巾を口に取りながら、指環の玉の光澤を添へて美しく手紙を抽いて渡す。
此の封は切れて居た。……
「あゝ、此だ。」
歩行いて居た足も留るまで、落膽氣落がしたらしい。
「難有かつた、難有かつた……よく、貴女、」
と、もの珍らしげに瞻つたのは、故と拾ふために、世に、此處に顯れた美しい人とも思つたらう。……
「よく、拾つて下すつた。」
「まあ、嬉しい事、」
と仇氣ないまで、婦もともに嬉々して、
「思ひ掛けなくおために成つて……一寸、嬉しい事よ私は。……矢張何事も心は通じますのですわね。」と撫子を又路傍へ。忘れて咲いたか、と小草にこぼれる。……
「何處でお拾ひ下すつた。」
「直き其處で。最う其處へ參りますわ、坂の下です。……今しがた貴方にお目に掛ります、一寸前。何ですか、フツと打棄つて置けない氣がしましたから。……それも殿方のだと、何ですけれど、優しい御婦人のお書でしたから拾ひました。尤も、あの、にせて殿方のてのやうに書いてはありますけれど、其は一目見れば分りますわ。」
と莞爾。で、斜めに見る……
男は悚然としたやうだつた。
「中を見やしませんか。」と聲が沈む。
「否。」
「大切な事なんですから。もしか御覽なすつたら、構ひません、――言つて下さい、見たと、貴女、見たと……構はないから言つて下さい。」
と煩かしい顏をする。
「見ますもんですか、」と故とらしいが、つんとした、目許の他は、尚ほ美しい。
「いや、此は惡かつた。まあ、更めて、更めて御禮を申します。……實際、此の手紙を遺失したと氣が附かなかつた中に、貴女の手から戻つたのは、何とも言ひやうのない幸福なんです。……たとひ、恁して、貴女が拾つて下さるのが、丁と極つた運命で、當人其を知つて居て、芝居をする氣で、唯遺失したと思ふだけの事をして見ろ、と言はれても、可厭です。金輪際出來ません。
洒落に遺失したと思ふのさへ、其のくらゐなんですもの。實際遺失して、遺失した、と知つて御覽なさい。
搜さう、尋ねようと思ふ前に、土塀に踞んで砂利所か、石垣でも引拔いて、四邊八方投附けるかも分らなかつたんです。……
思つても悚然とする。――
動悸が分りませう、手の震へるのを御覽なさい、杖にも恥かしい。
其を――時計の針が一つ打つて、あとへ續くほどの心配もさせないで、あつと思ふと、直ぐに拾つて置いて下すつたのが分つた。
御恩を忘れない、實際忘れません。」
「まあ、そんなに御大切なものなんですか……」
「ですから、其ですから、失禮だけれどもお聞き申すんです。」
「大丈夫、中を見はしませんよ。」
と帶も薄くて樂なもの。……