艶書

6話

1,381字 約3分 2011年9月9日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

「では、御一所(ごいつしよ)に。」

「まあ、(うれ)しい。」

 と莞爾(につこり)して、(かぜ)(みだ)れる花片(はなびら)も、(つゆ)()らさぬ身繕(みづくろひ)(おび)(おさ)へたパチン(どめ)(かる)(ひと)つトンと()てた。

「あつ。」

 と(おも)はず……(をとこ)驚駭(おどろき)()を《みは》つた。……と()(おび)(はさ)んで、胸先(むなさき)(ちゝ)をおさへた美女(たをやめ)(しべ)かと()える……下〆(したじめ)のほのめく(なか)に、状袋(じやうぶくろ)(はし)()えた、手紙(てがみ)が一(つう)

「あゝ……」と()途端(とたん)に、(をんな)心附(こゝろづ)いたらしく、()手紙(てがみ)()()けて、

「……(ひろ)つたんですよ。()手紙(てがみ)は、」

「え、」

 と、(こゑ)()ないまで、(した)(かわ)いたか、(いき)せはしく、(をとこ)(あわたゞ)しく、懷中(ふところ)()突込(つゝこ)んだが、(かほ)(いろ)()()せて(さつ)(かは)つた。

()せて(くだ)さい、一寸(ちよつと)()うぞ、一寸(ちよつと)()うぞ。」

「さあ/\。……」

 と如何(いか)にも氣易(きやす)く、わけの()ささうに、手巾(ハンケチ)(くち)()りながら、指環(ゆびわ)(たま)光澤(つや)()へて(うつく)しく手紙(てがみ)()いて(わた)す。

 ()(ふう)()れて()た。……

「あゝ、(これ)だ。」

 歩行(ある)いて()(あし)(とま)るまで、落膽(がつかり)氣落(きおち)がしたらしい。

難有(ありがた)かつた、難有(ありがた)かつた……よく、貴女(あなた)、」

 と、もの(めづ)らしげに(みまも)つたのは、(わざ)(ひろ)ふために、()に、此處(こゝ)(あらは)れた(うつく)しい(ひと)とも(おも)つたらう。……

「よく、(ひろ)つて(くだ)すつた。」

「まあ、(うれ)しい(こと)、」

 と仇氣(あどけ)ないまで、(をんな)もともに嬉々(いそ/\)して、

(おも)()けなくおために()つて……一寸(ちよつと)(うれ)しい(こと)(わたし)は。……矢張(やつぱり)何事(なにごと)(こゝろ)(つう)じますのですわね。」と撫子(なでしこ)(また)路傍(みちばた)へ。(わす)れて()いたか、と小草(をぐさ)にこぼれる。……

何處(どこ)でお(ひろ)(くだ)すつた。」

()其處(そこ)で。()其處(そこ)(まゐ)りますわ、(さか)(した)です。……(いま)しがた貴方(あなた)にお()(かゝ)ります、一寸(ちよつと)(さき)(なん)ですか、フツと打棄(うつちや)つて()けない()がしましたから。……それも殿方(とのがた)のだと、(なん)ですけれど、(やさ)しい御婦人(ごふじん)のお()でしたから(ひろ)ひました。(もつと)も、あの、にせて殿方(とのがた)のてのやうに()いてはありますけれど、(それ)一目(ひとめ)()れば(わか)りますわ。」

 と莞爾(につこり)。で、(なゝ)めに()る……

 (をとこ)悚然(ぞつ)としたやうだつた。

(なか)()やしませんか。」と(こゑ)(しづ)む。

(いゝえ)。」

大切(たいせつ)(こと)なんですから。もしか御覽(ごらん)なすつたら、(かま)ひません、――()つて(くだ)さい、()たと、貴女(あなた)()たと……(かま)はないから()つて(くだ)さい。」

 と(むづ)かしい(かほ)をする。

()ますもんですか、」と(わざ)とらしいが、つんとした、目許(めもと)(ほか)は、()(うつく)しい。

「いや、(これ)(わる)かつた。まあ、(あらた)めて、(あらた)めて御禮(おれい)(まを)します。……實際(じつさい)()手紙(てがみ)遺失(おと)したと()()かなかつた(うち)に、貴女(あなた)()から(もど)つたのは、(なん)とも()ひやうのない幸福(しあはせ)なんです。……たとひ、(かう)して、貴女(あなた)(ひろ)つて(くだ)さるのが、(ちやん)(きま)つた運命(うんめい)で、當人(たうにん)(それ)()つて()て、芝居(しばゐ)をする()で、(たゞ)遺失(おと)したと(おも)ふだけの(こと)をして()ろ、と()はれても、可厭(いや)です。金輪際(こんりんざい)出來(でき)ません。

 洒落(しやれ)遺失(おと)したと(おも)ふのさへ、()のくらゐなんですもの。實際(じつさい)遺失(おと)して、遺失(おと)した、と()つて御覽(ごらん)なさい。

 (さが)さう、(たづ)ねようと(おも)(まへ)に、土塀(どべい)(しやが)んで砂利所(じやりどころ)か、石垣(いしがき)でも引拔(ひきぬ)いて、四邊(あたり)八方(はつぱう)投附(なげつ)けるかも(わか)らなかつたんです。……

 (おも)つても悚然(ぞつ)とする。――

 動悸(どうき)(わか)りませう、()(ふる)へるのを御覽(ごらん)なさい、(ステツキ)にも(はづ)かしい。

 (それ)を――時計(とけい)(はり)(ひと)()つて、あとへ(つゞ)くほどの心配(しんぱい)もさせないで、あつと(おも)ふと、()ぐに(ひろ)つて()いて(くだ)すつたのが(わか)つた。

 御恩(ごおん)(わす)れない、實際(じつさい)(わす)れません。」

「まあ、そんなに御大切(ごたいせつ)なものなんですか……」

「ですから、(それ)ですから、失禮(しつれい)だけれどもお()(まを)すんです。」

大丈夫(だいぢやうぶ)(なか)()はしませんよ。」

 と(おび)(うす)くて(らく)なもの。……

目次に戻る

目次