室内一面濛々とした上へ、あくどい黄味を帶びたのが、生暖い瀬を造つて、むく/\泡を吹くやうに、……獅噛面で切齒つた窓々の、隙間と云ふ隙間、天井、廂合から流込む。
噂も知らなかつた隧道が此だとすると、音に響いた笹子は可恐しい。一層中仙道を中央線で、名古屋へ大りをしようかと思つたくらゐ。
「何にしろ酷いぞ、此は……毒を以て毒を制すと遣れ。」
で、袂から卷莨を取つて、燐寸を摺つた。口の先に《ぱつ》と燃えた火で勢付いて、故と煙を深く吸つて、石炭臭いのを浚つて吹出す。
目もやゝ爽かに成つて、吻と呼吸をした時――ふと、否、はじめてと言はう、――彼が掛けた斜に、向う側の腰掛に、疊まり積る霧の中に、落ちて落かさなつた美しい影を見た。
影ではない、色ある衣の媚かしいのを見たのである。
「女が居る。」
然も二人、……
と認めたが、萎々として、兩方が左右から、一人は一方の膝の上へ、一人は一方の、おくれ毛も亂れた肩へ、袖で面をひたと蔽うたまゝ、寄縋り抱合ふやうに、俯伏しに成つて惱ましげである。
姿を、然うして撓やかに折重ねた、袖の色は、濃い萌黄である。深い紫である。いづれも上に被た羽織とは知れたが、縞目は分らぬ。言ふまでもなく紋があらう。然し、煙に包まれて、朦朧としてそれは見えぬ。
小袖も判然せぬ。が、二人とも紋縮緬と云ふのであらう、絞つた、染んだやうな斑點のある緋の長襦袢を着たのは確。で、搦み合つた四つの袖から、萌黄と其の紫とが彩を分けて、八ツにはら/\と亂れながら、しつとりと縺れ合つて、棲紅に亂れし姿。……
其の然も紅は、俯向いた襟を辷り、凭れかゝつた衣紋に崩れて、膚も透く、とちらめくばかり、氣勢は沈んだが燃立つやう。
ト其の胸を、萌黄に溢れ、紫に垂れて、伊達卷であらう、一人は、鬱金の、一人は朱鷺色の、だらり結びが、ずらりと摩く。
「おや/\女郎かな。」
雖然、襦袢ばかりに羽織を掛けて旅をすべき所説はない。……駈落と思ふ、が、頭巾も被らぬ。
顏を入違ひに、肩に前髮を伏せた方は、此方向きに、やゝ俯向くやうに紫の袖で蔽ふ、がつくりとしたれば、陰に成つて、髮の形は認められず。
其の、膝に萌黄の袖を折掛けて、突俯した方は、絞か鹿の子か、ふつくりと緋手柄を掛けた、もつれ毛はふさ/\と搖れつつも、煙を分けた鬢の艶、結綿に結つて居た。
此女が上に坐つて、紫の女が、斜めになよ/\と腰を掛けた。落した裳も、屈めた褄も、痛々しいまで亂れたのである。
年紀のころは云ふまでもない、上に襲ねた衣ばかりで、手足も同じ白さと見るまで、寸分違はぬ脊丈恰好。
……と云ふ、其の脊丈恰好が?……