「見世ものに成る女ぢやないか。」
一度、然う思つたほど小さかつた。
が、いぢけたのでも縮んだのでもない。吹込む煙に惱亂した風情ながら、何處か水々として伸びやかに見える。襟許、肩附、褄はづれも尋常で、見好げに釣合ふ。小さいと云ふより、……小造りに過ぎるのであつた。
汽車は倒に落ちて留まない。煙が濃いのが岩を崩して、泥を掻き/\、波のやうな土を煽つて、七轉八倒あがき悶ゆる。
俗に、隧道の最も長いのも、ゆつくり吸つて敷島一本の間と聞く。
二本目を吸ひつけた時、彼は不安の念を禁じ得ないのであつた。……不思議な伴侶である。姿に色を凝らした、朦朧とした女の抱合つた影は、汽車に事變のあるべき前兆ではないのであらうか。
嘗て此の隧道を穿ちし時、工夫が鶴觜、爆裂彈の殘虐に掛つた、弱き棲主たちの幻ならずや。
或は此の室にのみ、場所と機會に因つて形を顯す、世に亡き人の怨靈ならずや。
と、誘はれた彼も、ぐら/\と地震ふる墓の中に、一所に住んで居るもののやうな思ひがして、をかしいばかり不安でならぬ。
靜坐するに堪へなく成つて、急に衝と立つと、頭がふら/\としてドンと尻もちをついて、一人で苦笑した。
ふと大風が留んだやうに響が留んで、汽車の音は舊に復つた。
彼は慌しく窓を開いて、呼吸のありたけを口から吐出すが如くに月を仰ぐ、と澄切つた山の腰に、一幅のむら尾花を殘して、室内の煙が透く。それが岩に浸込んで次第に消える。
夢から覺めた思ひで、厚ぼつたかつた顏を撫でた、其の掌を膝に支いて、氣も判然と向直つた時、彼は今までの想像の餘りな癡けさに又獨りで笑つた。
いや、知己でもない女の前で、獨笑は梟の業であらう。
冥界の伴侶か、墓の相借家か、とまで怪しんだ二人の女が、別條なく、然も、揃つて美しい顏を上げて居たから。
「矢張り隧道に惱んだんだ。」
と彼は頷いたのであつた。
「そして、踊……踊の歸途……恁う着崩した處を見ては、往路ではあるまい。踊子だらう。後の宿あたりに何か催しがあつて、其處へ呼ばれた、なにがし町の選ぬきとでも言ふのが、一つ先か、それとも次の驛へ歸るのであらう。……踊の催しと言へば、園遊會かなんぞで、灰色の手、黄色い手、樺色の手の、鼬、狐、狸、中には熊のやうなのも交つた大勢の手に、引され、掴立てられ、袖も振も亂れたまゝを汽車に乘つた落人らしい。」
落人と云へば、踊つた番組も何か然うした類かも知れぬ。……其の紫の方は、草束ねの島田とも見えるが、房りした男髷に結つて居たから。
此方は、やゝ細面で。結綿の娘は、ふつくりして居る。二人とも鬘を被つたかと思ふ。年紀が少い、十三四か、それとも五六、七八か、眦に紅を入れたらしいまで極彩色に化粧したが、烈しく疲れたと見えて、恍惚として頬に蒼味がさして、透通るほど色が白い。其の紅と思ふ瞼の紅がなかつたら、小柄ではあるし、たゞ動く人形に過ぎまい。