先生を囲る話

2話 二 フランス語の話

942字 約2分 2019年11月28日 公開

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 語学の勉強の話が出たことがあった。

 君達もし学者になるつもりなら、英仏独だけは是非要るね、そしてその中どれか一つは自由に書けなくちゃいけませんね。君もし仏蘭西(フランス)語がまだだったら、大学にいる間に少しやった方が良いだろう。僕なんか高等学校時代から少しずつ独学でやったものですよ。もっとも全くの独学で発音も何も滅茶苦茶なので、東京へきてから少し発音だけは教わったんだがね。何しろその当時の熊本だから、勿論良い本も何もないので、仏語独習なんていう良い加減な本を古本屋から漁ってきて一人でコツコツ始めたものです。その次には陸軍の兵隊さんか誰かの使ったらしい古本を探してきてね、それに沢山仮名が付いていたので、それを頼りにしてやったような仕末さ。それでも結構今は不自由しないよ。

 それから伊太利(イタリア)語もその調子でやってどうにか科学の参考書だけは読めるようになった。その調子で四、五年前から露西亜(ロシア)語も始めているが、これはアルハベットも違うし、どうも進歩が遅くて閉口したね。それでも止めずに少しずつでもやっていれば、幾分進歩して行くようだ。この頃は狡くなってツルゲーネフなどの小説を買ってきて、その英訳と対照して読んでいるが、これはなかなか工合が良さそうだ。今「初恋」を読んでいるが、なかなか面白いね。

 何でも僕は一人でコツコツやるということに興味を感じているんでね、何にしても語学は自分でやらなきゃ駄目だよ。

 先生はちょっと言葉を切って微笑みながら顔を見られる。こうなっては仕方がないので頭を掻いてこっちもニヤニヤしているより仕方がない。先生は上機嫌である。

 それから大分後のことであるが、実験室へ這入ってこられた先生が突然、私とY君とに向って「君達フランス語はどうしました」という質問である。両人共面喰って恐る恐る「始めよう始めようと思いながらまだつい……」という極めて拙い答弁をしてしまった。「それでは来週から僕が先生になってフランス語の講習を始めよう」という爆弾的宣告が下りてしまった。

 さあ大変だということになって、両人額を集めて相談の結果、丁度化学教室で学生にフランス語の課外講習をやっていたのを倖い、両人ともその方へ出ることにしてやっと先生の「講習」を喰い止めてヤレヤレとしたものであった。

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