5話 五 田丸先生とローマ字
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先生がローマ字に大変熱心で、始終ローマ字世界に書いておられたのは周知のことである。先生はローマ字運動の先頭に立たれたようなことはなかったが、隠れた後援者としては随分力を尽されていたようである。その一つの動機としては、先生の田丸先生に対する敬愛の心持が重要な要素であったことは見逃し得ぬと思われる。ある晩この話が出た。
実際田丸先生のローマ字に対する熱心さには頭が下るよ。田丸先生が、何もそんなに御やりにならなくてもという人があるが、時には僕らでさえ、田丸先生があの半分の熱心さでも物理の方に向けられたらと思うことがあるからね。しかしよく考えてみれば、物理の方は後には田丸先生に代る人が出てくる見込があるが、ローマ字の方は田丸先生を除いては二度とあのような人を見付けることはまず出来そうもないからなあ。何にしてもあれを兎や角批評することは出来ない。本当に真剣なんだから。
田丸先生ほどの頭と熱心さをもってしなくては、恐らくローマ字もこれだけにはならなかっただろう。田中館先生も、これはまた熱心過ぎる位熱心で、時と処の区別なくやられるんで、それにローマ字を使わぬ者は馬鹿だといわぬばかりなんだから少々閉口することもあるが、もっとも先生のは何となく愛嬌があって人の感情を害するというようなことはないからいい。何にしても青森から帰ってきて、直ぐ停車場からローマ字会へ馳け付けるなんてことが始終なんだから実際感心してしまう。あの時代の人の方が偉いような気がするな、やはり武士道が残っているんだろう。僕なんかとても駄目さ。まず帰ったら一服して、美味い菓子でも喰って、ねころびながら画の本でも見て一休みしないことにゃとてもまた出掛けるなんていう元気はないからな。
田丸先生が亡くなられた時、先生はつくづくと「これでローマ字の方も随分打撃だろう。僕なんかもローマ字のファンというよりも、田丸先生のファンといった方が適切かも知れないからなあ、もっともこれは冗談だが」と述懐されていたことがある。
この話については、先生が高等学校時代に田丸先生から数学を教わり、それで工科から物理へ転ぜられたという話を附記しておく必要がある。