7話 七 初めて伺った時
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初めて先生の所へ伺ったのは、ニウトン祭の会計報告の時であった。ニウトン祭というのは東京の大学の物理教室で、毎年十二月二十五日のクリスマスの夜、先生方先輩学生が集って、漫画の幻灯や御寿司の立喰いなどで一夕打ちとけた懇親の会をするのである。その頃先生はニウトン祭の会計を受持っておられて、毎年余った金は先生の名で貯金しておいて戴くことになっていた。実際の会計事務は学生がやるので、先生は先生達方面の寄附金を集めて下さることになっていた。そんな随分御迷惑な仕事を先生は案外機嫌よくやって下さっていた。その年は私が学生方面の会計をやらされていたので、ニウトン祭の翌日の晩、会計簿と残金とを持って先生の御宅の応接間へ伺ったのであった。その時先生は、「どうも毎年、五月か七月頃になるまで会計が出来なかったものだが、君のは馬鹿に早いね、僕は本当は、几帳面なのが大好きなんだ」と大変御機嫌が良かった。
ゆっくり話して行き給えといわれるままに、初めて見るこの応接間を、田舎出の大学生らしく物珍しげに見廻しながら、色々の話を聞いて驚いていた。大分遅くなったようなので御暇しようと思って、「先生は御忙しいんでしょうから」と月並なことをいう。
何に、良いさ、もう御休みになったのだから何も忙しいことはない。始終忙しい忙しいといっているのが現代人の欠陥だ。中には忙しいということが何か偉い事のように思っている人もあるが、僕なんかその反対だね。君、家はどこだね。何、本郷か、それじゃ電車がなくなっても平気だね。僕なんか夏目先生の所へ遊びに行っていた頃は、牛込から弥生町まで歩いて帰ったもんだ。いわゆる、「寒月」が皎々と冴え返っている中を歩いて帰ったものだよ。
といって先生はニヤリとしておられた。
それから二、三日してまた何か用事を見付けて図々しく伺ってみた時、先生は前の会計簿を持って出てこられて、「君この会計の計算が間違っているよ、一円余計に金を受取っていることになってる」といって一円出されたのであった。何思わずそうでしたかといってそれを受取って鰐口の中へ入れると、先生は
そうあっさり受取って貰うと大変難有い。僕はまたもし君がそれは商人の間違いだろうとか何とかいって受取ってくれなかったらどうしようかと思って随分気にしていたんだがね、そういう点は現代式の教育の良い点なんだろう。
といわれた。こんな事を褒められたのは実に意外だった。