10話 第四章 事業に失敗せし時(2)
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しかのみならずもし基督にして慈善家たりしならば彼の慈善は彼一代に止て万世に至らざりしならん、視ずや彼の愛に励まされて幾多の慈善家が彼の信徒の内に起りしを、ジョン ハワード、サラ マーチン、エリザベス フライ、の監獄改良事業は全く彼等が基督に対する報恩心より発せしものにあらずや、ウイリヤム、ウイルバフース(William Wilberforce)ならびにシャフツベリー侯の慈善事業もまた然り、記者永く米国に在りて基督教国における慈善事業の盛なる実に東洋仏教国において予想だもする能わざるを見たり、救霊上善行に価値を置かずして善行を励ますに最も力ありしものは基督教なり、比較上現世はほとんど顧みるに足らざるものと見做して現世を救い進歩せしめしにおいて最とも功ありしものは基督教なり、基督もし慈善家たりしならば彼の慈善事業は知るべきのみ。
基督もし名望法便を利用して民を教化せしならば如何、基督教は永遠まで人霊を救うの潜勢力を有する宗教にあらずして、仏教の今日あるがごとく早やすでに衰退時代に至りしならん、法便必しも明白なる虚言にあらず、しかれども基督の「否な否な然り然り」の大教理は法便ちょうものの功用を全く否定したり、基督信者にして高貴名望家に依て教理を伝えんとするもの、学識爵位を以て下民の尊敬を基督教に索がんとするもの、会堂の壮大を以て信徒を増加せんとするものはみな基督の第二の誘惑に陥りしものにして、法便を利用する浅薄なる仏教信徒と大差あることなし、基督は法便を退けて彼の信者たるものに単純正直の真価直を示せり、しかるに彼の信者にしてその事業の速成を願い塔の頂上より身を投ずる愚と不敬とを学ぶものあるは実に歎ずべきにあらずや。
基督もし大政治家たりしならば如何、彼はシーザルに勝りシャーレマンに勝り、時の羅馬帝国を一統し、奴隷を廃し、税則を定め、堯舜の世アウガスタスの黄金時代に勝る楽園国を地上に建てしならん、しかれどもこれ彼の「否な否な然り然り」の直道を以て実行し得べきものにあらず、是と和し彼と戦い、軍略政策両ながらその宜しきを得ざればとうてい為し能わざりしならん、彼のピートル大帝は巨人なり、しかれども誰か彼を以て君子仁人となすものあらんや、フレデリック大王もまた絶世の建国者なり、しかれども誰か彼を以て人類の摸範と見上るものあらんや、基督は万世に至るまでこの世を救うべきものなれば彼は政治家たるべからざりしなり。
想い見る十六世紀の終にあたって仏蘭西に内乱の起るや、王室は人民の多数とともに天主教を奉じ、加うるにギース家の挙てこれを賛助するあるを以て新教徒すなわちヒューゲノー党の苦戦止む時なく、前者に富と権力あり、後者に精神と熱心あり、この時にあたってヒューゲノー党の依て以て頼となせし唯一の人物はナバールの大公ヘンリーなりき、彼年若くして武勇に富み、しかも仏王ルイ九世の正胤にして王位を践むべき充分の権利と資格とを有せり、しかれども彼プロテスタント教徒たるが故にこの栄誉に達するを得ず、わずかに微弱なる反対党の将となり、しばしば忠実なる彼の小軍隊を以て敵の大軍を苦しめたり、彼は彼の党を愛し、彼また彼の党に愛せられたり、しかるに一日彼は心中に思えらく、「我この党を率いて全国に抗し戦乱止む時なく、国民塗炭に苦しむここに十数年、我の忠実なる兵卒にして我のために屍を戦場に曝せしものその幾千なるを知らず、我何ぞ永くこの悲劇を見るに忍びんや、我もし一歩を譲れば我の血統我の名望必ず我をして仏国を統一せしむに至らん、その時こそ我はヒューゲノー党に信仰の自由を与え、旧新両教徒を和合し、仏国をして強富幸福なる国民となし得べし、我何ぞわが国のため、わが忠愛なる士卒のために忍ばざらんや」と、歴史家はいう仏国百年の計は実にヘンリーのこの決断にかかれりと。
しかしてナバールの大公はこの誘惑にうち負けたり、彼は仏国のため士卒のために一歩を譲り、天主教徒の請求を容れ、ヒューゲノー党を脱し、羅馬法王に対し罪の懺悔を呈し、ついに仏王として承認せらるるに至れり、彼の譲退は彼の胸算に違わざる結果を生じ、彼の王位は強固となり、国内平穏に帰し民みな堵に就けり、彼は忠実なるヒューゲノー党を忘れず、ナントの布令(Edict of Nantes)に依て信仰自由を天下に令し新教徒をして政治上ほとんど旧教徒と異なる処なからしめたり、彼の治世は仏国の中興として見るべきものなり、殖産事業の進歩、財政の整頓、外国に対する仏国の輝栄、ともにヘンリー王の事跡として文明諸国の賞讃する処となれり、しかれども彼の仏国のために尽せしはただ一時の治安策なりき、彼死するやリシュリヤ、マザリンの下に仏国は光威を欧洲に輝かせしもこれみな外貌の虚飾にして内に留むべからざる腐敗の醸しつつありしなり、ルイ十四世に至てこの虚勢その極に達し、ルイ十五世は黄金珠玉に包まれながら不快淫風に沈みつつ世を終れり、ルイ十六世に至り仏国革命起り次でナポレオンの世となりその惨怛たる光景は人のみな知る所なり、ヘンリーは一時を救わんとして毒を千載に流せり、ああもし彼にして基督のごとく悪魔の巧言を退けしならば仏国二百年間の争闘流血を避けしものを、ヘンリーは仏国を愛してこれを愛せざりしなり。
仏の大王ヘンリーに対して英の無冠王コロンウェルあり、彼も権力精神と相争うの時に生れ、身を民党自由に委ね、英国民の全世界に対する天職を認め、十七世紀の始めにあたって基督の王国を地上に来らさんとの大理想を実行せんとせり、百難起て彼の進路を妨ぐるといえども彼の確信は毫も動くことなく、ついに麁粗ながらも英国をして公義と平等とに基する共和国となすに至れり、しかれども英国民はいまだことごとく無冠王の大理想を有せず、彼の心霊的の政治は肉慾的の普通社会を歓ばさず、反対ついに四方に起り彼は単独白殿に無限の神をのみ友とするに至れり、しかれども彼の理想と信仰とは確固として動かず、彼は彼の事業の永続すべからざるを知るといえどもなお彼の最初の理想に向て進み、内乱再起の徴あるをも顧みず、彼の勝算全く絶えしにも関せず、終生一主義を貫徹して死せり、彼が世を去るや彼の政府はただちに転覆され、彼の屍は発かれ、彼の名は賤められ、彼の事業は一つとして跡を留めざるがごときに至れり、世はチャレス第二世の柔弱淫縦腐敗の世となり、バトラル、ドライデン、クラレンドンのごとき狐狸の輩寵遇を受け、ハンプデンもベーンも無冠王もかつて地上の空気を呼吸せしことなきやの感を起さしめたり、小人はみないえり清党の事業は全く失敗なりしと、しかれども無冠王死して三十年、彼の石碑にいまだ青苔だも生ぜざる時に、スチュアート家は全く跡を絶つに至り、爾来真理と自由とが地球運転の度数とともに増進するや、無冠王の理想は徐々に実成しつつあるなり、コロムウェルありしが故に英国に十八世期の革命なかりしなり、仏王ヘンリーの譲退は仏国民一百年間の堕落と流血とを招き、コロムウェルありしが故に英国民は他欧洲国民に先つ百年すでに健全なる憲法的自由を有せり、コロムウェルは実に英国を愛せし人なり。
楠正成の湊川における戦死は決して権助の縊死にあらざりしなり(福沢先生明治初年頃の批評)、南朝は彼の戦死によりて再び起つべからざるに至れり、彼の事業は失敗せり、しかれども碧血痕化五百歳ののち、徳川時代の末期に至て、蒲生君平高山彦九郎の輩をして皇室の衰頽を歎ぜしめ勤王の大義を天下に唱えしむるにおいて最も力ありしものは嗚呼夫れ忠臣楠氏の事跡にあらずして何ぞや、ボヘミヤのハッスまさに焼殺せられんとするや大声呼でいわく「我死するのち千百のハッス起らん」と、一楠氏死して慶応明治の維新に百千の楠公起れり、楠公実に七度人間に生れて国賊を滅せり、楠公は失敗せざりしなり。
基督の十字架上の恥辱は実に永遠にまでわたる基督教凱陣の原動力なり、基督の失敗は実に基督教の成功なりしなり。
しからば余も失敗せしとて何ぞ落胆すべき、何ぞ失敗せしを感謝せざる、義のために失敗せしものは義の王国の土台石となりしものなり、後進者成功のために貯えられたる潜勢力なり、我らは後世のために善力(Power for Good)を貯蓄しつつあるなり、余は先祖の功に依り安逸衣食する貴族とならんよりは功を子孫に遺す殉義者とならんことを欲す。
しからば余は余の事業に失敗せしにより絶望家となり、事業家たるの念を断ちしや。
否な然らざるなり、余は今は真正の事業家となりしなり、事業とは形体的のものなりとの迷信全く排除せられてより余は動くべからざる土台の上に余の事業を建設し始めたり、余の事業の敗られしは敗るべからざる事業に余の着手せんがためなり(希伯来書十二章第二十七節)。
事業は精神の花なり果なり、精神より自然に発生せざる事業は事業にして事業にあらざるなり、爾らまず神の国とその義とを求めよさらば事業も自然に爾らより来るべし。