基督信徒のなぐさめ

12話 第六章 不治の病に罹りし時

7,302字 約15分 2021年2月13日 公開

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 身体髪膚(はっぷ)我これを父母に受け、鉄石の心臓鋼鉄の筋骨我は神の像と精とを以て世に出でたり、我にアダムの無死の体格なかりしにもせよ、我にアポロの完全均斉なる身体なかりしにもせよ、我の父母より授かりし(たい)は今日我の有する体にあらざりしなり、我に永生にまで至るべきの肉体なかりしも、我よく百年の労働と快楽とに堪ゆる霊の(うつわ)を有せり、(あおい)では千仞(せんじん)の谷を攀登(よじのぼ)るべし、伏しては隻手(せきしゅ)を以て蒼海を渡るべし、鷲のごときの視力よく天涯を洞察し得べし、虎のごときの聴神経よく小枝を払う軟風を判別し得べし、我の胃は消化し能わざる食物あるなく、我の肺は万丈の頂巓にあるも我に疲労を感ぜしめず、我()むる時は英気我に溢れて快を絶呼せしめ、我の床に就くや熟睡ただちに来て無感覚なること丸太のごとし、山を抜くの力、世を(おお)うの気、我これを有せり、しかして今これを有せざるなり。

 この快楽世界も病める我にとりては一の用あるなし、存在は苦痛の種にして我の死を望む労働人夫の夜の来るを待つがごとし、梅花は(こう)を放つも我に益なし、鶯は恋歌(れんか)を奏するも我に感なし、身を立て道を行い名を後世に遺すの希望は今は全く我にあるなく、心を尽し力を尽し国と人とを救うの快楽も今は我の有に帰せず、詩人ゲーテいわく 〔Unnu:tz sein ist Todt sein〕(不用にあるは死せるなり)と、我いま世に不用なるのみならず我の存在は(かえ)って世を悩ますものなり、我もし他を救い得ずば我は他人を煩らわさざるべし、ああ(めぐみ)ある神よ、一日も早く我をして今世(こんせい)を終らしめよ、我今(なんじ)より望む他にあるなし、死は我にとりては最上の賜物なり、

いかなれば艱難(かんなん)におる者に光を賜い、

(くるし)む者に生命を賜いしや、

かかるものは死を望むなれども来らず、

これをもとむるは(かく)れたる宝を掘るよりもはなはだし、

もし墳墓(ふんぼ)を尋ねて()ば、

おおいに喜び楽しむなり、

その道かくれ神に取籠(とりこめ)られおる人に、

如何(いか)なれば明光(ひかり)を賜うや、

 (かえりみ)れば(すぎ)にし年の我の生涯、我の失敗、我これを思えば後悔ほとんど堪ゆべからざるものあり、ああ()の来らざりし前に我は我の仕事を終えざりしを悔ゆ、我の過去は砂漠なり、無益に浪費せし年月、思慮なく放棄せし機会、犯せし罪、為さざりし善、――我の痛みは肉体のみに(とど)まらざるなり。

 ジオンの(たたかい)(たけなわ)なるに我は用なき(つわもの)なれば独り内に坐して汗馬(かんば)の東西に走るを見、矢叫(やさけび)の声、太鼓の音をただ遠方に聞くに(すぎ)ず、我は世に立つの望み絶えたり、また未来に持ち行くべき善行なし、神はかくのごとき不用人間を要し賜わず、ああ実につまらなき一生にあらずや。ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ

 我絶望に沈まんとする時、永遠の希望はまた我を力づくるあり、基督は希望の無尽蔵なるがごとし、彼に(より)てのみ枯木(こぼく)も再び芽を出すべく、砂漠も花を生じ得べし、預言者エゼキエルの見し枯れたる骨の蘇生せしは我らの目撃する事実なり(以西結(エゼキエル)第三十七章)。

 不治の病に罹りし時の失望は二個なり、すなわち我再び快復する能わざるべし、我は今は癈人なれば世に用なきものとなれりと。

 一、汝如何(いか)にして汝の病は不治なるを知るや、名医すでに汝に不治の宣告を申渡したるが故に汝は不治と決せしか、されども汝は不治と称せし病の全癒せし例の多くあるを知らざるなり、汝は十九世紀の医学は人間という奇蹟的の小天地をことごとく究め尽せしものと思うや、近来医学の進歩は実に驚くべきなり、しかれども医者は造物主にあらざるなり、時計師のみがことごとく時計の構造を知る、神のみがことごとく汝の(たい)を知るなり、ことにこの診断麁陋(そろう)の時代にあたって我らは容易に失望すべきにあらざるなり、生気は天地に充ち(みち)て常に腐敗と分解とを(とど)めつつあるなり、医師ことごとく我を捨てなば我は医師の医師なる天地の造主(つくりぬし)に行かん、彼に人智の及ばざる治療法と薬品あるべし、生命は彼より来るものなれば我は(まこと)に生命の泉に至て飲まん、医学の進歩と同時に人類が医学を専信するに至り、医学の及ばざるを以て人力も神力も及ばざる処と見做すに至りしは実に人類の大損耗といわざるべからず、我らもちろん旧記に()する奇蹟的の治療今日なお存するとは信ぜず、屋根より(おち)て骨を挫きし時医師に行かずして祈祷に(たよ)るは愚なり、不信仰なり、神は熱病を(いや)さんがために「キナイン」剤を我らに与え賜えり、人これあるを知てこれを用いざるは罪なり、局部切断の時にあたり「コロロホルム」剤は天賜(てんし)魔睡剤(ますいざい)なれば感謝して受くべきなり、しかれども我ら(やめ)る時にことごとく医者と薬品とに頼るは我らの為すべからざることなり、我ら病重くして庸医を(さり)て名医に行くがごとく、名医もなお我らを治する能ざる時は神なる最上の医師に至るなり、庸医が我の病は不治なりと診断する時は我は絶望に(しずむ)べきや、(いな)(しか)らず、名医の診断は庸医の診断の全く誤謬なるを示すことあるがごとく、全能の神より見賜う時は不治と称する汝の病もまた()(がたき)の病にはあらざるべし。

 世に信仰治療法なるものあり、すなわち医薬を用いず全く衛生と祈祷とにより病を治する法をいう、我らはある一派の信仰治療者のいうがごとく、医師は悪鬼の使者にして薬品は悪魔の供する毒物なりといわず、しかれども信仰は難病治療法として莫大の実功あることを疑わず、もちろん我らの称する信仰治療法なるものはかの偶像崇拝者が医薬を(かろん)じて神仏に祈願し、或は霊水を飲むの類をいうにあらず、信仰治療法は身体を自然の造主とその法則とに(まか)し、怡然(たいぜん)として心に(やすん)じ宇宙に存在する霊気をして我の身体を平常体に復さしむるにあり、これ迷信にあらずして学術的の真理なり、ことに医師の称する不治の病においてはただこの治療の頼るべきあるのみ、我はわが病を()せんがために法便として信仰せず、これ真正の信仰にあらざればなり、かくのごときの信仰治療法は無益なり、しかれども我信ぜざるを得ざれば信ずるなり、見よ下等動物の傷痍(きず)(いや)すにおいて自然法の(すみや)かにして実功多きを、清浄なる空気に(まさ)る強壮剤のあるなく、水晶のごとき清水(しみず)に勝る下熱剤のあるなし、ことに平安なる精神は最上の回復剤なるを知るべし、博識に依る信仰治療法は病体を試験物視する治療法に優る数等なるを知れ。

 二、汝癈人となりたればとて絶望せんとす、ああしからば汝の宗教も夥多(かた)の基督信徒ならびに異教信徒の宗教と同じく事業教なり、汝もいまだ人類の大多数とともに事業を以て汝の最大目的となすものなり、事業は人間の最大快楽なり、しかれどもこの快楽を得る能わずとて落胆失望に沈むは汝のいまだ事業に優る快楽あるを(しら)ざればなり、基督教は他の宗教に勝りて事業を奨励するといえども基督教の目的は事業にあらざるなり、基督は汝が大事業家たらんがために十字架上に汝のために生命(いのち)()てざりしなり、基督の目的は汝の心霊を救わんとするにあり、もし世の快楽が汝を神に帰らしむるの妨害となるなれば神はこの快楽を汝より取り去り賜うべし、神は汝の身体と事業とに(まさ)りて汝の霊魂を愛し賜うなり、汝の事業もし汝の心を神より遠ざくるあれば神はこの事業ちょう誘惑を汝より取除け賜うなり、人は偶像を崇拝するのみならずまた自己の事業をも崇拝するものなり、

なんじは祭物(さいもつ)をこのみ賜わず、

もししからずば我これをささげん、

なんじまた燔祭(はんさい)をも悦びたまわず、

神のもとめたまう祭物はくだけたる霊魂(たましい)なり、

神よなんじは砕けたる(くい)しこころを(かろ)しめたまうまじ。

 事業とは我らが神にささぐる感謝のささげ物なり、しかれども神は事業に勝るささげ物を我らより要し賜うなり、すなわち砕けたる心、小児のごとき心、有のままの心なり、汝今事業を神にささぐる能わず、ゆえに汝の心をささげよ、神の汝を病ましむる多分このためならん、汝はベタニヤのマルタの心を以て基督に(つか)えんと欲し「供給のこと(おおく)して心いりみだれ」(路加(ルカ)伝十章四十節)たるなるべし、ゆえに神は汝にマリヤの心を与えんがために汝をして働らき得ざらしめたり。

手にものもたで  十字架にすがる、

とは汝の常に歌いし処にして、その蘊奥(うんおう)なる意義を知らんがため汝は今働くこと能わざるものとなれり。

我のこの世につかわされしは、

わが意を世にはるためならで、

神の(めぐみ)をうけんため、

そのみむねをばとげんためなり。

なみだの谷や(えみ)(その)

かなしみは()んよろこびと、

よろこび受けんふたつとも、

神のみこころならばこそ。

勇者のたけき力をも、

教師のもゆる雄弁も、

われ望まぬにあらねども、

みむねのままにあるにはしかじ。

弱きこの身はいかにして、

そのつとめをばはつべきや、

われは知らねど神はしる、

神に()る身は無益(むやく)ならぬを。

小なるつとめ小ならず、

世を()うとても大ならず、

小はわが意をなすにあり、

大はみむねによるにあり。

わが手を取れよわが神よ、

我行くみちを導けよ、

われの目的(めあて)御意(みむね)をば、

為すか忍ぶにあるなれば。

 汝手足(しゅそく)を労するを得ず故に世に為すことなしと言うや、汝高壇に(たち)て説教し得ず故に福音を他に伝うるを得ずと言うや、汝筆を(とっ)て汝の意見を発表するを得ず故に汝世を感化するの力を有せずと言うや、汝病床にあるが故に汝のこの世に存するは無用なりと言うや、ああ、しからば汝は戦場に出でざる兵卒は無用なりと言うなり、山奥に咲く蘭は無用なりと言うなり、海底に生茂(おいしげ)る珊瑚は無用なりと言うなり、かの岩間に咲く蓮馨花(さくらそう)は人に見えざるがゆえに彼女は紅衣(こうい)を以て(よそお)わざるか、年々歳々人知れずして(こう)を砂漠の風に加え、色を無覚の岩石に呈する花何ぞ多きや、神は人目の達せざる病床の中に神に依て霊化されたる天使の形を隠し置き賜うなり、静寂なる汝の温顔に忍耐より来る汝の微笑は千百の説教に(まさり)て力あるものなり、凹みたる汝の眼中に浮ぶ推察の涙一滴は万人の同情に勝る刺激なり、痩尖(やせとが)りたる汝の手を以て握手さるる時は天使の愛を我らが感受する時なり、我いまだ我が眼を以て天使を見しことなし、しかれども我の愛せしものが病床にありし時大理石のごとき容貌、鈴虫の()のごとき声、朝露(あさつゆ)のごとき涙、――彼もし天使にあらざれば何を以て天使を(えが)かんや、我はかくのごときものが終生病より()つ能わずして我が(かたわら)にあるとも、決して苦痛を感ぜざるべし、彼は日々我の慰藉なり、我を清め、我を高め、我をして天使が我を守るの感情あらしむるものなり、汝もし天使を拝せんとならば、(ゆい)て病に臥する淑徳の婦人を見よ、彼は今世においてすでに霊化して天使となりしものなり。

 汝また快楽を有せずと言うなかれ、汝の愛するもの汝とともにあり、これ大なる快楽ならずや、汝の軟弱なると忍耐なるとは、汝の強壮なる時に勝りて汝を愛らしきものとなせり、愛せらるるは今汝の特権なり、汝力なきものとして愛せられよ、愛せらるるを(こば)むは汝他を悩ますなり、汝の愛するものは汝の愛せられんことを望むなり、世に病者の存する理由は世に愛せらるるもののあらんがためならん、我ら弱きものを愛して自己の高尚なるを感ずるものなり、我は愛せらるるよりも愛することを欲す、汝我のために我に愛せられよ、しかして我の汝を愛するに(より)て汝より受くる喜悦(よろこび)と感謝とを以て汝の快楽とせよ。

 汝もしなお普通の感覚を有するあれば無限の快楽いまだ汝とともに存するなり、山野にさまよい自然と交通して自然の神と交わるは今汝の能わざる所、淑女巨人と一堂に(つど)い思想を交換し事業を(かく)するは今汝の及ばざる所、しかれどももし汝にして四十八文字(もんじ)を解するを得ば、聖書なる世界文学の汝とともにあるなり、以て汝を(はげま)し汝を(なか)しむべし、以て汝のために恋歌(れんか)(きょう)し(ソロモンの雅歌)、汝のために軍談(ぐんだん)を述ぶべし(約書亜(ヨシュア)記士師記)、貞操美談あり(路得(ルツ)記)、慷慨歌あり(耶利米亜(エレミア)記)、汝の(すべ)ての感情に訴え喜怒哀楽の情かわるがわる起り汝をして少しも倦怠なからしむ、汝聖書を楽読(らくどく)せよ。

 しかれどももし読書は汝の堪ゆる所にあらざれば、他の快楽なお汝のために備えらるるあり、すなわち心を静めて神の摂理を思い見よ、神は人を造り彼に罪を犯すの自由を与えてまた彼を救うの術を設けられたり、救済の目的としてこの世界と汝の一生とを考え見よ、如何(いか)なる芝居の脚本かこれに(まさ)るの悲劇歓劇を()するあるや、摂理の戯曲(Romance of Providence)を読むものは保羅(パウロ)とともに絶呼せざるを得ず、

ああ神の智と識の富は深いかな、その法度(さだめ)は測り難く、その踪跡(みち)(たず)ね難し。(たれ)か主の心を知りし、孰か彼と共に議することを為せしや、孰かまずかれに(あた)えてその(むくい)(うけ)んや、そは万物(よろずのもの)は彼より(いで)、かれに()り、かれに帰ればなり、願くは世々(ほまれ)神にあれ、アーメン。

羅馬(ロマ)書十一章三十三節より三十六節まで)

 僧アンソニーかつて書を盲人某に(おくっ)ていわく、

君肉眼欠乏の故を以て君の心を苦しむるなかれ、これ蝿も蚊も有するものなればなり。ただ喜べよ、君は天使の有する眼を有するが故に神を視るを得、神の光を受くべければなり。

 動物的の汝は病めり、しかれども天使的の汝は健全なるを得るなり、汝動物的の快楽を去り天使的の快楽を取れ。

 また病むものは汝一人ならざるを知れ、一秒時間に一人ずつ人類は呼吸を引き取りつつあるを思え、一ヶ年に八十万人(ずつ)日本人は墓に葬らるるを知れ、全国にある四万人以上の医師は平均一日五人以上の患者を診察しつつあるを覚えよ、しかのみならず少しも病を感ぜざるの人とては千人中一人もあるなきを知れ、実に人類全体は病みつつあるなり、人類はアダムの罪によりて死刑を宣告されしものなり、(如何(いか)なる神学上の学説より論ずるも)、しかして第二のアダムより霊の賜物を得しもののみ真正の生命を有するものなり、汝は人類全体とともに病みつつあるなり、汝の苦痛に依て心霊を有する世界人民十六億万人の苦痛を想い見よ。

 汝を哺育せし汝の母も汝のごとき苦痛を忍んで眠れり、汝より妙齢なる汝の妹もよくその両親の(ことば)を聞き分けてつぶやくことなくして眼を閉じたり、汝独り忍び得ざるの理あらんや、神はその独子をして人間の受くべき最大苦痛を感ぜしめたまえり、神は愛するほどその子を苦しめ賜うがごとし、汝の苦しめらるるは汝神に愛せらるるの証なり、忍びて試誘(こころみ)を受くる者は(さいわい)なり、そはこころみを経て善とせらるる時は生命の(かんむり)を受くべければなり、この冕は主己を愛するものに約束し給いし所のものなり。(雅各(ヤコブ)書一章十二節)

 来らんとする未来の観念は汝を慰むるや(いな)やを知らず、今これを汝に説く(かえっ)て汝を(いた)ましむるを恐る、しかれども世界の大英雄大聖人の希望と(なぐさめ)は多くは未来存在の信仰にありき、ソクラトスは霊魂不滅について論究しつつ死せり、老牧師ロビンソン医師より危急の報を聞くや彼の友人に(つげ)ていわく「死とはかく平易なるものなるや」と、スウィーデンボルクまさに死せんとするや友人彼の心中の様を問う、彼(こたえ)ていわく「幼時老母の家を()わんとするの喜悦(よろこび)あり」と、ビクトル、ヒューゴは仏国の詩人にして小説家なり、彼の著述は欧洲を震動せしめ、彼の筆誅に罹りし高慢なる宗教家と政事家は彼を虚无党(きょむとう)と称し無神論者と見做したり、彼れ歳八十にしてなお壮年の希望あり、一日彼の未来存在に関する信仰を表白していわく、

余は余に未来生命の存するを感ず、余は切り倒されたる林の木のごとし、新鮮なる萌芽はいよいよ強くいよいよ活溌に断株(きりかぶ)より発生するを見る、余は天上に(むかっ)て登りつつあるを知る、日光は余の頭上を(てら)せり、地はなおその養汁を以て余を養えども、天は余のいまだ識らざる世界(天国)の光線を以て余を輝らせり、人は言う霊魂とは存せざるものにしてただ体力の結果なりと、しからば何故に余の体力の衰うると同時に余の霊魂のますます光沢を加うるや、厳冬余の頭上に宿るに余の心は永久の春のごとし。ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ

 わが生涯の終りに近づくに及んで他界の美音ますます明瞭に余の耳に達するを覚ゆ、その声驚くべくしてまた単純なり、雅歌のごとくにして歴史様の事実なり、余は半百年間散文に詩文に歴史に哲学に戯曲に落首(らくしゅ)に余の思想を発表したり、しかしてなお余の心に存する千分の一だも言い尽さざりしを知る、余は墓に入る時余は一日の業を終えたりと言うといえども、余の一生を終えたりと言う能わず、余の仕事は明朝また再び始まらんとす、墓とは道路の行詰りにあらずして、他界に達する通り道なり、(あかつき)に至る昧爽(あけぐれ)なり。

 余はこの世に存する(あいだ)は働くなり、この世は余の本国なればなり、余の事業は始めかけたり、余の築かんとする塔は漸く土台石の据附(すえつけ)を終えたり、その竣工は永久の仕事なり、余の長久を渇望するは余の永久の生を有する(あかし)なり

と、この人にしてこの(げん)あり、霊魂不滅は基督教の教義のみにあらざるなり。

 メソヂスト派の始祖ジョン、ウエスレー死するの前日、彼れ友人に向い数回重復していわく、「何よりも善き事は神我らとともに(いま)すことなり」と、神は万物の霊たる人間の有するものの(うち)に最も善なる最も貴きものなり、神は財産に(まさ)り、人体の健康に勝り、妻子に勝りたる我らの所有物なり、富は盗まるるの(おそれ)と浪費さるるの心配あり、国も教会も友人も我を捨てん、事業は我をたかぶらしめ、この肉体も我失わざるを得ず、しかれども永遠より永遠に至るまで我の所有し得べきものは神なり、人霊の価値は()と高き神より以下のものを以て満足し能わざるにあり、しかして

そは或いは死、或いは生、或いは天使、あるいは執政、あるいは有能(ちからあるもの)、あるいは今ある者、あるいは(のち)あらん者、或は高き或いは深き、また他の受造者は(われ)らを我主イエスキリストに()れる神の愛より(はな)らすこと能わざる者なるを我は信ぜり。

羅馬(ロマ)書第八章三十八、三十九節)

 汝神を有すまた何をか要せん。

 不治の病怖るるに足らず、快復の望なお存するあり、これに耐ゆるの(なぐさめ)と快楽あり、生命(いのち)(まさ)る宝と希望(のぞみ)とを汝の有するあり、また病中の天職あるあり、汝は絶望すべきにあらざるなり。

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