3話 三 支那扶掖は天の我に与うる使命なり
読み方を変える
それに次いで、今や第三回の東方平和論を説かんとするのだが、日本対支那の重大なる関係は、十年前の昔も十年後の今日も同一である。否、近来益々日本と支那との経済関係の親密を加うるについて、これを従前に比するに利害の更に大なるものがある。支那の土崩瓦解は日本にとってほとんどその国家を怖るべき危害に導くべきものだ。無論如何なる事のあるとも、そのために日本の存立を危のうする事は無いかも知れぬけれども、なお甚だ恐るべきものがある。今日日本の国際貿易に於てその額の大なる、支那に過ぐる処はない。支那の生産力の現在甚だ低きために、物資の大部分はこれを我が国より供給している。加うるに人口の多き、更にその繁殖力の盛んなるを思えば、支那人は実に現在我が国の一大顧客たると共に、将来益々我が国の一大顧客たらんとするものだ。日本は債務国として今日借金に苦しんでいるが、この対支那貿易にして将来益々盛んならんか、早晩債務国たる運命より免れて、更に債権国ともなるべきである。然るにこれ我が一大市場にして不幸にも土崩瓦解ともならば、我が貿易は卒然として止まるであろう。すれば我が国にとってこれほど不利益なる事はあるまい。しかし思えばこれなお目前の小不利に過ぎぬ。更に永久に亙る我が国運の将来を思えば、実に寒心に堪えざるものがある。支那の土崩瓦解の後には、更に恐るべき西洋の新勢力が対岸大陸に現出するであろう。ここに至れば直ちに我が日本帝国の領土保全の上に大なる危害を感ずるものである。日本は今日の財力を守って孤島に退嬰し、果して能く無限に繁殖するその人口を維持する事が出来ようか。所詮不可能である。すれば日本は支那に有する発言権を何処までも強硬に維持せなければならぬ。
支那の安全を保ち、その文明を開発し、かくして東洋の平和を支持するという事は日本にとって避くべからず、ほとんどこれを我が使命なりと称して可なるほどである。己れ棄てんとして棄つべからず、人奪わんとして奪うべからざるものである。如何となれば、日本と支那とは同種同文である上に、両国間の経済関係は世界に冠絶しているからである。すでに文明の源を同じうし、また思想、感情、風俗、習慣、皆その源を一にし、その関係漆膠の如く離るべからざるものある上に、この同民族たる日本支那の人口を合算すればほとんど白人種に匹敵する。かかる大民族にして一朝歩調を揃えて進むならば、将来東西洋相対立して互いにその文明を誇ることが出来よう。而して文明の程度に於て日本は支那に対し一日の長あるゆえんを以て、将来支那を促し、それを世界最高の文明に進むるには、日本は当然その扶掖提撕の任に当らなければならぬ。これ日本に於ける天の使命である。されば我が対支政策はもとより積極的なるべくして決して消極的なるを許さぬ。