4話 四 民国政府は実力無し
読み方を変える
かくの如きは我等の従来機に触れて屡々説いて来たところであるが、而かもその実際を見れば談甚だ容易ならざるものがある。今日は革命の政府が成立ちおるが、成立つといっても単に形式のみである。その実力は無い。形式は吾人の問うところでない。それが王政たると、帝政たるとはた共和政たるとを問わず、ただ支那の実力にして能く今日の世界の競争場裡に立つに堪え得るものであるならば宜しい。然るに遺憾ながら今日の支那の政府はその任に堪うるにはあまりに薄弱である。少なくも財政に於ては明らかに満州政府よりも薄弱で、借款に頼らざればその国家は一日も立つ能わざる運命におる。支那の行政にはおよそ六億万円の歳入を要するに、実収入は僅かにその三分の一の二億万前後である。それ故何としてもこの上大勇断を以て四億万の増収を謀らねばならぬが、しかしその国状に於て、四億万は何としても取れぬ。ここに於て已むを得ず借款という訳である。
特に況んや古来支那民族は税を取るに困難なる民族である。ただ彼等の天性貪欲なるがためとのみ言わぬ。哲学者はあえて徴税を非難し、税を取れば直ちにこれを称して暴政虐政という。それには本づく処がある。支那に於ける税の費途如何というに、王者はこれを以て土木を興し、宮殿を営み、奢侈を尽せば、その身辺を囲繞する官僚はまたこれを以て土地を買い、貨殖を謀り、子孫のために身後の計をする。そのために税といえば、ただ権力者の鴟梟の欲に供するものという以外に、なんらの意味なき事となった。これが支那の古今を貫く積弊である。さればこそ立法者、道徳者達は、常に徴税を以て暴政の表象となし、これを以て上王者を諷し下官僚を戒めて来たものである。即ち税といえば、直ちに自己の私を営むものという観念が長く彼等の頭脳を支配して来ているからである。これが古来支那に何か革命でも起ると、直ちに当年の税を免ずるという事を宣言するゆえんで、今度の革命運動にもやはりその故智を学んだ。税の目的たる、もとよりかくの如くなるべからず。税は常に国家の利害と一致せなければならぬ。即ち国民の安寧を保ち秩序を全うし利福を捗すために、而して国家の力独り能くすべくして少数の到底為す能わざる性質の事業に、もしくは外敵を防ぎあるいは懲らす如き方面の設備に使うべきで、これなくんば国家は一日も立ち行くべからざるものである。