三たび東方の平和を論ず

9話 九 誰か領土的野心を抱かん

1,540字 約3分 2019年4月25日 公開

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 侵略的態度を以て支那に向う事はかくの如く(かた)い。それ故昔はかかるアンビションを抱いて支那に臨む国もあるいは有ったかも知らぬが、もはや今日は左様(さよう)の国は(はなは)だ不足であろうと信ずる。世間には近来しきりに露国の対蒙経綸を云々(うんぬん)する。しかし露国と蒙古との関係は一朝一夕のものでない。即ち二百年以来、蒙古がかつて露西亜(ロシア)に侵入して撃退された以来、反対にコサックが蒙古に入る。ペートル大帝以降絶えず露国の人民は外蒙古に於て蒙古人、韃靼(だったん)人と触接している。即ち回彊(かいきょう)部と称し、更に伊犂(イリー)あるいは新彊(しんきょう)ともいう処があるが、これが韃靼族で、常に天山(てんざん)を越えて露西亜に入る。かつて支那に対して独立を(とな)えた事もある。地勢をいえばこれらはいずれも支那本部よりは、むしろ露西亜(ロシア)に近い。即ち外蒙古の如き、河に汽船が通ずる。西比利亜(シベリア)鉄道にはオムスク辺から乗る事が出来る。そこで自ずから露国と親しからんとするのは、これ()むを得ざる勢いである。蒙古は大なる草原で、その民はいわゆる遊牧の民である。水草を()うて自在に移るという時代には、それが南下して支那とたびたび衝突する。そしてついにそれに屈伏するという事にも為ったのであるが、何んぞ知らん、彼等の一面背後に於ける露国との交渉には、前面なる支那に譲らぬ大なるものが存在するのである。露国の対蒙経綸はかかる歴史あるがためであって、今新たに侵略を企つるものでない。また侵略しても大した利益は無い所だ。けれども歴史的には、蒙古は五十年来明らかに露国の勢力範囲に入っている。(いな)、更に(さかのぼ)ればペートル大帝以来の事で、最後に愛琿(あいぐん)条約に()って支那領と定まったのだ。その間にはすでに幾度も露国の領地に入ったのである。即ち今の拉摩(ラマ)領の如きがそれである。あるいはその間、不思議に支那及び露西亜(ロシア)に両属の形を取った事、あたかも昔時(せきじ)の我が琉球(りゅうきゅう)の如きものであったかも知らぬ。時に支那に向って干戈(かんか)を動かした様であったけれども、ついに十分な独立国とは為り得なかった。しかしまた同時に十分支那の統治にも入らずに来たのである。これが抑々(そもそも)我輩が一年前に支那に最後の忠告を与え、藩属地(はんぞくち)にはただ宗主権を収めて独立せしめよと言ったゆえんである。けれど(えん)総統は当時の我輩の所説には耳を傾けなかった。これが今日の窮状に至るゆえんである。

 更に西蔵(チベット)の関係を見るに、これもまた(しか)りである。西蔵(チベット)はもしそれが他の勢力を帰すると、直ちに印度(インド)がその(おびや)かすところとなるという地勢である。即ち坂を彼方(かなた)に下り尽せば其処(そこ)にはダージリンという都市があって、夏も甚だ涼しく印度(インド)の大官連の避暑地となっている所である。西蔵(チベット)印度(インド)の防衛上かくの如く甚だ重要な処であるから、これを他の勢力に移す事は英国にとって忍ぶべからざるところである。さればとて、西蔵(チベット)印度(インド)の範囲に収めてこれを統治するは甚だ難い。即ち英の西蔵(チベット)に望むところは、ただそれを他の勢力に帰せしめざらんとするに止まるので、なんら略奪を企つるものでない。英にしてすでに(しか)りとすれば、自余の諸国になんで一指を西蔵(チベット)に染むるを欲するものがあろう。仏国の南清に於けるもまた同様である。仏国は今日その有する一の東京(トンキン)にさえ困っている。東京(トンキン)は他国の取って利益を見るべき所でない。仏国にしてすでにこれに懲りおる以上は、更に何を苦しんで領土の略奪を支那に企つる事があろう。然らば独逸(ドイツ)如何(いかん)と問わば、これも本国と甚だ隔絶せる支那の地に、孤立した領土を有する事は如何(どう)であろう。かくの如きはその政治家の(けだ)(すこぶ)る考えものとするところであろう。即ち列強の態度を通観するに、今日無謀にも支那に向って領土的野心を(たくま)しうせんとするものは無い様である。が、支那を商業的関係に於て征略せんとする野心は、これより列強の次第に抱くべきところである。

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