郁雨に与ふ

8話

286字 約1分 2009年10月30日 公開

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 郁雨君足下。

 俄に來た熱が予の體内の元氣を燃した。醫者は予の一切の自由を取りあげた。「寢て居て動くな」「新聞を讀んぢやあいけない」と云ふ。もう彼是一週間になるが、まだ熱が下らない。かくて予のこの手紙は不意にしまひにならねばならなかつた。

 彼は馬鹿である。彼は平生多くの人と多くの事物とを輕蔑して居た。同時に自分自身をも少しも尊重しなかつた。隨つてその病氣をもあまり大事にしなかつた。さうして俄かに熱が出たあとで、彼は初めて病氣を尊重する心を起した馬鹿ではないか。

 丸谷君が來てくれて筆をとつてやるから言へ、と言ふのでちよつとこれ丈け熱臭い口からしやべつた。(三月二日朝)

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