南地心中

4話 南地心中(4)

7,491字 約15分 2006年12月12日 公開

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 その(えん)なのが、()(わらわ)を従えた風で、(やっこ)(たたず)む。……汀に寄って……流木(ながれぎ)めいた板が一枚、ぶくぶくと浮いて、苔塗(こけまみ)れに生簀(いけす)(ふた)のように見えるのがあった。日は水を(くぎ)って、その板の上ばかり、たとえば温かさを積重ねた心持にふわふわ当る。

 それへ、ほかほかと(こうら)を干した、()の葉に交って青銭の散った(さま)して、大小の亀は()ウ二十、(かわら)の石の数々居た。中には軽石のごときが交って。――

 いずれ一度は(とりこ)となって、供養にとて放された、が狭い池で、昔売買(うりかい)をされたという黒奴(くろんぼ)男女(なんにょ)を思出させる。島、海、沢、(やぶ)をかけた集り勢、これほどの数が込合ったら、月には波立ち、暗夜(やみ)には(ひそ)んで、ひそひそと身の上話がはじまろう。

 故郷(ふるさと)なる、何を見るやら、(むき)は違っても一つ一つ、首を据えて目を《みは》る。が、人も、もの言わず、(いき)ものがこれだけ居て余りの静かさ。どれかが(かすか)に、えへん、と咳払(せきばらい)をしそうで(さみ)しい。

 一頭(ひとつ)、ぬっと、ざらざらな首を伸ばして、長く()って、汀を仰いだのがあった。心は、初阪等二人と(ひと)しく、絹糸の虹を(なが)めたに違いない。

「気味の悪いもんですね、よく見るといかにも頭つきが似ていますぜ。」

 男衆は両手を池の上へ出しながら、橋の欄干に(もた)れて低声(こごえ)で云う。あえて忍音(しのびね)には及ばぬ事を。けれども、……ここで云うのは、(じか)に話すほど、間近な人に皆聞える。

「まったく、(うお)じゃ(ぼら)面色(かおつき)が瓜二つだよ。」

 その何に似ているかは言わずとも知れよう。

「ああああ、板の下から潜出(もぐりだ)して、一つ水の中から(あらわ)れたのがあります。大分大きゅうがすせ。」

 成程、たらたらと(うるし)のような腹を正的(まとも)に、(こうら)に濡色の薄紅(うすべに)をさしたのが、仰向(あおむ)けに(あぎと)此方(こなた)へ、むっくりとして、そして頭の(さき)に黄色く輪取った、その目が(なかだか)にくるりと見えて、(うろこ)のざらめく蒼味(あおみ)がかった手を、ト板の(ふち)突張(つッぱ)って、水から半分ぬい、と出た。

「大将、甲羅(こうら)干しに板へ出る気だ。それ乗ります。」

 と男衆の云った時、爪が外れて、ストンと落ちた。

 が、直ぐにすぼりと胸を浮かす。

「今度は乗るぜ。」

 やがて、甲羅を、残らず藻の上へ水から離して踏張(ふんば)った。が、力足らず、乗出した(いきおい)が余って、取外ずすと、ずんと沈む。

「や、不可(いけな)い。」

 たちまち猛然としてまた浮いた。

 で、のしり、のしりと板へ手をかけ、見るも不器用に、堅い体を伸上(のしあ)げる。

「しっかりしっかり、今度は大丈夫。あ、また(すべ)った。大事な処で。」と男衆は胸を乗出す。

 汀のお珊は、(つま)をすらりと足をちょいと踏替えた。奴島田(やっこしまだ)は、洋傘(こうもり)を畳んで()いて、直ぐ目の下を、前髪に手庇(てびさし)して覗込(のぞきこ)む。

 この度は、場処を替えようとするらしい。

 (ななめ)に甲羅を、板に添って、手を掛けながら、するすると泳ぐ。これが、(さお)で操るがごとくになって、夥多(あまた)(いい)心持に乾いた亀の子を、カラカラと()せたままで、水をゆらゆらと流れて辷った。が、(じっ)として(くしゃみ)したもの一つない。

 板の一方は細いのである。

 そこへ、手を伸ばすと、腹へ抱込(かかえこ)めそうに見えた。

 いや、困った事は、重量(おもみ)()されて、板が引傾(ひっかたむ)いたために、だふん、と潜る。

「ほい、しまった。いや、串戯(じょうだん)じゃない。しっかり頼むぜ。」

 と、男衆は欄干をトントン叩く。

 あせる、と見えて、むらむらと紋が騒ぐ、と月影ばかり藻が分れて、端を探り探り手が(かか)った。と思うと、ずぼりと出る。

(かわず)だと青柳硯(あおやぎすずり)と云うんです。」

「まったくさ。」

       十七

 けれども、その時もし遂げなかった。

「ああ、(おし)い。」

 男衆も共に、ただ一息と思う処で、亀の、どぶりと沈むごとに、思わず声を掛けて、手のものを落す心地で。

「執念深いもんですね。」

「あれ迄にしたんだ、揚げてやりたい。が、もう弱ったかな。」

 と言う間もなかった。

 この時は、手の鱗も逆立つまで、しゃっきりと、爪を大きく開ける、と甲の(ゆら)ぐばかり力が入って、その手を扁平(ひらた)く板について、白く乾いた小さな亀の背に掛けた。

「ははあ、考えた。」

「あいつを力に取って伸上(のしあが)るんです、や、や、どッこい。やれ(なさけ)ない。」

 ざぶりと他愛(たわい)なく、またもや沈む。

 男衆が時計を()た。

「もう二時半です、これから中の島を廻るんですから、徐々(そろそろ)帰りましょう。」

「しかし、何だか、揚るのを見ないじゃ気が残るようだね。」

「え、私も気になりますがね、だって、日が暮れるまで(かか)るかも知れませんから。」

「妙に残惜(のこりおし)いようだよ。」

 男衆は、(みぎわ)(おんな)にちょいと目を遣って、(そっ)片頬笑(かたほおえみ)して声を(ひそ)めた。

串戯(じょうだん)じゃありませんぜ。ね、それ、何だか(うっす)りと美しい五色の霧が、冷々(ひやひや)(かか)るようです。……変に(すご)いようですぜ。亀が昇天するのかも知れません。板に上ると、その機会(はずみ)に、黒雲を捲起(まきおこ)して、震動雷電……」

「さあ、出掛けよう。」

 二人は肩を寒くして、コトコトと橋の中央(なかば)から取って返す。

 やがて、渡果(わたりは)てようとした時である。

「ちょっと、ちょっと。」

 と背後(うしろ)から、(やさし)いが(はり)のある、朗かな、そして幅のある声して呼んだ。何等の仔細(しさい)なしには済むまいと思った半日。それそれ、言わぬ事か、それ言わぬ事か。

 袖を合せて、前後(あとさき)に、ト(ひと)しく振返ると、洋傘(こうもり)は畳んで、それは(やっこ)に持たした。縺毛(もつれげ)一条(ひとすじ)もない黒髪は、取って(さば)いたかと思うばかり、(やせ)ぎすな、透通るような頬を包んで、正面(まとも)に顔を合せた、襟はさぞ、雪なす咽喉(のど)が細かった。

「手前どもで、」と男衆は如才ない会釈をする。

 奴は黙って、片手をその膝のあたりへ下げた。

「そうどす。」と判然(はっきり)云って莞爾(にっこり)する、(まぶた)に薄く色が染まって、(たぐい)なき紅葉(もみじ)の中の(おもかげ)である。

「一遍お待ちやす……(おもい)を遂げんと気がかりなよって、見ていておくれやす。(あて)が手伝うさかいな。」

 猶予(ためら)いあえず、バチンと(はす)()の飛ぶ音が響いた。お珊は帯留(おびどめ)黄金(きん)金具、緑の照々(きらきら)と輝く玉を、烏羽玉(うばたま)の夜の帯から星を手に取るよ、と自魚の指に外ずして、見得もなく、友染(ゆうぜん)(やわらか)な膝なりに、腰をなよなよと汀に低く居て――あたかも腹を空に突張(つッぱ)ってにょいと上げた、藻を押分けた――亀の手に、(すが)れよ、引かむ、とすらりと投げた。

 帯留は、(しろがね)の曇ったような打紐(うちひも)と見えた。

 その(さき)は水に(くぐ)って、亀の子は、ばくりと紐を()む、ト袖口を軽く(たもと)を絞った、小腕(こかいな)白く雪を伸べた。が、重量(おもみ)がかかるか、引く手に(かすか)に脈を打つ。その二の腕、顔、襟、(うなじ)(はだ)に白い処は云うまでもない、袖、(つま)の、(えん)に色めく姿、爪尖(つまさき)まで、――さながら、細い黒髪の毛筋をもって、線を引いて、描き取った姿絵のようであった。

       十八

 池の(おも)は、(あお)く、お珊の唇のあたりに影を()めた。

 風少し吹添って、城ある(いぬい)(そら)暗く、天満宮の屋の棟が(どんよ)り曇った。いずこともなく、はたはたと帆を打つ響きは、(のぼり)の声、町には黄なる煙が走ろう、数万人の形を(かす)めて。……この水のある空ばかり、雲に硝子(がらす)()めたるごとく、美女(たおやめ)(にじ)の姿は、姿見の中に映るかと、五色の絹を透通して、色を染めた()の葉は淡く、松の影が(さっ)と濃い。

 打紐にまた脈を打って、紫の血が通うばかり、時に、(かいな)の色ながら、しろじろと(うろこ)が光って、その友染に(から)んだなりに懐中(ふところ)から一条(ひとすじ)(くちなわ)(うね)り出た、思いかけず、ものの(すさま)じい形になった。

「あ、」

 と云う声して、手を放すと、蛇の目輝く緑の玉は、光を消して、亀の口に(くわ)えたまま、するするする、と水脚を引いてそのまま底に沈んだのである。

 (やっこ)はじりじりと後に退(すさ)った。

 お珊は(みぎわ)にすっくと立った。が、血が留って、(おもかげ)瑪瑙(めのう)の白さを削ったのであった。

 この(おんな)が、一念懸けて、すると云うに、誰が何を妨げ得よう。

 日も待たず、その(あけ)の日の夕暮時、宝の市へ練出す前に、――丸官が昨夜(ゆうべ)芝居で振舞った、酒の上の暴虐(ぼうぎゃく)負債(おいめ)を果させるため、とあって、――南新地の浪屋の奥二階。金屏風(きんびょうぶ)引繞(ひきめぐ)らした、四海(しかい)(なみ)(しずか)に青畳の八畳で、お珊自分に、雌蝶雄蝶(めちょうおちょう)長柄(ながえ)を取って、(たちばな)()けた床の間の正面に、美少年の多一と、さて、名はお美津と云う、逢阪の辻、餅屋の娘を、二人並べて据えたのである。

 晴の装束は、お珊が金子(かね)()かして間に合わせた、宝の市の衣裳であった。

 まず上席のお美津を()おう。髪は結いたての水の垂るるような、十六七が(つぶ)し島田。前髪をふっくり取って、両端へはらりと分けた、遠山の眉にかかる柳の糸の振分は、大阪に呼んで(いたずら)とか。緋縮緬(ひぢりめん)のかけおろし。橘に実を抱かせた(こうがい)を両方に、雲井の(かおり)をたきしめた、烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)朱総(しゅぶさ)の紐は、お珊が手にこそ引結うたれ。着つけは桃に薄霞(うすがすみ)朱鷺色絹(ときいろぎぬ)に白い裏、(はだえ)の雪の(くれない)(かさね)に透くよう(なまめ)かしく、白の(しゃ)の、その狩衣を装い澄まして、黒繻子(くろじゅす)の帯、箱文庫。

 含羞(はなじろ)(まぶた)を染めて、玉の(うなじ)差俯向(さしうつむ)く、ト見ると、雛鶴(ひなづる)一羽、松の羽衣掻取(かいと)って、(あけぼの)の雲の上なる、(うたげ)に召さるる風情がある。

 同じ烏帽子、紫の紐を深く、袖を並べて面伏(おもぶせ)そうな、多一は浅葱紗(あさぎしゃ)素袍(すおう)着て、白衣(びゃくえ)の袖を(つつ)ましやかに、膝に両手を差置いた。

 前なるお美津は、小鼓に八雲琴(やくもごと)、六人ずつが両側に、ハオ、イヤ、と拍子を取って、金蒔絵(きんまきえ)銀鋲(ぎんびょう)打った欄干づき、(やぼね)も漆の車屋台に、前囃子(まえばやし)とて楽を奏する、その十二人と同じ風俗。

 後囃子(あとばやし)が、また幕打った高い屋台に、これは男の稚児(ちご)ばかり、すり(がね)に太鼓を合わせて、同じく揃う十二人と、多一は同じ装束である。

 二人を前に、銚子(ちょうし)を控えて、人交ぜもしなかった……その時お珊の(よそおい)は、また立勝(たちまさ)って目覚しや。

       十九

 宝の市の屋台に付いて、市女(いちめ)また姫とも(とな)うる十二人の美女が練る。……

 練衣(ねりぎぬ)小袿(こうちぎ)(くれない)(はかま)、とばかりでは言足らぬ。ただその上下(うえした)装束(そうぞ)くにも、支度の夜は丑満(うしみつ)頃より、女紅場(じょこうば)に顔を揃えて一人々々沐浴(ゆあみ)をするが、雪の(はだえ)も、白脛(しろはぎ)も、その湯は一人ずつ(べに)を流し、白粉(おしろい)汲替(くみか)える。髪を洗い、(くし)を入れ、丈より長く解捌(ときさば)いて、緑の(しずく)すらすらと、香枕(こうまくら)の香に霞むを待てば、鶏の声しばしば聞えて、元結(もとゆい)に染む霜の鐘の音。血る潔く清き身に、唐衣(からごろも)を着け、袴を穿()くと、しらしらと早や(あさひ)の影が、霧を破って色を映す。

 さて住吉の朝ぼらけ、白妙(しろたえ)の松の()の間を、静々と(もう)で進む、路の(もすそ)を、皐月御殿(さつきごてん)(いち)の式殿にはじめて解いて、市の姫は十二人。袴を十二長く引く。……

 その市の姫十二人、御殿の正面に(ゆう)して()づれば、神官、威儀正しく彼処(かしこ)にあり。土器(かわらけ)神酒(みき)、結び昆布。やがて檜扇(ひおうぎ)を授けらる。これを受けて、席に帰って、緋や、萌黄(もえぎ)や、金銀の縫箔(ぬいはく)光を放って、板戸も松の絵の影に、雲白く(こずえ)(めぐ)松林(しょうりん)に日の()す中に、一列に並居(なみい)る時、巫子(みこ)するすると立出(たちい)でて、美女の(おもて)(いち)人ごとに、式の白粉を施し、紅をさし、墨もて(まゆずみ)を描く、と聞く。

 素顔の雪に化粧して、皓歯(しらは)に紅を濃く含み、神々しく気高いまで、お珊はここに、黛さえほんのりと描いている。が、女紅場の沐浴(もくよく)に、美しき(はだ)を衆に()き、解き揃えた黒髪は、夥間(なかま)の丈を(おさ)えたけれども、一人(かれ)は、住吉の式に(つらな)る事をしなかった。

 間際に人が欠けては事が済まぬ。

 世話人一同、袴腰を捻返(ねじかえ)して狼狽(うろた)えたが、お珊が思うままな金子(かね)の力で、身代りの(おんな)が急に立った。

 で、これのみ巫女(みこ)の手を借りぬ、容色(きりょう)南地(なんち)第一人。袴の色の緋よりも冴えた、笹紅(ささべに)口許(くちもと)に美しく微笑(ほほえ)んだ。

「多一さん、美津(みい)さん、ちょっと、どないな気がおしやす。」

 唐織衣(からおりごろも)に思いもよらぬ、生地(きじ)芸妓(げいこ)で、心易げに、島台を前に、声を掛ける。

 素袍の(しゃ)に透通る、(ともし)の影に浅葱(あさぎ)とて、月夜に色の白いよう、多一は照らされた面色(おももち)だった。

「なあ?」とお珊が聞返す、胸を薄く数を(かさ)ねた、雪の深い襲ねの襟に、檜扇を取って挿していた。

「御寮人様。」

 と手を下げて、

「何も、何も、(わたくし)は申されませぬ。あの、ただ夢のようにござります。」とやっと云って、烏帽子を正しく、はじめて上げた、女のような優しい眉の、右を残して斜めに巻いたは、(しもと)(きず)に、無慚(むざん)繃帯(ほうたい)

 お珊は黒目がちに、(じっ)と《みは》って、

「ほんに、そう云うたら夢やな。」

 と清らかな(ふすま)のあたり、座敷を()と《みまわ》した。

 ト柱、(ふすま)、その金屏風に、人の影が残らず映った。

 映って、そして、緋に、紫に、朱鷺色(ときいろ)に、二人の烏帽子、素袍、狩衣、(あや)あるままに色の影。ことにお珊の黒髪が、一条(ひとすじ)長く、横雲掛けて見えたのである。

       二十

 時に、()を隔てた、同じ浪屋の表二階に並んだ座敷は、残らず丸官が借り占めて、同じ宗右衛門町に軒を揃えた、両側の揚屋と(ひと)しく、毛氈(もうせん)(つら)ねた中に、やがて時刻に、ここを出て、一まず女紅場で列を整え、先立ちの露払い、十人の稚児(ちご)が通り、前囃子(まえばやし)の屋台を(さしはさ)んで、そこに、十二人の姫が続く。第五番に、檜扇(ひおうぎ)取って練る約束の、(おの)がお珊の、市随一の(はれ)の姿を見ようため、芸妓(げいこ)幇間(たいこもち)をずらりと並べて、宵からここに座を構えた。

 が、その座敷もまだ寂寞(ひっそり)して、時々、階子段(はしごだん)、廊下などに、遠い跫音(あしおと)、近く床しき衣摺(きぬずれ)の音のみ聞ゆる。

 お珊は袖を開き、居直って、

「まあな、ほんに夢のようにあろな。私かて、夢かと思う。」

 と、(ろうた)けた(まゆずみ)恍惚(うっとり)と、多一の顔を(みまも)りながら、

「けど、何の、何の夢やおへん。たとい夢やかて。……丸官はんの方もな、私が身に替えて、承知させた……三々九度(さかずき)やさかい、ああした(わが)ままな、好勝手な、朝云うた事は晩に変えやはる人やけど、こればかりは、私が附いているよって、承合(うけお)うて、どないしたかて夢にはせぬ。……あんじょう思うておくんなはれや。

 美津(みい)さん、」

 と娘の前髪に、瞳を返して、

「不思議な御縁やな。ほほ、」

 手を口許に(かざ)したが、

「こう云うたかて、多一さんと貴女(あんた)とは、前世から約束したほど、深い交情(なか)でおいでる様子。今更ではあるまいけれど、私とは不思議な御縁やな。

 思うてみれば、一昨日(おととい)()さり、中の芝居で見たまでは天王寺の常楽会(じょうらくえ)にも、天神様の御縁日にも、ついぞ出会うた事もなかったな。

 一見(いちげん)でこうなった。

 貴女(あんた)な、ようこそ、芝居の裏で、お(じい)はんの肩(さす)って上げなはった。多一さんも人目忍んで、貴女の孝行手伝わはった。……自分介抱するよって、一条(ひとくさり)なと、可愛い可愛い女房(おかみ)はんに、沢山(たんと)芝居を見せたい心や。またな、その心を汲取(くみと)って、(うずら)嬉々(いそいそ)お帰りやした、貴女の優しい、仇気(あどけ)ない、可愛らしさも身に染みて。……

 私はな、丸官はんに、軋々(ぎしぎし)と……四角な天窓(あたま)乗せられて、鶉の仕切も拷問(ごうもん)の柱とやら、膝も骨も砕けるほど、辛い苦しい堪え難い、石を抱く責苦に逢うような中でも、身節(みふし)(ゆる)んで、恍惚(うっとり)するまで(なが)めていた。あの………(ひらき)の、お仕置場らしい青竹の矢来(やらい)の向うに……貴女等(あんたたち)光景(ようす)をば。――

 悪事は虎の千里走る、()い事は、花の香ほども外へは漏れぬ言うけれど、貴女(あんた)二人は孝行の徳、恋の(てがら)、恩愛の(むくい)だすせ。誰も知るまい、私一人、よう知った。

 逢阪に店がある、餅屋の評判のお()さん、御両親(おふたおや)は、どちらも行方(ゆきがた)知れずなった、その借銭やら何やらで、苦労しなはる、あのお爺さんの孫や事まで、人に聞いて知ったよって、ふとな、彼やこれや談合しよう気になったも、私ばかりの心やない。

 天満の天神様へ行た、その帰途(かえり)に、つい虚気々々(うかうか)と、もう黄昏(たそがれ)やいう時を、寄ってみたい気になって、貴女の餅屋へ土産買う振りで入ったら、」

 と微笑みながら、二人を前に。

「多一さんが、使の()をちょっと逢いに寄って、町並(あかり)(とも)された中に、その店だけは()もつけぬ、暗いに島田が黒かったえ。そのな、繃帯が白う見えた。」

       二十一

 小指を()らして指の輪を、我目の(さき)へ、……お珊はそれが縁を結ぶ禁厭(まじない)であるようにした。

密々(ひそひそ)、話していやはったな。……そこへ、私が行合(ゆきあ)わせたも、この杯の瑞祥(ずいしょう)だすぜ。

 ここで夫婦にならはったら、直ぐにな、別に店を出してもらうなり、世帯(しょたい)持ってそこから本店(ほんだな)へ通うなり、あの、お爺はんと、三人、あんじょ暮らして()かはるように、私がちゃと引受けた。弟、妹の分にして、丸官はんに(いや)は言わせぬ。よって、安心おしやすや。え、嬉しいやろ。美津(みい)さんが、あの、嬉しそうなえ。

 どうや、九太夫(くだゆう)はん。」

 と云った、お珊は、(そっ)と声を立てて、打解けた笑顔になった。

 多一は素袍の浅葱(あさぎ)を濃く、袖を()めて、またその顔を、はッと伏せる。

「ほほほほ多一さん、貴下(あんた)、そうむつかしゅうせずと、胡坐(じょうら)組む気で、杯しなはれ。私かて、丸官はんの(そば)に居るのやない、この一月は籍のある、富田屋(とんだや)の以前の芸妓(げいこ)、そのつもりで酌をするのえ。

 仮祝言や、儀式も作法も預かるよってな。(のち)にまたあらためて、歴然(れっき)とした媒妁人(なこうど)立てる。その媒妁人やったら、この席でこないな串戯(わやく)は言えやへん。

 そない(きま)らずといておくれやす。なあ、九太夫はん。」

「御寮人様。」

 と片手を畳へ、

「私はもう何も存じません、胸一杯で、ものも申されぬようにござります。が、その九太夫は(なさけ)のうござります。」

 と、術なき中にも、ものの嬉しそうな(えみ)を含んだ。

「そうやかて、貴方(あんた)一昨日(おととい)の暮方、餅屋の土間に、……そないして、話していなはった処へ、私が、ト行た……姿を見ると、腰掛(かまち)の縁の下へ、慌てもうて、潜って隠れやはったやないかいな。」

 言う――それは事実であった。――

「はい、唯今でこそ申します、御寮人様がまたお意地の悪い。その(かまち)へ腰をお掛けなされまして、盆にあんころ餅寄越せ、茶を持てと、この美津に御意ござります。

 その上、入る穴はなし、貴女様の召しものの(かおり)が、魔薬とやらを()ぎますようで、気が遠くなりました。

 その辛さより、犬になってのこのこと、下屋を這出しました時が、なお術のうござりましてござります。」

「ほほほ可厭(いや)な、この人は。……最初はな、内証で情婦(いろ)に逢やはるより何の余所(よそ)の人でないものを、私の姿を見て隠れやはった心の(うち)が、水臭いようにあって、口惜(くやし)いと思うたけれど、な、……手を()いて(わび)()やはる……その時に、(かど)のとまりに、ちょんと乗って、むぐむぐ柿を頬張っていた、あの、(おおき)な猿が、土間へ跳下(とびお)りて、貴下(あんた)と一所に、頭を土へ附けたのには、つい、おろおろと涙が出たえ。

 柿は、貴下の土産やったそうに聞くな。

 天王寺の境内で、以前舞わしてやった、あの猿。どないなった問うた時、ちと知縁のものがあって、その方へ、とばかり言うて、預けた先方(さき)を話しなはらん、住吉辺の田舎へなと思うたら、大切(だいじ)(とこ)に居るやもの。

 おお、それなりで、貴方(あんた)たちを、私が方へ、無理に連れもうて来てしもうたが、うっかりしたな、お爺はんは、今夜は私の市女笠持って附いてもらうよって、それも留守。あの、猿はどうしたやろな。」

「はい、」

 と娘が引取った、我が身の姿と、この場の光景(ようす)、踊のさらいに台辞(せりふ)を云うよう、細く(とお)る、が声震えて、

「お爺さんが留守の時も、あの、戸を閉めた中に居て、ような、いつも留守してくれますのえ。」

       二十二

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