2話 大つごもり(2)
読み方を変える
お母樣御機嫌よう好い新年をお迎ひなされませ、左樣ならば參りますと、暇乞わざとうやうやしく、お峰下駄を直せ、お玄關からお歸りでは無いお出かけだぞと圖分/\しく大手を振りて、行先は何處、父が涕は一夜の騷ぎに夢とやならん、持つまじきは放蕩息子、持つまじきは放蕩を仕立る繼母ぞかし。鹽花こそふらね跡は一まづ掃き出して、若旦那退散のよろこび、金は惜しけれど見る目も憎ければ家に居らぬは上々なり、何うすれば彼のやうに圖太くなられるか、あの子を生んだ母さんの顏が見たい、と御新造例に依つて毒舌をみがきぬ。お峰は此出來事も何として耳に入るべき、犯したる罪の恐ろしさに、我れか、人か、先刻の仕業はと今更夢路を辿りて、おもへば此事あらはれずして濟むべきや、萬が中なる一枚とても數ふれば目の前なるを、願ひの高に相應の員數手近の處になく成しとあらば、我れにしても疑ひは何處に向くべき、調べられなば何とせん、何といはん、言ひ拔けんは罪深し、白状せば伯父が上にもかゝる、我が罪は覺悟の上なれど物がたき伯父樣にまで濡れ衣を着せて、干されぬは貧乏のならひ、かゝる事もする物と人の言ひはせぬか、悲しや何としたらよかろ、伯父樣に疵のつかぬやう、我身が頓死する法は無きかと目は御新造が起居にしたがひて、心はかけ硯のもとにさまよひぬ。
大勘定とて此夜あるほどの金をまとめて封印の事あり、御新造それ/\と思ひ出して、懸け硯に先程、屋根やの太郎に貸付のもどり彼金が二十御座りました、お峰お峰、かけ硯を此處へと奧の間より呼ばれて、最早此時わが命は無き物、大旦那が御目通りにて始めよりの事を申、御新造が無情そのまゝに言ふてのけ、術もなし法もなし正直は我身の守り、逃げもせず隱られもせず、欲かしらねど盜みましたと白状はしましよ、伯父樣同腹で無きだけを何處までも陳べて、聞かれずば甲斐なし其場で舌かみ切つて死んだなら、命にかへて嘘とは思しめすまじ、それほど度胸すわれど奧の間へ行く心は屠處の羊なり。
……………………………………………………
お峰が引出したるは唯二枚、殘りは十八あるべき筈を、いかにしけん束のまゝ見えずとて底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落散し紙切れにいつ認めしか受取一通。
(引出しの分も拜借致し候 石之助)
さては放蕩かと人々顏を見合せてお峰が詮議は無かりき、孝の餘徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いや/\知りて序に冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし、後の事しりたや。
(明治二十七年十二月「文學界」 明治二十九年二月「太陽」再
掲載)