2話 二
読み方を変える
田村のお母屋の裏廊下と云ふのは、一直線に五六間ばかりあつて、便所のあるところとは反對の端から、また曲つて四五間ばかりの縁がはが付いてゐる。その鍵の手に當る四疊半が――家の代が代つた時までそこにゐた客を二階へ追ひやつて――義雄の占領するところとなつた。
かどから直ぐ手前が半間の壁で、それから二枚障子がはまるやうになつてゐる。曲つた奧のがは、乃ち、東向きの方は一面に明いて四枚障子となつてゐる。あかりを取るには不足がない筈だが、取りまはしてある庭がたツた二間幅しかないところへ持つて來て、北隣りの寺の池が見える方の境が密接した生け垣になつてゐて、その向ふ側には五六本の杉の木と一本の大きな櫻とが目隱しに並んでゐるし、こちらにも亦二階の家根に達するほどの梅の木が二本ある。
東の方は、義雄の室と相對する低い隣家の軒が隱れるだけの高さにそぎ竹の垣根になつてゐる。その垣根を越えて、同じ隣り家の庭から芭蕉の青いひろ葉が二三葉見えてゐる外、目ざはりはないので、朝の日光もよく這入る。が、そこにもあんずの木が立つてゐて、實が赤みがかつて來る時は、二階の客がこツそり家根へ出て、杖や棹を以つてよくそれを盜み取つた。その度毎にとたん張りの家根はばり/\と音がする。それを聽きつけると、亡父が庭へ飛び出し、うへを仰ぎ見て長い銀色の白ひげを撫でながら、
「そんなことをしては困りますよ」と、おだやかに客を制したツけ。梅もあんずも父が縁日で買つて來た植ゑ木の成長した物で、梅の實は一年中の食用になるほどの梅干を供してゐるし、あんずも近處の水菓子屋を呼んで父が賣り付けると、二三圓が物は擧げてゐる。然し、今年の時期は父が病中にゐたので、その實は孰れも人の喰らふまま、また蟲ばんで落ちるままになつてしまつた。
義雄の書齋が薄暗いのは、仙石屋敷の高臺から續く傾斜地――そこは泰養寺の山と云はれてゐる――の檜の木の大木や、枝のはびこつた松や、大きな椿や、江戸自慢といふ太い櫻やの影が追ひかぶさつてゐる上に、十數年を經た樹木がまた室近く繁り込んでゐる爲めばかりではない。
二階のとたん家根を雀が歩いても、そのぼと/\といふ音から、渠の胸には父の思ひ出が押し迫つて來るのである。たま/\用があつてこの家へやつて來た時、父が割り合におだやかな言葉だが、赤い大きな鼻をあふ向けて、家根の客を叱つて居るのを實見したこともある。が、それと同し口調で渠も身の上を幾度叱られたか分らない。時には餘り命令に從はないので、
「貴樣のやうに親不孝な奴は世間にやアゐないぞ」とまであたまからぎろりとした目を以つて睨み付けられたこともある。が、そんな時でも、渠はいつもの通り強情に、
「わたしは一切、親の世話にはなりません――その代り、また親の時勢に後れた御注意には全く從ふことはできません」といひ切つてしまつた。
渠は若い時から文學に熱中し出したのが最初の原因で父と衝突した。今の妻を迎へたので再び衝突した。繼母が來たので三たび衝突して、遂に自立することになつた。その上、妻子が意にそぐは無くなつてからは、いろんな女に關係してその度毎に父に呼び付けられたり、押し寄せられたりした。最近に吉彌といふ日光の藝者に關係し、女優にしようとした失敗から、面目もないし、また面白くもないので、小半年ばかり父と行き來を絶つてゐた。
その間に父は瀕死の病人になつたのである。
父は病氣の初めから、今度こそは、もう、駄目だと思つたのだらう、珍らしくも氣を折つて、
「早く義雄を呼べ、義雄はまだ來ないか」と云つてたさうだが、繼母が父の口から直接に田村家を弟の馨に嗣がせると云ふ宣言を聽くまではと思つて、通知を發しなかつたのだ。
最後に義雄が知らせを受けて行つた時は、もう、出入りのへぼ醫者には見限られてゐた。病室に這入つたその時から既に感附かれたことだが、父の息が小便臭く、また氣は確かだが、目が見えなかつた。曾て友人の病氣の場合に實驗した智識に據つて、渠は直ぐ父のも腎臟病だと分つた。
「もう手後れだ!」わざと大きく叫んで、「なぜ又もツと早く知らせなかつたのだ」と、俄かにみなぎる不平を漏らしたが、そばに顏いろを變へて横を向いたものがあつたので、義雄はまた直ぐにその場の意味を了解した。「父はそれほど繼母を愛してゐたのか、」と思ふと、ほどばしつて來た親子の情愛も矢ツ張り引ツ込んでしまうやうな氣もする。が、何と云つても父に盡すのはこれが最初で最後だと思ふと、看護のひまにしツかり原稿でも書いて、診察料の埋め合せをすればいいと決心し、有名な專門醫を招いたが、二十日と立たないうちに他界の人となつた。
父が世界のどこかに生きてゐると思へば、まだそれでも何となくたよりにしてゐたのだが、いよいよゐないとなると、義雄は全く孤立で、孤獨なのを感じられる。
孤立孤獨は義雄の趣味でもあり、また主張でもある。それが爲めに落ち付いて古今の書も讀破できた。然しこの頃のやうに滅入つてゐることも少い。○○商業學校――そこへ、六年前に、滋賀縣の中學教師をよして、轉ずる爲め上京して來たのも、死んだ父から云ふと、百日間虎の門の琴平樣へお願ひした結果ださうだが――そこへ英語を教へに行く時間に外出するだけで、あとは、自分の書齋に引ツ込んでばかりゐる。家のものとは話しも碌にしない。そしてたまに口を開らけば、おほ聲の小言だ。
子供などはぴり/\恐れてゐて、父がそとから歸つたのを見ると、直ぐ母の蔭へ隱れてしまう。
「餘り叱るから、かうなんです」と、千代子は訴へた。
「なアに、母の仕つけが惡いのだ」と、義雄は一喝してしまう。
そして渠は食事を妻子と共にせず、朝飯でも晩飯でも獨り自分の書齋で濟ませるのである。
渠は、一度自分が目を通した書物へは、赤鉛筆やむらさき鉛筆で所々へ線を引くのである。そしてそれが記憶を呼び起すしるしになるので、なか/\手離すことをしない。
「おれの妻子は書物と原稿だ。」渠はいつもかう云つてゐるが、通讀もしくは熟讀した書物は積り積つて何百册かになつてゐる。千代子が轉居の問題の起る毎に億劫がるのは、本の爲めに引ツ越し費の過半を取られるからである。
然し行くところとして、家主から子供のいたづらがひどいからと云つては斷わられたり、家賃が餘りとどこほるからと云つては追ひ出されたりすると、その度毎に運び行かれる荷物は、古い箪笥一つとこざ/\した切れを入れた行李三つと臺どころのがらくた道具との外は、すべて書物の包みだ。
「おウ、重い」と、どんな巖丈な人夫でも、それを持ち上げて驚かないものはなかつた。
義雄はその重い書物の荷が行くところだから、蟲の好かない妻子がゐても、兎に角、落ち付くことが出來るのである。
一間幅の押し入れの中にも、それを入れた行李や箱が幾つも這入つてゐるが、隣室の四疊半には、遞信省の官吏がゐる。そのまた次ぎのどん詰りの三疊には電信學校の生徒がゐて、時々發信機の練習をがちや/\やつてゐる。その隣室との間を仕切る壁には、大きい洋書棚が二つ並んでゐて、外國詩文の書は勿論、哲學書、宗教書、科學書、和漢、英、獨、佛等の字引きなどが、その背皮に金文字、銀文字の光りを放つてゐる。
「ここはおれの城だぞ。」かう云つて、無暗には人を入れず、渠は一閑張りの禿げかかつた机に倚つて、好きな思索に耽るのである。
暑いので障子を兩方とも明け放ち、時には、縁がはの柱と柱とにハンモクを結び付けて、その上にからだをぶら付かせることもある。
奧にゐる客は、二人とも通行の度毎に氣苦しく感ずるので、申し合はせたやうに轉室を申し込んだが、二階に適當な明き間がないので僅かに辛抱してゐる。が、渠はそんなことには頓着なしで、「ハンモク」と云ふ可なり世間の注目を引いた散文詩を作つた。
「熱くて 堪らない 日が
噛んだ 氷の やうに しみ込む 頃だ、
眞夏 の 空に、
蝉 の 聲が じい/\
僕の あたまを えくり返す。
廊下 の 柱と 柱とに ゆはへて
低く 釣るした ハンモク の 中で、
僕は たわいもない からだ を
たわいもなく 横たへた。
自分の からだの か、何だか 分らない 重みが、
左右に 搖れて、
ありも しない 風を 待つてゐる。
と思つたら 突然 自分は 百萬年 以前 高い 木の 枝に 睡る 猿で あつた と いふ 考へが 浮んだ。
きのふは 既に 前世界だ――
ゆうべ 高い ところ から 落ちる 夢を 見た のは、
夢 では なく 實際 おほ昔、
生繁つた 深林 の
枝 から 枝へ 渡る 時に あやまつて
すべり落ちた 記憶で あらう。
今 落ちない の は 不思議だ と、
仰向いて 空を 見た。
淺い ひさし と それに かぶさつて ゐる
庭の 松の木 の 間 から、
熱した おほ空 の 廣がり が 迫つて 來て、
僕の 呼吸が 苦しく なつた。
前世界 から 生活に 疲れて 來た からだが、
ハンモク の 中で 搖られて ゐる 樣だ。
自分の 身が おもた過ぎて、
何にも する 勇氣が ない。
このまま 死ぬる なら 死んでも いいが、
さりとて、 又未練の ある この人生。
いつまでも 眠つて ゐられる もの なら、
死んで終うの とは 違つて 安心 だらうが、さう/\ 永遠 まで
頼みの 綱は 朽ちないで ゐなからう。
と どこ からか 羽根が 生えた やうに、
僕の 考へは 百萬年 以前 から
百萬年 以後へ 飛んだ。
くだらない 空想だ と 思つた が、
何だか 醒めて ゐて、襲はれる 氣持ちだ。
夏の 蒸し熱い 呼吸 は、
乃ち、僕の 呼吸 で あつた。
ああ 金が 欲しい!
女が 戀しい!
大事業が したい!
いい 句を 得たい!
さま/″\ の 考へが 一時に 浮んで 來て、
蝉の 聲に 不安の 和聲を 添えた。
ハンモクは 實に 不安な 住まひだ、
ぶら/\ 動く たんびに、
僕の 胸は 息詰る 思ひ!」
或晩のこと、義雄の室にも電燈が付いてから間もなく、
「御免を被ります」と、千代子がお客帳と支出簿と十露盤とを提げて、にや/\笑ひながら這入つて來た。渠は妻の冷笑的態度を一見して、もう、胸がむか/\して來たが、それを自分で私かに制して、書見を續けてゐる。
「また叱られるのでしようが、一つ、讀み合はせを願ひます。」かの女はかう云つて、所天を少し離れて坐わり込み、帳面を机の方へつき付けた。
義雄はそれをうるさいと思ふのだが、收支の帳面づらのよく合はないのがいつものことであるので、客から取る金と自分が學校や雜誌から取つて注ぎ込む金とがどう云う風に支出されてゐるのか、充分調べて見なければ置かないのである。
「お千代さんはいつ離縁されてもいいやうに臍繰り金を拵へてゐるに相違ない。さうでなければ、義雄さんが隨分儲けて來るのに、暮しが足りない筈がない」とは、義雄がはの親類同志の噂さで、渠もさう注意されたこともある。然し、渠は自分で浪費するのも割り合に多いと思つたから、よしんば、妻の臍繰りがあつても、大したものではないと高をくくつてゐる。
義雄が妻を意地々々させるのは、そんなことではなかつた。かの女のあたまが不正確な爲め、つけ落しやつけ加へがあつたりして、毎度計算が合はない。度々のことであるから、渠はそれを反省させる爲め一厘、一錢の差までもその行くへを追求しなければ止まない。
すると、千代子はその位のことは當り前だと云ふ態度で意地を張り出し、
「わたしが何も一錢や二錢を着腹するわけは御座いません」などと不平らしいことを云ふ。それが動機になつて、いつも、大きな云ひ爭ひになり、
「手めへの頭腦が鈍いからだ」と、所天は妻の束髮あたまへ拳骨を一つ喰らはせることもある。
それが爲めに、隣りの客をやかましいと怒らせたり、隣家の惡口者にいい噂さの種を與へたりする。
千代子はまた内心おづ/\してゐるに違ひないのだが、それを微笑にまぎらせて坐わつたのである。
義雄は讀んでゐたページを或節の終りまで濟ませてから默つて帳面を手に取つて見た。
「どうせ、家族が多いのですから」と、千代子は甲ん高い聲を無理に低め、「お客さんから受け取るだけでは足りないのは、この一二ヶ月でも分りましたから――」
「そんなことア知れ切つてらア」
義雄はやがて帳面を二つとも妻の方へ投げやり、自分はそろばんを取つた。
一錢なり、二錢なり、十錢なり、一圓なり、九圓五十錢なり、十二圓三十錢なりなどが暫らく續いたが、結局、今夜は珍らしく無事に通つた。
「こんなことは初めてだから、何かおごりませうか?」
「ふん」と、義雄は横に向き、「喰ひたけりやア、よそへ行つて喰つて來らア――どうせ、おれは、おれの出す金さへ出してゐりやアいいのだ。」
「それが――でも――滿足に拂へたことがないぢやアありませんか?」
「そりやア、然しお前の帳面が矢ツ張り合つてゐないよりやア、まだしもましだ。」
皮肉を云はれながらも、所天がいつに無く多少のうち解けを見せるのが、千代子には嬉しかつたらしい、で、長ツ尻をしてゐたので、
「おツ母さん。」姉娘の富美子が弟を從へて縁がはをばた/\驅けて來て、諭鶴さんが何かお呉れツて。」
「いけません、いけません!」母は持ち前の甲聲を出して、「今御膳を喰べたのぢやアありませんか?」
「おツ母さん、何か」と、諭鶴はあまへた鼻聲を出しながら、一番手前の障子の隅を少し明けた。
「いけませんてば、あツちへお行き!」
弟の窺いてゐるあたまの上から、脊の高い姉の顏も見えてゐた。
「むツ」と、母に瞰み付けられ、富美子の方は機敏に引ツ込んでしまつたが、諭鶴は兩手で柱と少し明けた障子の端とにつかまつて、目をただ右の方に反らしたのが、直ぐそのそばにある半間の淺い床の間の掛け軸、達摩の怖い顏と出くわした。
この子はこの軸面を大嫌ひで――まだ/\小さかつた時のこと、父の書齋へ誰もゐないのでよちよち這入つて來て、二枚重なつて掛かつてゐる軸物の上の一つ――支那人の書いた杜甫の句であつた――を上げて見た。すると、下のに異形な物が現はれて大きな目を剥いてゐたので、腰を拔かして泣き出した。法橋探水齋と云ふ落款がある畫で、達摩が小舟に乘つて支那へ渡つて來たのを表する蘆葉達摩だが、子供ながらその時のことをおぼえてゐて、今では、その顏を父の顏に聯想するやうになつてゐた。
びツくりして、また左りの方へ顏を避けた時、この子はあたまを障子の端にぶつけて、母に泣き顏を見せた。
「いい氣味だ」と、母はかたきの失敗でも見たやうに躍起となつた。
「毛だ物のやうに子供を溺愛する」といつも所天に云はれるので、さうでない證據に、こんな時、自分の嚴しい育て方を實見して貰はうとするのであるらしかつた。
「な、ん、か」と、また下の知春(これと姉との名は、死んだおぢイさんが命名したのである)がいつのまにかやつて來て兄を押し退けて、小さい首を出した。
義雄はこれがすべて自分等の間にできた子かと思ふと、可愛いと云ふよりも、寧ろうるさい物だと云ふ氣が先きに立つので、
「畜生の子供らが」と、さも憎々しい顏を向けて、「ぞろ/\と何匹出て來やアがるのだ?」
「可哀さうに、ねえ」と、千代子は頬のこけた顏の筋肉をびく/\動かし、目を下に伏せて、暫らくたより無ささうに考へ込んでゐたが、やがてその伏せた目をその方に擧げて、寂しく笑ひながら、「もう、これツ切ですとお云ひ。」
富美子は何も分らない二人の弟の上へ首を出してゐて、母に似た出ツ齒を見せて笑つてゐる。おまけに、どいつもこいつも田舍ツ兒のやうな地味な瀧縞木綿の單衣を着てゐる。義雄はそれを一見しても興ざめてしまうのである。
「うるさいから、あツちへ行け!」父の一言は皆の子を障子から離れさせた。
「おツ母さんも」と、千代子はおだやかになり、「今直ぐに行くから、ね、そツちで待つてお出で――ぐづ/\してゐると、達摩さんが飛び出しますよ。」
「‥‥」それは何氣なく千代子の口にのぼつた子供に對するおどし文句であつたらうが、義雄は自分にも當てれば當たる言葉だと思つて、心では吹き出したくなつた。眞面目に考へても亦さうだ、子供に對しては怖い點に於て――また、思索家として長年孤獨の情味を味はつて來たのは、面壁九年の心持ちに似てゐる點に於て。
「達摩さんだ、達摩さんだ」と、さう/″\しく、ばた/\と別々におほ股、小股の足音が遠ざかつて行くのを、義雄は不調和な燥音だと考へたに反し、千代子はそれに聽き惚れてゐるかのやうに暫らく耳を澄ましてゐたが、やがて所天の方に向き直つた。
「諭鶴も、あんな總領息子ぢやア仕方がありません、ね――あなたと同樣、わが儘一方で。」
「おれは親不孝であつたから、自分の子供から孝行をして貰はうとは飽くまで思はないのだ。」
「あなたは」と、千代子は所天を横目に見て、その方に向つて右の手の平で空を下に拂ひ、「それでいいかも知れませんが、わたしが困ります。」
「お前の困るのアお前の心掛けが惡いからだ。」
「またそんなことを!」千代子は斯う調子に乘つたやうに答へてから自分の育兒の苦心に對して所天がおもてへ出して同情したことが少しもないこと。この末ともまだ長い子供の教育時期を、自分ばかりの手では、本統にどうすることもできないこと。所天のそばにゐられるだけ、まだしも子供と自分は末の望みがあるやうだが、若し皆が一緒に棄てられるやうなことがあると、三人の子に老母をかかへて、どうなつて行くだらうと云ふこと。たとへ、この家だけは子供の爲めに預かつて、この商賣をつづけて行くとしても、さうしたら、田村の方の繼母や弟までの身の上も引き受けなければならないこと。所天の取つて來る金を注ぎ込んでも、たださへ不足勝ちのところへ持つて來て、それが若し出なくなるとすれば、とてもやり切れるものではないこと。何と云ふ因果な身になつたのだらう、今さら、この年になつて、よし棄てられても、よそへ片付くやうなこともできないこと。などを語つた。そしてその顏を所天から反むけ、兩手を繩のやうになつた黒繻子と更紗の晝夜帶の間に挾み、頻りに考へ込んでゐた。が、こちらが餘りに何とも云つてやらなかつたので、立ちあがつて、左りの手に帳面とそろばんとを持ち、右の手で藍地の浴衣の前を直しながら、
「まア、行つてやりましよう、子供が待つてるだらうから。」
「‥‥」かの女の引ツ詰つた束髮や、色氣のない着物が神經質の段々高まつて行く顏を剥き出しにして見せるので、義雄は少しあふ向いて最も侮辱の睨みを與へた。
「その婆々じみたつらを見ろ!」
「あなたに」と、千代子は恨めしさうにして、口のあたりをぴり付かせて、早口に、
「かうされたんですよ。」少しゆツくりして、「あなたのせいですから、こんな」と、顏を突き出し、「お婆アさんでも――」可愛がつて下さいと云ひかけるらしかつた。
「鬼子母神のつらだ!」義雄の叫びが頓狂であつたので、千代子は色を變へてからだを引いた。そして物やはらかになり、
「鬼子母神でも、何でも、わたしは子供には女王のやうなものですから、ね。」
「そんな下らない興味に釣り込まれて」と、義雄は兩肱を机に突いて、見向きもせず扇子を動かしながら、「遂に婆々アになつてしまうのを知らないのだ。」
「あなたも段々ぢぢイじみて來た癖に。」
「そりやア上ツつらのことで――精神は反對に若々しくなつて來た、さ。」
「七つさがりの雨は止まないと云ふのがそのことなら、ねえ――」
「‥‥」そんな警句をどこから覺えて來たと云はないばかりに、義雄は妻の方をふり向くと、千代子は立つたままにやりと笑つて、例の通り、出た齒の上齒ぐきの肉までも見せてゐる。「その表情の卑しさを見ろ!」渠はまたかう叫んで、目を反らした。「もう行け、行け!」
「行きますとも――然し、ねえ、あなた」と、千代子は眞面目に返つて、また立ち去りかね、その場にしやがんで持つてゐる物を膝の上に置いた、「あの子もさすがあなたの子で、利口はなかなか利口ですよ、今の驚き方と云つたら、可笑しくもありましたが、また、昔、上の掛け軸をめくつて、下のにびツくりしたことを忘れないでゐるのですよ。」
「そんなことア聽く必要がない。」
「でも」と、話しを引ツ張るつもりでか、「この達摩さんも忠義です、ねえ――うちの貧乏暮しを永年の間一緒にして來たのですから。」
「ほかに掛ける物もないぢやアないか!」義雄は思はずまた妻にふり向いて、「掛け物一つ買へないほど貧乏してきた、さ、然しまた面白いこともあつた、さ。」
「それはあなたばかりで――うちの者はちツとも面白いことなどさせられた覺えはありやアしない、わ。」
「無い?」わざと怪訝な顏をして、「望みの竹生島も見せてやつたし、京都、大阪、須磨や奈良へも連れてツてやつたぢやないか?」
「わたしだツて」と、千代子は不平さうに、「そんな上ツつらなことを云ふのぢやアありません。うちの者は皆――あなたと直接の關係のないわたしの母まで――あなたの貧乏と不機嫌とにいぢめ拔かれて來たんです。」
「貧乏はおれの持ち前だ。然し、おれの不機嫌は女房の口やかましいところから來たのだ。」
「やかましく云はなけりやア」と、目をきよろつかせて口をとんがらかせ、「遊んでばかりゐるぢやありませんか? あなたの坊ちやんじみてゐた時から、この十何ヶ年と云ふもの、わたしがやかましく云ふので持つて來たのですよ。」
「馬鹿を云ふな! おれはおれでやつて來たので、非常に遊んだあとは」と、得意な顏をして、「きツと、また非常な仕事をしてゐらア。」
「それもさうでしようけれど、わたしの爲つづけた苦勞が分つたら、この達摩もわたしの味かたになるでしようよ――主人が教師になつて行くのに、滋賀縣までも一緒に附いて行つたし、また東京へ歸つてからも、芝から下谷、本郷から麹町、麻布から赤坂と、何度引ツ越したか分りやアしない。そのたんび何か物は無くなるし、――おしまひには吉彌でしよう。」
「母さん。おツ母さん。」子供がまた呼にやつて來る樣子だ。
「あいよ、あいよ」と、千代子はその方へ浮き腰になつた。
「うるさいから、行け。」義雄はかう云ひ切つて、妻が立ちあがるのを尻目に見た。「おれの放浪生活は、もう、やめる。その代り、お前とは離縁だ。」