3話 三(1)
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義雄の英語教師は時間給で出るのだから、その受け持ち時間だけ行つたらいい。それも毎日ではなく、日曜日と月曜日とは續いて休みで、跡は隔日になつてゐる。
渠は昔から勉強家だが、朝寢坊ときては九時や十時でなければ、また時によると午砲を聽いてからでなければ、とこを出ない。父が我善坊からせか/\と歩いて、麻布の谷町を拔け、氷川神社のそばをとほつて、赤坂の臺町へたま/\やつてきた時、息子がやうやく起き出でて楊枝を使つて居るのを見て、
「そんなことで一人前の人間に成れるものか」と怒つたこともある。
「でも、夜が遲いものですから」と、千代子は所天に代つて辯護をした。
父は息子の朝寢を始終氣にして死んだが、それを却つて義雄は父の家を占領してからも、一つの懷かしい思ひ出として、目を覺してゐながらも、とこのうちで考へ續ける朝もある。
「年中仲たがひをしてゐながらも、自分が何となくたよりにしてゐたものが亡くなつてしまつた。」かう考へると、自分も何どき死んでしまうか分らない。これからます/\自分の事業に發展しようとする前途も、まだ/\なか/\長い。親などは子に對してはあまいもので、子の十年一日の如き思索的努力がその僅かに一部を世間に認められるやうになつて、多少それが彼れ是れ云はれて來たのを知つて、内心では非常に喜んでゐた。
父の意志に從つて見せたり、物質的報酬を以つて父に報いたりすることができなかつた渠には、切めて精神的事業の一端をでも見せて、父を喜ばせたのが所謂孝行の一つであつたのかも知れないと思ふ。
苟しくも生きてゐる間は思索と執筆とが自分の生命だとして、晝間も薄暗い室に立て籠ると、やがて夜になつてしまう。また、電燈が付いたかと思ふと、いつの間にかふけて行つて、夜明けの庭鳥の聲や、朝がらすが寺の山の高い檜の木に群がり啼くのを聽く。それが殆ど毎夜のことだ。
たま/\、夕飯を濟ませてから人を尋ね、一緒に玉突き屋へでも行くと、日頃の憂鬱が調子を變へ、負ければ負けるに從ひ、勝てば勝つに連れ、知らず識らず勝負の回數を夢中で重ねて行き、
「もうあかりを消しますから」と、ボーイに斷わられ、初めて不興に覺めて歸宅することもある。が、直ぐ寢に就くのではなく、きツと机に向つて書き殘しの原稿を續けるのである。
渠は家にあつてはストア學派の禁慾主義者以上の嚴格を保つてゐるので、朝寢だけには例外のづぼらがあつても、そツと構はないで置かれるのが常だ。
押し入れ並びに床の間の後ろが二階からうら縁がはへ下りるはしご段になつてゐてその次ぎの八疊がこのはしご段と玄關から裏へ一直線にとほつた廊下とに挾まれて、千代子と子供との寢室になつてゐる。
この八疊と四疊半とは、生活上、金錢的關係があるのを除いては、殆ど全く無關係の世界と世界とである。四疊半の主人のまだ寢てゐるのを、八疊の主人が起しに來て、締まつた障子の外から、
「もう、時間ですよ」といふすげ無い言葉を一と言かけて去るのは、午前の八時もしくは九時から學校の時間がある時に限つてゐる。それを聽き流しにしてゐると、あね娘かその弟かが、母の使者として、
「お父アん、お起きなさいツて」と云ひ布れて來る。
「お――起き――父ちやん――お起――きツて、ね」と、また、末の子が障子を明けて這入つて來て、ひよろつく腰をかがめて、父の顏をのぞき込むこともある。
「あア、起きるよ。」さすが無邪氣の子には強く當ることもできず、優しい返事をするが、すると稚い子が嬉しさうに向ふへ駈けて行つて母にその返事をいひ付けてゐるやうな樣子が聽こえる。それがまた反感を響かせて來ないではゐないのである。
「あいつ等の爲めばかりに詰らない教師などをしてゐるのだ」と考へると、顏を洗ふにも食事を濟ませるにも氣が進まず、出勤の時間が後れかける程ぐづ/\してゐて、わざと車を呼んで、たツた三四丁のところを驅けらせることもある。
學校では、然し義雄の教授振りに家で押さへてゐる活氣が溢れ出し、ひどく叱りつけることもある代りに、また全級を愉快に笑はせたりする。
六年前、初めてここの教師になつた時は、生徒に親しみがなく、且、怒るのが目に立つので、最も不出來の生徒が一人、短劍を持つて渠を暗夜の途に要したのが評判になつた。渠はそんなことには恐れないで、相變らず冷酷、熱酷な怒罵をつづけた。
「貴樣のやうな出來そこなひは、兩親へ行つて産み直して貰へ。」
「手前のやうな鈍物は、舌でも喰ひ切つて死んでしまへ。」
生徒は遂に往生して、こんなことを云はれるのを最も恥辱だとして、渠の時間の學科はよく下調べをして來て、じやうずな説明を聽きつつ、明確な理解を得るのを樂しみにするやうになつた。
「田村先生の時間!」この言葉は一部の生徒の恐怖を引き起す符牒であると同時に、一般生徒には最も待ち受けられる樂しみであることは、義雄も自分で知つてゐた。
渠は同じ學校の夜學にも出たことがあるが、それは失敗に終つた。出勤前に友人と酒を飮んだのが、教壇で例の通りの快辯を振つてゐる時に發して來て、いつの間にか椅子に腰かけて、心よくテイブルの上に眠つてしまつた。ふと目を覺すと、七八十名のものがすべて手を束ねて、ぼんやりとこちらを見てゐた。
丁度その當時、渠は「デカダン論」といふ著を公けにし、現今の宗教、政治、教育等の俗習見に反對したのが、學校の幹部の問題になつてゐた。その上、或晩のこと、醉ツ拂つて藝者と共に電車に乘つてゐたのを生徒の一人に見つけられた。
それやこれやの中を取る同僚があつて、渠は夜學の時間を斷わつてしまつたが、晝間の生徒に向つては、自分に對する心得を發表した。
「學校の門を這入つた以上は、おれも教師として神聖な者だから、飽くまでもその職權と熱心とを忘れないが、門を一歩でも出たら、もう、お前等とおれとは見ず知らずの他人も同樣だぞ――從つて、外でお前らと出會つても、おれは相手にしない、お前らも亦おれを先生などと云ふに及ばないし、お辭儀などは無論しなくてもいゝ。」
すると、生徒のうちから、
「煙草を飮んでゐても叱りませんか?」
「酒に醉ツ拂つてゐてもいいんですか?」
「藝者を連れてゐてもかまひませんか?」
などと冷かし初めた。渠は笑つてこんなことを云はせて置き、やがて、響き渡るほどのどら聲で、「默れ!」と一喝して、「ここは神聖な教場だ。」
かう云ふことがあつてから、一層、渠は生徒間におそろしいが又懷かしい教師となつた。
或日の午後、渠が學校から疲れて歸つて來ると、見慣れない牡丹色の鼻緒の駒下駄が玄關の格子に脱いであつて、正面のはしご段のわきには大きな行李が一つころがり八疊の間に若いおほひさし髮の女が來てゐた。
「紀州からやつて來た女に相違ない。」かう思ひながら義雄は八疊の間をまはつて自分の室へ這入つた。
胸には、何だか異樣な動悸をおぼえてむらさき包みの書をほうり出したまま机にもたれて、向ふの話し聲に注意が向いて行くのである。
「東京へ來ると、」なか/\ませたやうな聲で、「田邊などは、もう、お話しにならんです、な。」
「どこから行くの?」これは千代子の聲だ。
「大阪から行きます。午後の十時頃に大阪を出發しますと、加太、和歌山などは夜のうちに通つて明くる日のお晝頃着きます。」
「何かあるとこ?」
「温泉があります。」
「ぢやア、いいとこでしよう?」
「その邊では、まづ、よろしい都會ぢやと云ふても、大したところではないのです。」
「でも、温泉があるなら、」と、笑ひ聲になり、「そんなとこで宿屋でもすりやア儲かりましよう。」
「さア、どうですか? 神戸や大阪からは隨分來るやうですが――」
「ふむ、隨分來るの――ふむ、さう?」
千代子が例によつて口を結び、首を二三度固く動かして、人を子供あつかひにした目つきが義雄には見えるやうだ。
「いやな女だ――あの癖を亭主のおれにまでむけるのだ」と、渠は獨りで顏をしかめた。
「どうきまりましたの」と、繼母が出て來た樣子。
「二階の西の三疊が明いてますから、ね」と、千代子は既に自分が決めさせたと云ふ調子で、「少し暑いけれど、あすこにして、成るだけお金の出ないやうにしてあげたらと思ひますの。」
「そりやア、安い方があなたもいいでしようから、ねえ――」低い笑ひ聲を出し、「ずツと安く負けてお貰ひなさいよ。」
「あの猫婆々アめ、いつもの猫撫で聲を出しやアがる」と、義雄は繼母の不斷を思ひ浮べた。
「これよりやア、もう負かりませんよ」と、これも笑ひ聲だが、險に響いた。
「ふ、ふ、ふ」と、をんな客の當りさはりのないやうにした笑ひも、繼母の聲と共に何だか底意地ありさうに聽こえたが、義雄は險ある聲を最もいやに感じた。
「あなたも、正直なところをいつて、大したお金持ぢやアないでしよう――」と、繼母の聲。
「はア」と、をんな客はまごついた返事だ。
「奉公口を見付けるまでといつても、あなたのはただの下女やお針では行けないのだし、晝間だけどこかの學校へやつて貰へるやうなところは、なか/\見付かりさうもないから、ねえ――」
「金を持たずに出て來たのだ、な。」義雄は直ぐそんな奴はめかけでもするより仕樣がなからうと考へた。
「まア、明日からでも探して見ましよう――神田にも國の人が來てをりますので。」
「國の人が來てゐるのなら、大丈夫ですよ。」
「成る程、おツ母さんの考へは年寄りだけに行き屆いてるのねえ。」千代子はその向ふ意氣の強い調子が變つたやうになつて、「あなたは、全體、二三ヶ月の下宿料は持つて來たの?――こんなことを聽くのも」と、調子ツ外れに笑ひながら、「をかしいやうだが――」
「はア、それは――」
「若し奉公の口がない、うちの勘定も拂へないといふやうなことがあると――」
「つけ/\と遠慮會釋もない女だ、なア」と、義雄は蔭でひや/\した。
「そんな、御心配までは掛けんつもりです。」客は如何にもむツとしたと云ふ口調だ。
「つもりでしようが――」
「まア、いいぢやアありませんか、そんなことは?」相變らずの猫撫で聲が中を取るやうに、「どうでしよう、ね、お千代さん、義雄さんにも相談しなけりやアならないでしようが――?」
「義雄などに相談もあつたものですか?」
「でも、ねえ、あるじはあるじですもの。」
「あんな人に――あるじらしくもない――相談も何も入りますものか?」
「馬鹿にしてゐやアがる」と、義雄は蔭で怒る氣にもなれない程だ。
「では、お千代さんがさう受け合へばいいとして置いて――どうでしよう、ねえ――どうせ、わたしの座敷は明いてるも同然だから、一緒に置いてあげることにしちやア?」
「むむ、それがいいです、ね!」乘り氣の甲高になつたが、直ぐまた遠慮といふことに思ひ付いたかのやうに聲を平調に返して、「おツ母さんさへ御承知なら、ねえ。」
「わたしは構やアしない、わ――隱居の身に話し相ひ手もできるのだから。――あなたも」と、客に向つてらしく、「さうおしなさいよ、間代だけでも省けたら、ようござんしよう。成るべく無駄なお金の出ないやうに、ねえ。」
「ぢやア、さうしたら、どう?」
「では、さう願ひましよう。」今まで何だか氣が置けてゐたらしい客の聲だが、初めてその場の意味が分つたかして、さえ/″\した聲を出した。
「それがいいの、ね」と、矢ツ張り甲高な笑ひ聲で、「どうしても年寄りがゐないと、いゝ考への出ないもの、ね――おツ母さんでなけりやア――おツ母さん大明神だ。」
「何を云つてやアがる、馬鹿が」と、義雄はまた心で叫んだ。
繼母も千代子の頓狂な言葉をただ笑つて受けて、客の方をあしらつてるらしく、
「あなたも、船や汽車でゆられて來て、疲れてゐるでしようから、早くわたしの部屋へ行つて、横にでもおなりなさい。」
「さう疲れてもをりません。」
「だツて、どうせあなたのゐるところときまつたのですから――」
「左樣ですか? では――」
「馨! ちよいとお出でよ。」
繼母に呼ばれて、義雄の弟は離れの奧から縁がはをまはつて出て來て、
「何」と云ふのがきこえた。そして久し振りの客を見て「いらツしやい」と云つてる。もとから知つてる筈だがら。
「大きくなつたでしよう、馨は?」
「はア、さうです、な。」
「兄さんよりも、大きいのですよ――からだばかり立派になつて。」
「結構です。」
「勉強をしないで困るのですよ――兄さんの方は、それでも、し出すと、夜ぢうでもしてゐるやうですが――」
「僕だつて、する時アしてゐる、さ。」
「だッて、今から色氣づいたりして、ね。」
「お君さんでしよう?」客はためらはないで、かう突ツ込んでる。
「ええ、約束がしてあるのださうです。」
「兄さんの」と、千代子の笑ひ聲だ、「弟だから、ね。」
「あの、清水さんの行李が、ね」と、繼母は渠に優しい命令をした、「はしご段の下にあるから、あれをわたしの部屋へ持てッておあげ。」
「あれだ、ね?」
「わたし、持つて行きます。」客と馨と二人して行李を奧の離れへ運んで行くやうすだ。
「重たさうだ、ね」と、繼母もそのあとから云つてた。
千代子は縁がはをばた/\と上草履の音をさせて、こちらの室へ駈けて來て、障子の敷居のうへへ片足をかけたまま首を机の方へ突き出し、聲を低めて、
「やつて來ましたよ――紀州の女が。」
「‥‥」洋書棚のそばで東向きの縁がはに向いた机のうへにイブセンの脚本を開いたままやうすを聽いてゐた義雄だが、見向きもしなかつた。千代子は左の手を壁の柱にして、からだの腰を少しかがめながら、
「いやな女よ――それは意地の惡さうな目付きをして――おほでこ/\のひさし髮で――」
「それでも」と、義雄は劔突くめいた聲で妻を返り見た、「お前の引ツ釣鬢の束髮よりやア多少の飾りはあらう。」
「髮なんかに飾りがあつたツて――あなたはいつも内部的、精神的でなければ行けないといつてる癖に、直ぐその口で女のうはべを賞めるのですか?」
「外形にまでも」と、顎でしやくいながら、「精神の若々しさが現はれてゐりやアいいのだ。」
「なんぼ若いツたツても、あんな意地の惡さうな、のツそりした女ぢやア――」
「ぢやア、手めへは何だ――鬼子母神のお化け見たやうなざまをしやアがつて――おれの女房なら、女房らしくなれ!」
「あなたも亭主らしくおなりなさいよ。」
「馬鹿をいふな――貴樣のやうなとげ/\しい婆々アに、もう誰れが構つてゐよう? どんな見難い女でも、まだしもしとやかで、若けりやアいい。」
「だから、好きなのをお貰ひなさいと云つてるぢやアありませんか?」
「何んだ! それで濟むと思ふか? 苟くもおれが貴樣達を補助してゐる以上は、おれは貴樣達の主人だ。主人が學校から歸つて來ても――」
「へえ、學校でしたの? わたしは、また、もう試驗も濟んだんだから、どこかほかへ――」
「特別な用があつたらどうする――氣の毒だから點數調べの手傳ひをしてやつたのだから仕方がないのだ! 學校ばかまなど穿いて、誰れがほかへ行く?」
「そりやア、氣が付きませんでした。」
「何、ぢやア、貴樣達アおれが學校から歸つた時でなきやア、茶を一つ持つて來ないのか?」
「そんな因業なわけぢやアありません、わ――欲しけりやア御遠慮なく手を叩いて下すつたらいいぢやアありませんか?」
「手を叩くのア家のものが知らない時だ――歸つたのを知つてゐながら、お歸んなさいとも、何とも云はず――」
「それは惡うございましたが――」
「惡かつたでは、もう遲いのだ――茶を持つて來い、茶を!」
「母アちやん」と云ひながら、知春は怖ろしさうに母の横手から母の足に抱き付いた。
「何もこはいことではないのだよ。」千代子は子を兩手でぐツと抱きあげ、「直ぐ持つて來させますから」と云ひ殘して、そこを立ち去つた。が、縁がはを行きながら、繼母の室へ聽こえるやうに、「お茶が出なかつたから、お叱りですよ」といつた。
「持つて來るなら、自分で持つて來い!」かう叫びかけたが、聲には出さず、義雄のむしやくしやした心は袴をつけたまま坐わつてゐるからだ中にみなぎつた。
「今お茶を入れてますよ」と云ふ千代子の言葉を臺どころわきの食事室の方へ聽き流しにして、義雄はわざとがたびしと玄關の土間にある下駄箱の蓋を明け閉て、自分の兩削り下駄を出して足に突ツかけ、逃げ出すやうに家を出た。
玄關と向ふの醫者の裏板塀との細い露地を通り、自分の家の臺どころの角から曲つて、また細い露地を三四間出ると、我善坊の通りだ。ここは仙石屋敷と八幡山との間に挾まれ、細長い而かも鬱陶しい谷のやうなところだ。が、麻布の仲の町や鳥居坂への近道であるので、隨分いい人々の車も通るし、近頃は、下の八幡町の山に添ふた墓地が泰養寺の手を離れて總て取り拂はれ、その跡へ新らしい借家が建ち續いたから、可なり奇麗な通りになつた。
義雄は、自家の後ろの山のおほ檜の木や、八幡山の樹木やに反映する午後の暑い日光をスコツチの鳥打ち帽の上から浴びて、自分の室の凉しいがまた薄暗いところに坐わつてゐるのよりも、却つてすが/\しい氣持ちになつた。
「けふは、思ふ存分玉突きでもして遊んでやれ!」渠はかう決心して、八幡町を芝の西の久保通りに出で、巴町の方へ、われながら亡父の歩き振りが思ひ出されるせか/\歩きで、どこへ行かうかと考へた。
山王下の赤坂亭には好きな女もゐるが、玉代や飮食費が大分溜つてゐて、行くたんびにそれを催促されるのがこころ苦しい。あたらし橋の養精軒は、女ボーイが居眠りしながらゲームを取り、敵の點數へこちらの取り分を入れたのが原因で、そこの主人と喧嘩をしてから、まだそのほとぼりが覺めてゐない。その他で知つてゐるのは餘り感じのいい玉屋ではない。
さうかと言つて、近頃は大きな料理屋へ行つたり、濱町や蠣殼町のこツそりした家へとまつたりする勇氣も餘裕もない。
ふところの素寒貧を覺えながらも、夏のほこり風にあふられて、蚊がすりの單衣の背とからだの脊中とがひツ付くほど汗のうるみを生じて、脇腹を垂れる汗のしづくが親ゆづりの博多帶――山の這入つた茶と紺との合せ帶だ――の下にとまるのが、如何にも暑苦しい。
「人並みに今年は避暑旅行もできず――」と心では訴へながら、行く先きをどこにしようか、ここにしようかと考へて行くうち、足はいつもの通り渠を佐久間町の友人の家へ運んで行つた。
「辯護士村松十衞」と書いた大きな横表札が懸つてゐるその格子戸を明けて這入ると書生が二階へ通知して來てから、義雄を上へあがらせた。
二階の奧座敷では、主人が二人の客と鼎座して、眞劍に花を引いてゐた。渠もここの主人とこの座敷でこの遊びに徹夜したこともある。が、それは酒にも飽き、玉突きにも疲れた跡で、ほんのから勝負をして自分の家へ歸りたくない夜の時間つぶしに過ぎなかつた。
今、目前に眞劍の勝負を見て、渠は今更らの如くそらおそろしい氣もするし、又、それをやつてゐるもの等の卑劣な熱心にさもしい根性が見え透くやうにも思はれる。然し、どうせ友人を玉屋へ誘ひ出すことができないなら、自分もここで、一緒にやつて見たいと考へたが、一年毎に取りやりする現金が懷中にあつても少いので、皆に勸められながら、ただ見てゐるだけで、別に何等の話もなく三時間も四時間もそこで過ごしてゐた。
「梅ぢや」、「牡丹だ」、「菅原ぢや」、「四光だ」などと、ぱちり/\とやつてゐるのを、義雄も自然に釣り込まれて面白さうに見てゐるうち、最も勝つた客は、もう、晩餐時だから歸ると云ひ出したが、最も負けた主人がどうしても歸さないと止めた。が、その客はここらが切り上げ時だと見たのだらう、振り切つて二階を降りてしまつた。
で、主人は今一人の客と同じことを續けたが、矢ツ張り恢復はできなかつた。客は先刻から立て換へて置いた分と今勝つた分とを渡せと云ひ、主人は渡すことはできないといふ。それがもとで投ぐり合が始まり、客はその喧嘩に負けて散々の惡口をつきながら、はしご段を降りて行つた。
「ごろ付きめ! こねいだ立て換へてやつた分はどうするんでい!」甲州生れの氣の荒い村松は、目に角をたてて、かう浴びせかけてから、義雄の方に向き直り、少しきまりの惡さうな顏をして、「やア、失敬した、なア。」
「なに、面白かつたよ――僕も金を持つてゐさへすりやアやつて見たのに。」
「けふのやうに負けたことは滅多にねいよ」と笑ひながら、村松は金がは時計を白縮緬の兵兒帶から出して見た。「もう七時だ、なア――また肉でも喰ひに行かうか?」
「さア、行つてもいい、ね。」
「夏中は相變らず不景氣で金が這入らねいで閉口だ。」
「僕などアおやぢの病死以來ぴイ/\してゐるのだ。」
「まア飯を喰つてから玉突でもやる、さ。」
村松はまだ獨身者で、臺どころは下女に一切まかせてある。既に夕飯は客の分もできてゐたのだが、渠はそれを入らないと云つて、義雄と共に靴脱ぎへ降りた。
二人はそこから櫻田本郷町の通りへ出て、とある牛肉屋へあがつて一杯を傾けたが、飯を濟ませると、直ぐまたそこを出た。
「どこへ行かう?」
「さア――」
「君ア養精軒はまだいやだらうし――」
「行つたところで構やアしないが、久し振りで永夢軒へ行つて見ようか?」
「それもよからう。」
かう話がきまつて、二人は新橋の方へ向いて高架鐵道の下をぬけ、烏森の意氣な圓い大提灯が出てゐたり、三味線の音締めが聽こえたりする横町々々を縫つて行つた。
永夢軒では、一方の臺にプールの客が集まつてゐるし、また一方の臺では藝者が客と四つ玉を突いてゐる。プールはいつも物を掛ける習慣になつてゐるので、義雄は全く好まない。村松はそれを知つてゐるし、また若い女のゐる方がいいので、その方の椅子に二人並んで腰をおろし、女がしろ玉のつもりで赤たまを突きかけたり、突いた玉が突ツ拍子もないところへ走つたりするのを見て、笑つてゐる。
そのうち、女はその客を引ツ張つて疊つづきの奧へ這入つた。そツちは藝者屋で内輪は一つになつてゐるのである。
「きやつ、花を引かされるのだぞ。」義雄が村松を返り見てささやくと、村松は首をすくめて、これも低い聲で、
「負けたら、それだけ現金でぼツたくられるし、勝つたところで女と例の妥協――で一睡の夢か?」