4話 三(2)
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「何を笑つてるのです?」知り合ひの女ボーイがゲーム取りにやつて來て、かうからかつた。
「笑つたら、惡いのけい?」村松はわざとおこつたやうに右の肩を怒らして見せたが、肩を下ると同時に客の置いたキユウを手に取つた。「早ゲームを取れ!」
「へい/\。」ゲーム取りは、村松の國なまりを返事に受けもじりながら、大きなそろばんの懸つてゐる下の椅子に行つた。
「お常さん」と、義雄もキユウを取つて臺に向ひ、自分の白い持ち玉と赤い一とをキユウの先きで引き寄せながら、「永夢軒とはよく附けた名だと云ふこと、さ。」
「妥協ばかりやらしやアがつてのう」と、村松も二つの玉を――白いのは自分の方に赤いのをその先きへ――並べて、義雄の玉と臺の眞ン中の縱の一線に眞ツ直ぐに置かれたか、どうかを調べて見た。
「さア、來給へ」と、義雄に促され、村松は白玉を右のコシンに添ふて赤の横線に並ぶまで出し、向ふの白の半面へねらひを定めて突きひねつたが、見事に當らなかつた。
「ほ、ほ」と、ゲーム取りは笑つて、「いくらでしたか、ね?」
「百に半分でいい」と、義雄も笑つてゐる。
「なアに、七十だ。」村松は自分の白を拾つてもとの處へ置き直し、二度目のねらひを定めてゐる。
「君には」と、義雄はそれに向つて、「まだ僕の半分しか突けないぞ。」
「どうだ、見ろ!」村松の同じやうに突いた玉が義雄の白へは當つたが、向ふのコシンへ行つてはね返る時に赤の左りの二三寸さきを反れてしまつて、村松の方のコシンのそばへ來てとまつた。
そして、義雄の白は、一旦渠の前のコシンに行つて、また渠に近い右のに行き、そこを少し出たところで坐わつた。
「その腕だから、ね」と、義雄が今度は突きはじめた。近い赤から向ふのコシンへ這入つたのが、白へ行つての二點と、それから三點とまた二點との三キユウで、四キユウ目には失敗した。
それから互ひに突き合つた結果が村松の勝に歸したが、二回目には義雄が勝ちを得た。
三回、四回と試みてゐるうちに、プールの組は歸つてしまつて、そのあとへ義雄の仙臺遊學時代の後輩だが、渠よりはずつと先きに冒險小説で世間に名を賣つた男と、歌詠みから株屋の番頭に轉職した最も若い男とがやつて來た。
向ふも醉つてゐれば、こちらも丁度醉ひが出てゐるところで、互ひに知り合ひの仲とて、入りまじつて、兩方の臺を占領することになつた。
義雄はかう云ふ時には非常にはしやぎ出す方で、皆を傍若無人に揶揄しながら賑やかに誰れでもの相ひ手をした。そこの主人もボーイ連中も注意は全く渠一人の面白味に釣り込まれて來た。
然し株屋の番頭の二百點に對する義雄の百點は後者の方に少し負擔が多過ぎるので二三回負け越しになつた。その形勢を挽回しようとして、義雄が躍起になり、熱汗のでるのをうち忘れて奮鬪したのが、力の平均をます/\失はせたばかりでなく、
「この野郎」とか、「畜生」とか云つて突き出すキユウを、どうしたはずみか上へ振り上げたのが、電燈の一つに當つて電球がこな微塵になつた。
「電球は白かい、赤いか」と冷かされて、
「どツちでもねいや」と、義雄は興ざめた返事をし、與へた損害は店へ拂ふことにして、村松と二人でそこを出た。
もう十二時近くで、さすがの場所も段々森閑として來た。例の美人娘がゐる琴平町の蕎麥屋へ行つて、二人でまた失つた醉ひを取りもどし、そこで義雄は友人と別れて、家へ歩いて歸つた。が、戸が締つてゐるので無言で力強く二三度續けざまに叩くと、
「どなたです。」千代子の險ある聲が土間でした。
「おれだい!」
這入つてからも、千代子が洗ひざらしの模樣も禿げた浴衣の寢卷姿で恨めしさうにじいツとこちらを見た。その目が飛び出たのかと思はれるほどやせてゐる顏を義雄は見ない振りでつか/\と靴脱ぎをあがつた。さツさと自分の室にとほつて、押し入れから蒲團を出して敷いたが、直ぐ寢る氣にもなれない。
水を飮む風をして、臺どころへ行き、食事室の柱に懸つてゐるお客帳をこツそり廣げて見ると、紀州田邊の女は「清水鳥」――二十一歳――勉強の爲め止宿と書き付けてあつた。