艶妖記 忍術千一夜 第一話

4話 四

2,226字 約4分 2022年6月3日 公開

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 お高と八百助は悲しい身の上と相成った。母子は天地を恨み神仏をのろったであろうか、いや二人は誰を恨みものろいもしなかった、少年は母親の眼がなにごとか語るのを見て、漠然と自分たちが大丈夫であると感じていた。果たして三人のしれ者たちが去ったあと、お高は彼にこう云ったのである。

「もう少しだからお待ち、おせんをきっとおまえの嫁に呼んでやるよ、家だってお金だって決して心配することはないんだよ」

 家には本当に巨万の富がある。そして母親はそれを知っている。八百助はこう確信した、母子は僅かな土地を借りて畑を作り、黙々とみじめたらしい生活を始めたが、それもほんの十日ばかりのことであって、不幸はつれ立ってくる約定にそむかず最後の悪運にみまわれた。それは畑で土を打っていたお高がとつぜん倒れて死んだのである、脳溢血(のういっけつ)というのであろう、ぱたっと倒れて大きな溜息(ためいき)をもらしたと思ったら、それでもう十万億土へ旅立ってしまった。――こんどこそ八百助は泣き叫び、地面へ身を投げて天地をのろった。ひそかに母子を監視していた権右衛門にとっても、これは意外な失望であり思いがけない当はずれであった。しかしごんえむ殿がお高の葬式をしてやった事は、真実のために記録しなければならぬだろう。巨富の所得はいちおう延期になったが、これで八百助さえおい出せば五千両は鐚(びた)一文返さなくとも済むごんえむ殿はむしろ欣然として(しかしできるだけ安直に)野辺の送りをしてやったのであった。

 母を葬むった夜、八百助は折からの宵月をたよりに洞瀬山へ登り、例の曾古津様の祠へ捻(ね)じ込みにいった。

「いったいあなたはどんな神なんだ」

 彼はこうひらき直った、

「おっ母さんが子授けの願(がん)を掛けたとき私を生ませるくらいなら、生まれてから後も少しは責任があるはずだ、私がこんな躯になったのに知らん顔をするばかりか、あんな善人のお父つぁんやおっ母さんを見殺しにし、家がめちゃめちゃになるのも黙って眺めている。こんな無責任な怠けたことでかりにも神様と云われる者が恥ずかしくないのかい、今夜はおまえさんの肚をききにきたんだ、それによっては火をつけて祠もなにも燃してしまうからそう思ってもらおう」

 そして彼は祠を睨んで坐り込んだ。頼るに秩序なく訴えるに法も律(りつ)もなくすがるに道徳人情なく、しかも落魄(らくはく)窮乏のどん底に追い詰められたとき、人間は赤児のように聞分けなく奇跡の顕現を熱望するものだ、而(しこ)うしてその熱望がしばしば奇跡を招来し得ることは青史(せいし)の証明するところである。――刻(とき)は経っていった、だが曾古津神はぽつりとも答えない。八百助はついにこう云った、

「よーし、おまえさんがそんなつもりならもうなんにも頼まないよ、たったいま焼き払ってしまうからそう思うがいい」

 こう云って彼はそのへんから杉の枯枝を集めて来、祠の縁下に押し込んで燧袋(ひうちぶくろ)を取り出した。そして燧石をかちっと打ったとき「ちょっと待て」という声が聞こえた。八百助はびっくりしてまわりを見まわした。もちろんどこに誰がいるわけでもない、それで、

「今のは曾古津様の声ですか」ときいてみた。祠はしんとしてそうだとも違うとも答えない、八百助は空耳(そらみみ)だったと思って怒り直し、忿然(ふんぜん)としてまた燧石をかちっと打った、そのとたんにこんどはもっとはっきり「待ってくれ」

 と云う言葉が聞こえた。彼は二三度やり直したうえ、燧石を打つとその声が聞こえることをたしかめた、そして次のように問答を始めた。

「あなたは曾古津様ですか」「そうだ」

「私の一家の不幸を知っていますか」

「どうも面目ない」曾古津様はこうおっしゃった、

「わしも二千百十九年と九カ月になるので、眼も耳もよくきかないしなにもかも億劫(おっくう)なものだから、ついついなにしていたわけだが、とにかくこの住宅を焼くのだけは勘弁してくれ、この年になって部屋借りをするのも体裁が悪いから」

「では私の願いを聞いてくれますか」

「一つだけなら聞こう、おまえの先祖たちにだいぶ振り出したのでわしもだいぶ手許(てもと)が苦しいんだ」

「一つだけで結構です、云いますからよく聞いてください」

 八百助はここで力いっぱい燧石を打ちながら、

「思うことは何でもかなう力を私に与えてください」

「よし、――」

 こう云ったとたんにじゅっという音が聞こえた、炭火を水へ入れた時のような音である。そしてそれっきり、どんなに燧石を叩いても曾古津神の声は聞こえなくなった、按(あん)ずるに曾古津様は禁を犯して人間に万能の力を与えたため、神界の法律によってしかるべく処置されたのであろう。信心家が神棚に向かって切火をする習慣は実にこの故事に由来するものであり、現在どこにも曾古津神社なるものが存在しない由縁もまたこれに因(よ)るのである。

「自分には思うことのかなえられる力が与えられた」

 八百助はいささかの疑念もなくこう信じた、

「よし試してみよう」

 彼は眼をつぶって跛(ちんば)の足よ立てと念じた。跛の足は立った。がんがち頭の知識人種や疑い深い高利貸や一つ覚えのくそ自然主義者どもは信じないかも知れない、これらの種族はせいぜいのところ文学で可能性を追いかけまわすくらいが能なのだから、しかし情緒に敏感であり精神に伸縮をもち聡明にして頴悟(えいご)なる読者諸君はお信じなさるだろう。跛は立った、八百助はにこりともしない、彼にとっては当然あるべき事があるべきように実現しただけのことだから、「つぶれている眼よ、明け」こう念じ、さらに「背骨よまっすぐになれ」こう念じた。

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