3話 三
読み方を変える
吹矢村にはなにが待っていたか。「臭い物には蓋」の鉄則にしたがって簡単に述べよう、父の五百助は大南の駅で病死し、骨だけが村へ帰って来た。その百カ日の忌日がすむと、武藤の権右衛門殿が娘のおせんを伴って乗り込み、
「かねての約束だから少し期日は早いが連れて来た、どうか今日からこの家の嫁にしてもらいたい」
と云った。「しかし伜の八百助もまだ生死不明だから」と断わったところ、
「伜殿が生きようと死のうと取り交わした契約は動かない、武藤の権右衛門は男だでのう」
こう云って娘を置いていった。それだけではない、権右衛門殿は自ら「総後見」と名乗り、二人の息子を「後見役」「相談役」と称して住み込ませた。――かかる行為がいかなる魂胆に基づくかは、すでに諸君も「ははあ」とうなずかれたであろう。正にしかり、ごんえむ殿は契約のおり聞かされた五百助の巨富に着目したのだ。だいたい五百助の家は年数も知れぬ昔から代々そこで管玉や切子玉や棗玉、臼玉、勾玉、丸玉などを造っていたと伝説されている。近代は玉類などの需要が少ないので、職人も置かず家族だけでこつこつ仕事をしていたし、ことに二代ほど前からはひどく貧窮のようすにみえた。そして村人たちもそのとおり信じていたのである、ところが五百助が不具の子の仕合せを思うあまり、代々厳しい家禁として守られてきた玉造の家の、秘密の一端を漏らしてしまった。材料の原石は持山から掘り出すこと、瑠璃も瑪瑙も琥珀もまだ多量に埋蔵されていること、すでに磨かれ細工された玉類の貯わえや、何十代にわたって蓄積した古貨幣、砂金、小判などのことまで口走った。依之観之、莫大なる富である、ごんえむ殿は「譲られた資産を億倍にする」と豪語したが、いよいよその宿望を果たす時に恵まれたわけであった。――八百助がひとつくねのぼろのような姿でようやくたどり着いたとき、わが家のありさまは概略このような状態にあったのである。総後見のごんえむ殿、後見役と相談役、今やこれらが玉造の家の支配者であり所有主であって、彼や母親には寄宿人か厄介者ほどの場所しか与えられないのである。もっとも初めはかなり妥協的だった、というのは五百助の妻女お高が莫大な資産のあり所を知らないと云い張る、
「お宅へ持っていった五千両がありったけ総ざらいでした、そんな大枚な財産があるなんて聞いたこともなし、あるとしても私はまるっきり知りません」
こう云うばかりでまったく埓が明かなかった、したがって死んだものと信じていた八百助の帰ったことは肚立たしくもあるが、また一方では巨富の所在がわかるだろうという希望をも持たされたのだ。それで初めはできるだけ愛想のいいところを見せ、
「とにかくもう一家の旦那だ」
などとおだてあげたりした。しかし八百助が莫大な財産の所在も、そんなものがあるかないかも知らず、しかも本当に知らないことを突きとめた時から待遇はがらりと変わったのであった。
「わしは五百助どんからこれこれの財産があるということで婚姻の契約をした、また五百助どんの性質として根も葉もなしにあんな広大な話しができるわけもなし、五千両という金をぽんと出せるはずもない、云っただけの財産はたしかにあると睨んだ」
ごんえむ殿はこういきまいた、
「――おまえさんたちがそれを知らず、あり所も存ぜないとすれば、つまるところ五百助どんがおまえさんたちに譲る気がなかったという理屈になる、もう一つ押し進めれば契約の履行によって該資産の相続権の実効はおせんに移るというわけだ、これは総後見たるわしが俯仰天地に断言してはばからん、武藤の権右衛門は男だでのう」
そして彼は肥えた躯をゆすって豪傑のように笑った。
総後見と後見と相談の三人は強盗のように家捜しを始めた。おせんはとっくに黒門のある自宅へ帰らせてある。八百助母子は物置へ押し込め、自分たちは母屋に陣取って、家捜しをしたり酒をのんで歌ったり暴れたり、また家捜しをしたりして暮らした。酒肴の代金には玉造の家財をはじめ田だの畑だの薪山だのを売りとばし、衣類まで担ぎ出し、母屋をすっからかんにすると、こんどはその屋根を剥ぎ梁をはずし壁を崩し、釜戸をこわし柱の根を割り床板をめくりというぐあいに、日と時間におかまいなく一寸四方の余地もなく捜したうえ、母屋ぜんたいをばらばらにほぐして、これも薪の値で叩き売ってしまった。家には「該資産」どころかそれと覚しい書付もない、とすれば地面に違いない、彼らは地面を掘りだした。
八百助はここまで眺めていて我慢が切れたそのとたんにふと良識自制を忘れ、袖下郷の代官所へ訴え出た。愚や愚や汝をいかんせん、もちろん権衛殿は代官所へ召喚されたが、彼と代官の兼尾呉兵衛とはある種の懇談を行ない、その結果として代官兼尾殿は公平なる裁判により、「あらぬ事を訴訟する不届きなしれ者」という判定を怒れる眼と忿れる大喝に託して宣告されたのである。八百助は背中の瘤へ「五十叩き」の棒を頂戴し、良識自制の定価の高さを厭というほど味わって、泣く泣く母の許へ帰ったのである。
ごんえむ殿とその二人の共謀者は地面を掘り続けた。掘ったの掘らないのという程度ではない、いたるところの地面をひきめくり裏返し揉ほぐし、掻き分けたり嗅いだり覗いたり探ったりというありさまだった、もちろんその片手間の自暴呑みや歌ったり暴れたりも怠たりはなかったが、――しかし三人の山賊どもはやがて土竜作業に飽きて相談をし直した。そしてお高が知らないという道理がないこと、これだけ捜すのを平気で見ているのは、彼女の頭蓋骨の中に隠し場所が登録されているに違いないこと、さればわれらは諦らめた風態を装ってここをひきあげ、ひそかにかの女を監視すること、さすれば彼女は必ずその場所をうかがう行動に出るであろう、これ労せずして金的を射る文殊の妙智である。こういう結論に到達した、そしてかれらは到達した結論を直ちに実行したのである。