2話 海潮音 序(2)
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葬事、まぐはひほがひ、烏羽玉の黒十字架に
浄き水はふり散らすも、祝福の枝をかざすも、
皆こゝに物は始まり、皆こゝに事は終らむ、
産屋洩る初日影より、臨終の燭の火までも、
天離る鄙の伏屋も、百敷の大宮内も、
紫摩金の栄を尽して、紅に朱に矜り飾るも、
鈍色の樫のつくりや、楓の木、杉の床にも。
独り、かの畏も悔も無く眠る人こそ善けれ、
みおやらの生れし床に、みおやらの失にし床に、
物古りし親のゆづりの大床に足を延ばして。
出征 ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ
高山の鳥栖巣だちし兄鷹のごと、
身こそたゆまね、憂愁に思は倦じ、
モゲルがた、パロスの港、船出して、
雄誥ぶ夢ぞ逞ましき、あはれ、丈夫。
チパンゴに在りと伝ふる鉱山の
紫摩黄金やわが物と遠く、求むる
船の帆も撓わりにけりな、時津風、
西の世界の不思議なる遠荒磯に。
ゆふべゆふべは壮大の旦を夢み、
しらぬ火や、熱帯海のかぢまくら、
こがね幻通ふらむ。またある時は
白妙の帆船の舳さき、たゝずみて、
振放みれば、雲の果、見知らぬ空や、
蒼海の底よりのぼる、けふも新星。
夢 シュリ・プリュドン
夢のうちに、農人曰く、なが糧をみづから作れ、
けふよりは、なを養はじ、土を墾り種を蒔けよと。
機織はわれに語りぬ、なが衣をみづから織れと。
石造われに語りぬ、いざ鏝をみづから執れと。
かくて孤り人間の群やらはれて解くに由なき
この咒詛、身にひき纏ふ苦しさに、みそら仰ぎて、
いと深き憐愍垂れさせ給へよと、祷りをろがむ
眼前、ゆくての途のたゞなかを獅子はふたぎぬ。
ほのぼのとあけゆく光、疑ひて眼ひらけば、
雄々しかる田つくり男、梯立に口笛鳴らし、
具の木もとゞろ、小山田に種ぞ蒔きたる。
世の幸を今はた識りぬ、人の住むこの現世に、
誰かまた思ひあがりて、同胞を凌ぎえせむや。
其日より吾はなべての世の人を愛しそめけり。
信天翁 シャルル・ボドレエル
波路遙けき徒然の慰草と船人は、
八重の潮路の海鳥の沖の太夫を生檎りぬ、
楫の枕のよき友よ心閑けき飛鳥かな、
津潮騒すべりゆく舷近くむれ集ふ。
たゞ甲板に据ゑぬればげにや笑止の極なる。
この青雲の帝王も、足どりふらゝ、拙くも、
あはれ、真白き双翼は、たゞ徒らに広ごりて、
今は身の仇、益も無き二つの櫂と曳きぬらむ。
天飛ぶ鳥も、降りては、やつれ醜き瘠姿、
昨日の羽根のたかぶりも、今はた鈍に痛はしく、
煙管に嘴をつゝかれて、心無には嘲けられ、
しどろの足を摸ねされて、飛行の空に憧がるゝ。
雲居の君のこのさまよ、世の歌人に似たらずや、
暴風雨を笑ひ、風凌ぎ猟男の弓をあざみしも、
地の下界にやらはれて、勢子の叫に煩へば、
太しき双の羽根さへも起居妨ぐ足まとひ。
薄暮の曲 シャルル・ボドレエル
時こそ今は水枝さす、こぬれに花の顫ふころ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈よ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
痍に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈よ、
神輿の台をさながらの雲悲みて艶だちぬ。
痍に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻や、
闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心。
神輿の台をさながらの雲悲みて艶だちぬ、
日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲。
闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心、
光の過去のあとかたを尋めて集むる憐れさよ。
日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲、
君が名残のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒。
破鐘 シャルル・ボドレエル
悲しくもまたあはれなり、冬の夜の地炉の下に、
燃えあがり、燃え尽きにたる柴の火に耳傾けて、
夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、
過ぎし日のそこはかとなき物思ひやをら浮びぬ。
喉太の古鐘きけば、その身こそうらやましけれ。
老らくの齢にもめげず、健やかに、忠なる声の、
何時もいつも、梵音妙に深くして、穏どかなるは、
陣営の歩哨にたてる老兵の姿に似たり。
そも、われは心破れぬ。鬱憂のすさびごこちに、
寒空の夜に響けと、いとせめて、鳴りよそふとも、
覚束な、音にこそたてれ、弱声の細音も哀れ、
哀れなる臨終の声は、血の波の湖の岸、
小山なす屍の下に、身動もえならで死する、
棄てられし負傷の兵の息絶ゆる終の呻吟か。
人と海 シャルル・ボドレエル
こゝろ自由なる人間は、とはに賞づらむ大海を。
海こそ人の鏡なれ。灘の大波はてしなく、
水や天なるゆらゆらは、うつし心の姿にて、
底ひも知らぬ深海の潮の苦味も世といづれ。
さればぞ人は身を映す鏡の胸に飛び入りて、
眼に抱き腕にいだき、またある時は村肝の
心もともに、はためきて、潮騒高く湧くならむ、
寄せてはかへす波の音の、物狂ほしき歎息に。
海も爾もひとしなみ、不思議をつゝむ陰なりや。
人よ、爾が心中の深淵探りしものやある。
海よ、爾が水底の富を数へしものやある。
かくも妬げに秘事のさはにもあるか、海と人。
かくて劫初の昔より、かくて無数の歳月を、
慈悲悔恨の弛無く、修羅の戦酣に、
げにも非命と殺戮と、なじかは、さまで好もしき、
噫、永遠のすまうどよ、噫、怨念のはらからよ。
梟 シャルル・ボドレエル
黒葉水松の木下闇に
並んでとまる梟は
昔の神をいきうつし、
赤眼むきだし思案顔。
体も崩さず、ぢつとして、
なにを思ひに暮がたの
傾く日脚推しこかす
大凶時となりにけり。
鳥のふりみて達人は
道の悟や開くらむ、
世に忌々しきは煩悩と。
色相界の妄執に
諸人のつねのくるしみは
居に安ぜぬあだ心。
現代の悲哀はボドレエルの詩に異常の発展を遂げたり。人或は一見して云はむ、これ僅に悲哀の名を変じて鬱悶と改めしのみと、しかも再考して終にその全く変質したるを暁らむ。ボドレエルは悲哀に誇れり。即ちこれを詩章の竜葢帳中に据ゑて、黒衣聖母の観あらしめ、絢爛なること絵画の如き幻想と、整美なること彫塑に似たる夢思とを恣にしてこれに生動の気を与ふ。ここに於てか、宛もこれ絶美なる獅身女頭獣なり。悲哀を愛するの甚しきは、いづれの先人をも凌ぎ、常に悲哀の詩趣を讃して、彼は自ら「悲哀の煉金道士」と号せり。
*
先人の多くは、悩心地定かならぬままに、自然に対する心中の愁訴を、自然その物に捧げて、尋常の失意に泣けども、ボドレエルは然らず。彼は都府の子なり。乃ち巴里叫喊地獄の詩人として胸奥の悲を述べ、人に叛き世に抗する数奇の放浪児が為に、大声を仮したり。その心、夜に似て暗憺、いひしらず汚れにたれど、また一種の美、たとへば、濁江の底なる眼、哀憐悔恨の凄光を放つが如きもの無きにしもあらず。
エミイル・ヴェルハアレン
ボドレエル氏よ、君は芸術の天にたぐひなき凄惨の光を与へぬ。即ち未だ曾てなき一の戦慄を創成したり。
ヴィクトル・ユウゴオ
譬喩 ポオル・ヴェルレエヌ
主は讃むべき哉、無明の闇や、憎多き
今の世にありて、われを信徒となし給ひぬ。
願はくは吾に与へよ、力と沈勇とを。
いつまでも永く狗子のやうに従ひてむ。
生贄の羊、その母のあと、従ひつつ、
何の苦もなくて、牧草を食み、身に生ひたる
羊毛のほかに、その刻来ぬれば、命をだに
惜まずして、主に奉る如くわれもなさむ。
また魚とならば、御子の頭字象りもし、
驢馬ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、
はた、わが肉より禳ひ給ひし豕を見いづ。
げに末つ世の反抗表裏の日にありては
人間よりも、畜生の身ぞ信深くて
心素直にも忍辱の道守るならむ。
よくみるゆめ ポオル・ヴェルレエヌ
常によく見る夢ながら、奇やし、懐かし、身にぞ染む。
曾ても知らぬ女なれど、思はれ、思ふかの女よ。
夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、異りて、
また異らぬおもひびと、わが心根や悟りてし。
わが心根を悟りてしかの女の眼に胸のうち、
噫、彼女にのみ内証の秘めたる事ぞなかりける。
蒼ざめ顔のわが額、しとゞの汗を拭ひ去り、
涼しくなさむ術あるは、玉の涙のかのひとよ。
栗色髪のひとなるか、赤髪のひとか、金髪か、
名をだに知らね、唯思ふ朗ら細音のうまし名は、
うつせみの世を疾く去りし昔の人の呼名かと。
つくづく見入る眼差は、匠が彫りし像の眼か、
澄みて、離れて、落居たる其音声の清しさに、
無言の声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。
落葉 ポオル・ヴェルレエヌ
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
仏蘭西の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を具へ、ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝へ、而して又更に陰影の匂なつかしきを捉へむとす。訳者
良心 ヴィクトル・ユウゴオ
革衣纏へる児等を引具して
髪おどろ色蒼ざめて、降る雨を、
エホバよりカインは離り迷ひいで、
夕闇の落つるがまゝに愁然と、
大原の山の麓にたどりつきぬ。
妻は倦み児等も疲れて諸声に、
「地に伏していざ、いのねむ」と語りけり。
山陰にカインはいねず、夢おぼろ、
烏羽玉の暗夜の空を仰ぎみれば、
広大の天眼くわつと、かしこくも、
物陰の奥より、ひしと、みいりたるに、
わなゝきて「未だ近し」と叫びつつ、
倦みし妻、眠れる児等を促して、
もくねんと、ゆくへも知らに逃れゆく。
かゝなべて、日には三十日、夜は、三十夜、
色変へて、風の音にもをのゝきぬ。
やらはれの、伏眼の旅は果もなし、
眠なく休ひもえせで、はろばろと、
後の世のアシュルの国、海のほとり、
荒磯にこそはつきにけれ。「いざ、こゝに
とゞまらむ。この世のはてに今ぞ来し、
いざ」と、いへば、陰雲暗きめぢのあなた、
いつも、いつも、天眼ひしと睨みたり。
おそれみに身も世もあらず、戦きて、
「隠せよ」と叫ぶ一声。児等はただ
猛き親を口に指あて眺めたり。
沙漠の地、毛織の幕に住居する
後の世のうからのみおやヤバルにぞ
「このむたに幕ひろげよ」と命ずれば、
ひるがへる布の高壁めぐらして
鉛もて地に固むるに、金髪の
孫むすめ曙のチラは語りぬ。
「かくすれば、はや何も見給ふまじ」と。
「否なほも眼睨む」とカインいふ。
角を吹き鼓をうちて、城のうちを
ゆきめぐる民草のおやユバルいふ、
「おのれ今固き守や設けむ」と。
銅の壁築き上げて父の身を、
そがなかに隠しぬれども、如何せむ、
「いつも、いつも眼睨む」といらへあり。
「恐しき塔をめぐらし、近よりの
難きやうにすべし。砦守る城築あげて、
その邑を固くもらむ」と、エノクいふ。
鍛冶の祖トバルカインは、いそしみて、
宏大の無辺都城を営むに、
同胞は、セツの児等、エノスの児等を、
野辺かけて狩暮しつゝ、ある時は
旅人の眼をくりて、夕されば
星天に征矢を放ちぬ。これよりぞ、
花崗石、帳に代り、くろがねを
石にくみ、城の形、冥府に似たる
塔影は野を暗うして、その壁ぞ
山のごと厚くなりける。工成りて
戸を固め、壁建終り、大城戸に
刻める文字を眺むれば「このうちに
神はゆめ入る可からず」と、ゑりにたり。
さて親は石殿に住はせたれど、
憂愁のやつれ姿ぞいぢらしき。
「おほぢ君、眼は消えしや」と、チラの問へば、
「否、そこに今もなほ在り」と、カインいふ。
「墳塋に寂しく眠る人のごと、
地の下にわれは住はむ。何物も
われを見じ、吾も亦何をも見じ」と。
さてこゝに坑を穿てば「よし」といひて、
たゞひとり闇穴道におりたちて、
物陰の座にうちかくる、ひたおもて、
地下の戸を、はたと閉づれば、こはいかに、
天眼なほも奥津城にカインを眺む。
ユウゴオの趣味は典雅ならず、性情奔放にして狂激浪の如くなれど、温藉静冽の気自からその詩を貫きたり。対聯比照に富み、光彩陸離たる形容の文辞を畳用して、燦爛たる一家の詩風を作りぬ。訳者
礼拝 フランソア・コペエ
さても千八百九年、サラゴサの戦、
われ時に軍曹なりき。此日惨憺を極む。
街既に落ちて、家を囲むに、
閉ぢたる戸毎に不順の色見え、
鉄火、窓より降りしきれば、
「憎つくき僧徒の振舞」と
かたみに低く罵りつ。
明方よりの合戦に
眼は硝煙に血走りて、
舌には苦がき紙筒を
噛み切る口の黒くとも、
奮闘の気はいや益しに、
勢猛に追ひ迫り、
黒衣長袍ふち広き帽を狙撃す。
狭き小路の行進に
とざま、かうざま顧みがち、
われ軍曹の任にしあれば、
精兵従へ推しゆく折りしも、
忽然として中天赤く、
鉱炉の紅舌さながらに、
虐殺せらるゝ婦女の声、
遙かには轟々の音とよもして、
歩毎に伏屍累々たり。
屈でくゞる軒下を
出でくる時は銃剣の
鮮血淋漓たる兵が、
血紅に染みし指をもて、
壁に十字を書置くは、
敵潜めるを示すなり。
鼓うたせず、足重く、
将校たちは色曇り、
さすが、手練の旧兵も、
落居ぬけはひに、寄添ひて、
新兵もどきの胸さわぎ。
忽ち、とある曲角に、
援兵と呼ぶ仏語の一声、
それ、戦友の危急ぞと、
駆けつけ見れば、きたなしや、
日常は猛けき勇士等も、
精舎の段の前面に
たゞ僧兵の二十人、
円頂の黒鬼に、くひとめらる。
真白の十字胸につけ、
靴無き足の凜々しさよ、
血染の腕巻きあげて、
大十字架にて、うちかゝる。
惨絶、壮絶。それと一斉射撃にて、
やがては掃蕩したりしが、
冷然として、残忍に、軍は倦みたり。
皆心中に疾しくて、
とかくに殺戮したれども、
醜行已に為し了はり、
密雲漸く散ずれば、
積みかさなれる屍より
階かけて、紅流れ、
そのうしろ楼門聳ゆ、巍然として鬱たり。
燈明くらがりに金色の星ときらめき、
香炉かぐはしく、静寂の香を放ちぬ。
殿上、奥深く、神壇に対ひ、
歌楼のうち、やさけびの音しらぬ顔、
蕭やかに勤行営む白髪長身の僧。
噫けふもなほ俤にして浮びこそすれ。
モオル廻廊の古院、
黒衣僧兵のかばね、
天日、石だたみを照らして、
紅流に烟たち、
朧々たる低き戸の框に、
立つや老僧。
神壇龕のやうに輝き、
唖然としてすくみしわれらのうつけ姿。
げにや当年の己は
空恐ろしくも信心無く、
或日精舎の奪掠に
負けじ心の意気張づよく
神壇近き御燈に
煙草つけたる乱行者、
上反鬚に気負みせ、
一歩も譲らぬ気象のわれも、
たゞ此僧の髪白く白く
神寂びたるに畏みぬ。
「打て」と士官は号令す。
誰有て動く者無し。
僧は確に聞きたらむも、
さあらぬ素振神々しく、
聖水大盤を捧げてふりむく。
ミサ礼拝半に達し、
司僧むき直る祝福の時、
腕は伸べて鶴翼のやう、
衆皆一歩たじろきぬ。
僧はすこしもふるへずに
信徒の前に立てるやう、
妙音澱なく、和讃を咏じて、
「帰命頂礼」の歌、常に異らず、
声もほがらに、
「全能の神、爾等を憐み給ふ。」
またもや、一声あらゝかに
「うて」と士官の号令に
進みいでたる一卒は
隊中有名の卑怯者、
銃執りなほして発砲す。
老僧、色は蒼みしが、
沈勇の眼明らかに、
祈りつゞけぬ、
「父と子と」
続いて更に一発は、
狂気のさたか、血迷か、
とかくに業は了りたり。
僧は隻腕、壇にもたれ、
明いたる手にて祝福し、
黄金盤も重たげに、
虚空に恩赦の印を切りて、
音声こそは微なれ、
闃たる堂上とほりよく、
瞑目のうち述ぶるやう、
「聖霊と。」
かくて仆れぬ、礼拝の事了りて。
盤は三度び、床上に跳りぬ。
事に慣れたる老兵も、
胸に鬼胎をかき抱き
足に兵器を投げ棄てて
われとも知らず膝つきぬ、
醜行のまのあたり、
殉教僧のまのあたり。
聊爾なりや「アアメン」と
うしろに笑ふ、わが隊の鼓手。
わすれなぐさ ウィルヘルム・アレント
ながれのきしのひともとは、
みそらのいろのみづあさぎ、
なみ、ことごとく、くちづけし
はた、ことごとく、わすれゆく。
山のあなた カアル・ブッセ
山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。
春 パウル・バルシュ
森は今、花さきみだれ
艶なりや、五月たちける。
神よ、擁護をたれたまへ、
あまりに幸のおほければ。
やがてぞ花は散りしぼみ、
艶なる時も過ぎにける。
神よ擁護をたれたまへ、
あまりにつらき災な来そ。
秋 オイゲン・クロアサン
けふつくづくと眺むれば、
悲の色口にあり。
たれもつらくはあたらぬを、
なぜに心の悲める。
秋風わたる青木立
葉なみふるひて地にしきぬ。
きみが心のわかき夢
秋の葉となり落ちにけむ。
わかれ ヘリベルタ・フォン・ポシンゲル
ふたりを「時」がさきしより、
昼は事なくうちすぎぬ。
よろこびもなく悲まず、
はたたれをかも怨むべき。
されど夕闇おちくれて、
星の光のみゆるとき、
病の床のちごのやう、
心かすかにうめきいづ。
水無月 テオドル・ストルム
子守歌風に浮びて、
暖かに日は照りわたり、
田の麦は足穂うなだれ、
茨には紅き果熟し、
野面には木の葉みちたり。
いかにおもふ、わかきをみなよ。
花のをとめ ハインリッヒ・ハイネ
妙に清らの、あゝ、わが児よ、
つくづくみれば、そゞろ、あはれ、
かしらや撫でゝ、花の身の
いつまでも、かくは清らなれと、
いつまでも、かくは妙にあれと、
いのらまし、花のわがめぐしご。
ルビンスタインのめでたき楽譜に合せて、ハイネの名歌を訳したり。原の意を汲みて余さじと、つとめ、はた又、句読停音すべて楽譜の示すところに従ひぬ。訳者
瞻望 ロバアト・ブラウニング