海潮音

2話 海潮音 序(2)

6,911字 約14分 1999年7月1日 公開

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葬事(はふりごと)、まぐはひほがひ、烏羽玉(うばたま)黒十字架(くろじゆうじか)

(きよ)き水はふり散らすも、祝福の枝をかざすも、

皆こゝに物は始まり、皆こゝに事は終らむ、

産屋(うぶや)洩る初日影より、臨終の(そく)の火までも、

(あま)(さか)(ひな)伏屋(ふせや)も、百敷(ももしき)大宮内(おほみやうち)も、

紫摩金(しまごん)(はえ)を尽して、(あけ)(しゆ)(ほこ)り飾るも、

鈍色(にびいろ)(かし)のつくりや、(かへで)の木、杉の床にも。

(ひと)り、かの(おそれ)も悔も無く眠る人こそ善けれ、

みおやらの生れし床に、みおやらの(うせ)にし床に、

物古りし親のゆづりの大床(おほどこ)に足を延ばして。

出征      ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ

高山(たかやま)鳥栖巣(とぐらす)だちし兄鷹(しよう)のごと、

身こそたゆまね、憂愁に思は(うん)じ、

モゲルがた、パロスの港、船出して、

雄誥(をたけ)ぶ夢ぞ(たく)ましき、あはれ、丈夫(ますらを)

チパンゴに在りと伝ふる鉱山(かなやま)

紫摩黄金(しまおうごん)やわが物と遠く、求むる

船の帆も()わりにけりな、時津風(ときつかぜ)

西の世界の不思議なる遠荒磯(とほつありそ)に。

ゆふべゆふべは壮大の(あした)を夢み、

しらぬ火や、熱帯海(ねつたいかい)のかぢまくら、

こがね(まぼろし)通ふらむ。またある時は

白妙の帆船の()さき、たゝずみて、

振放(ふりさけ)みれば、雲の果、見知らぬ空や、

蒼海(わだつみ)の底よりのぼる、けふも新星(にひぼし)

夢       シュリ・プリュドン

夢のうちに、農人(のうにん)(いは)く、なが(かて)をみづから作れ、

けふよりは、なを養はじ、土を()り種を()けよと。

機織(はたおり)はわれに語りぬ、なが(きぬ)をみづから織れと。

石造(いしつくり)われに語りぬ、いざ(こて)をみづから()れと。

かくて(ひと)り人間の群やらはれて解くに由なき

この咒詛(のろひ)、身にひき(まと)ふ苦しさに、みそら仰ぎて、

いと深き憐愍(あはれみ)垂れさせ給へよと、(いの)りをろがむ

眼前(まのあたり)、ゆくての途のたゞなかを獅子はふたぎぬ。

ほのぼのとあけゆく光、疑ひて(まなこ)ひらけば、

雄々しかる田つくり男、梯立(はしだて)に口笛鳴らし、

(はたもの)(ふみき)もとゞろ、小山田に(たね)ぞ蒔きたる。

世の(さち)を今はた()りぬ、人の住むこの現世(うつしよ)に、

誰かまた思ひあがりて、同胞(はらから)(しの)ぎえせむや。

其日より吾はなべての世の人を愛しそめけり。

信天翁(おきのたゆう)     シャルル・ボドレエル

波路遙けき徒然(つれづれ)慰草(なぐさめぐさ)船人(ふなびと)は、

八重の潮路の海鳥(うみどり)の沖の太夫(たゆう)生檎(いけど)りぬ、

(かぢ)の枕のよき友よ心(のど)けき飛鳥(ひちよう)かな、

(おきつ)潮騒(しほざゐ)すべりゆく(ふなばた)近くむれ(つど)ふ。

たゞ甲板(こうはん)に据ゑぬればげにや笑止(しようし)(きはみ)なる。

この青雲の帝王も、足どりふらゝ、(つたな)くも、

あはれ、真白き双翼(そうよく)は、たゞ(いたづ)らに広ごりて、

今は身の(あだ)(よう)も無き二つの(かい)と曳きぬらむ。

(あま)飛ぶ鳥も、(くだ)りては、やつれ醜き瘠姿(やせすがた)

昨日(きのふ)の羽根のたかぶりも、今はた(おぞ)に痛はしく、

煙管(きせる)(はし)をつゝかれて、心無(こころなし)には嘲けられ、

しどろの足を()ねされて、飛行(ひぎよう)の空に(あこ)がるゝ。

雲居の君のこのさまよ、世の歌人(うたびと)に似たらずや、

暴風雨(あらし)を笑ひ、風(しの)猟男(さつを)の弓をあざみしも、

(つち)下界(げかい)にやらはれて、勢子(せこ)の叫に煩へば、

太しき(そう)の羽根さへも起居(たちゐ)(さまた)ぐ足まとひ。

薄暮(くれがた)(きよく)    シャルル・ボドレエル

時こそ今は水枝(みづえ)さす、こぬれに花の(ふる)ふころ。

花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。

匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れ()みたる眩暈(くるめき)よ。

花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。

(きず)に悩める胸もどき、ヴィオロン(がく)清掻(すががき)や、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ、

神輿(みこし)の台をさながらの雲悲みて(えん)だちぬ。

(きず)に悩める胸もどき、ヴィオロン(がく)清掻(すががき)や、

闇の涅槃(ねはん)に、痛ましく悩まされたる優心(やさごころ)

神輿(みこし)の台をさながらの雲悲みて(えん)だちぬ、

日や落入りて(おぼ)るゝは、(こご)るゆふべの血潮雲(ちしほぐも)

闇の涅槃(ねはん)に、痛ましく悩まされたる優心(やさごころ)

光の過去のあとかたを()めて集むる憐れさよ。

日や落入りて溺るゝは、(こご)るゆふべの血潮雲、

君が名残(なごり)のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒(せいたいごう)

破鐘(やれがね)      シャルル・ボドレエル

悲しくもまたあはれなり、冬の夜の地炉(ゐろり)(もと)に、

燃えあがり、燃え尽きにたる柴の火に耳傾けて、

夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、

過ぎし日のそこはかとなき物思ひやをら浮びぬ。

喉太(のどぶと)古鐘(ふるがね)きけば、その身こそうらやましけれ。

(おい)らくの(とし)にもめげず、(すこ)やかに、(まめ)なる声の、

何時(いつ)もいつも、梵音(ぼんのん)(たへ)に深くして、(おほ)どかなるは、

陣営の歩哨(ほしよう)にたてる老兵の姿に似たり。

そも、われは心破れぬ。鬱憂のすさびごこちに、

寒空(さむぞら)(よる)に響けと、いとせめて、鳴りよそふとも、

覚束(おぼつか)な、()にこそたてれ、弱声(よわごゑ)細音(ほそね)も哀れ、

哀れなる臨終(いまは)(こゑ)は、血の波の湖の岸、

小山なす(かばね)(もと)に、身動(みじろぎ)もえならで()する、

棄てられし負傷(ておひ)の兵の息絶ゆる(つひ)呻吟(うめき)か。

人と海     シャルル・ボドレエル

こゝろ自由(まま)なる人間は、とはに()づらむ大海を。

海こそ人の鏡なれ。(なだ)大波(おほなみ)はてしなく、

水や(そら)なるゆらゆらは、うつし心の姿にて、

底ひも知らぬ深海(ふかうみ)の潮の苦味(にがみ)も世といづれ。

さればぞ人は身を(うつ)す鏡の胸に飛び()りて、

(まなこ)に抱き腕にいだき、またある時は村肝(むらぎも)

心もともに、はためきて、潮騒(しほざゐ)高く湧くならむ、

寄せてはかへす波の(おと)の、物狂ほしき歎息(なげかひ)に。

海も(いまし)もひとしなみ、不思議をつゝむ陰なりや。

人よ、(いまし)心中(しんちゆう)の深淵(さぐ)りしものやある。

海よ、(いまし)水底(みなぞこ)の富を数へしものやある。

かくも(ねた)げに秘事(ひめごと)のさはにもあるか、海と人。

かくて劫初(ごうしよ)の昔より、かくて無数の歳月を、

慈悲悔恨の(ゆるみ)無く、修羅(しゆら)(たたかひ)(たけなは)に、

げにも非命と殺戮(さつりく)と、なじかは、さまで(この)もしき、

(ああ)、永遠のすまうどよ、噫、怨念(おんねん)のはらからよ。

(ふくろふ)       シャルル・ボドレエル

黒葉(くろば)水松(いちゐ)木下闇(このしたやみ)

並んでとまる梟は

昔の神をいきうつし、

赤眼(あかめ)むきだし思案顔。

(たい)も崩さず、ぢつとして、

なにを思ひに暮がたの

傾く日脚(ひあし)推しこかす

大凶時(おほまがとき)となりにけり。

鳥のふりみて達人は

道の(さとり)や開くらむ、

世に忌々(ゆゆ)しきは煩悩と。

色相界(しきそうかい)妄執(もうしゆう)

諸人(しよにん)のつねのくるしみは

(きよ)(やすん)ぜぬあだ心。

現代の悲哀はボドレエルの詩に異常の発展を遂げたり。人或は一見して云はむ、これ僅に悲哀の名を変じて鬱悶(うつもん)と改めしのみと、しかも再考して(つひ)にその全く変質したるを(さと)らむ。ボドレエルは悲哀に誇れり。即ちこれを詩章の竜葢帳(りようがいちよう)中に据ゑて、黒衣聖母の観あらしめ、絢爛(けんらん)なること絵画の(ごと)き幻想と、整美なること彫塑(ちようそ)に似たる夢思とを(ほしいまま)にしてこれに生動の気を与ふ。ここに於てか、(あたか)もこれ絶美なる獅身女頭獣なり。悲哀を愛するの(はなはだ)しきは、いづれの先人をも(しの)ぎ、常に悲哀の詩趣を讃して、彼は自ら「悲哀の煉金道士」と号せり。

      *

先人の多くは、悩心地定かならぬままに、自然に対する心中の愁訴を、自然その物に捧げて、尋常の失意に泣けども、ボドレエルは然らず。彼は都府の子なり。(すなは)巴里(パリ)叫喊(きようかん)地獄の詩人として胸奥の悲を述べ、人に(そむ)き世に抗する数奇の放浪児が為に、大声を仮したり。その心、夜に似て暗憺(あんたん)、いひしらず汚れにたれど、また一種の美、たとへば、濁江の底なる眼、哀憐(あいりん)悔恨の凄光(せいこう)を放つが如きもの無きにしもあらず。

エミイル・ヴェルハアレン

ボドレエル氏よ、君は芸術の天にたぐひなき凄惨の光を与へぬ。即ち未だ(かつ)てなき一の戦慄(せんりつ)を創成したり。

ヴィクトル・ユウゴオ

譬喩(ひゆ)      ポオル・ヴェルレエヌ

主は()むべき(かな)無明(むみよう)の闇や、(にくみ)多き

今の世にありて、われを信徒となし給ひぬ。

願はくは吾に与へよ、力と沈勇とを。

いつまでも永く狗子(いぬ)のやうに従ひてむ。

生贄(いけにへ)の羊、その母のあと、従ひつつ、

何の苦もなくて、牧草を()み、身に()ひたる

羊毛のほかに、その(とき)来ぬれば、命をだに

惜まずして、主に奉る如くわれもなさむ。

また魚とならば、御子(みこ)頭字(かしらじ)(かたど)りもし、

驢馬(ろば)ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、

はた、わが肉より(はら)ひ給ひし(ゐのこ)を見いづ。

げに(すゑ)つ世の反抗表裏の日にありては

人間よりも、畜生の身ぞ信深くて

素直(すなほ)にも忍辱(にんにく)の道守るならむ。

よくみるゆめ  ポオル・ヴェルレエヌ

常によく見る夢ながら、()やし、(なつ)かし、身にぞ染む。

曾ても知らぬ(ひと)なれど、思はれ、思ふかの(ひと)よ。

夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、(ことな)りて、

また異らぬおもひびと、わが心根(こころね)や悟りてし。

わが心根を悟りてしかの(ひと)の眼に胸のうち、

(ああ)彼女(かのひと)にのみ内証(ないしよう)の秘めたる事ぞなかりける。

蒼ざめ顔のわが(ひたひ)、しとゞの汗を拭ひ去り、

涼しくなさむ(すべ)あるは、玉の涙のかのひとよ。

栗色髪のひとなるか、赤髪(あかげ)のひとか、金髪か、

名をだに知らね、唯思ふ朗ら細音(ほそね)のうまし名は、

うつせみの世を()く去りし昔の人の呼名(よびな)かと。

つくづく見入る眼差(まなざし)は、(たくみ)()りし像の眼か、

澄みて、離れて、落居(おちゐ)たる其音声(おんじよう)(すず)しさに、

無言(むごん)の声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。

落葉      ポオル・ヴェルレエヌ

秋の日の

ヴィオロンの

ためいきの

身にしみて

ひたぶるに

うら悲し。

鐘のおとに

胸ふたぎ

色かへて

涙ぐむ

過ぎし日の

おもひでや。

げにわれは

うらぶれて

こゝかしこ

さだめなく

とび散らふ

落葉かな。

仏蘭西(フランス)の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を(そな)へ、ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝へ、而して又更に陰影の匂なつかしきを(とら)へむとす。訳者

良心      ヴィクトル・ユウゴオ

革衣(かはごろも)(まと)へる児等(こら)引具(ひきぐ)して

髪おどろ色蒼ざめて、降る雨を、

エホバよりカインは(さか)り迷ひいで、

夕闇の落つるがまゝに愁然(しゆうねん)と、

大原(おほはら)の山の(ふもと)にたどりつきぬ。

妻は()み児等も疲れて諸声(もろごゑ)に、

(つち)に伏していざ、いのねむ」と語りけり。

山陰(やまかげ)にカインはいねず、夢おぼろ、

烏羽玉(うばたま)暗夜(やみよ)の空を仰ぎみれば、

広大の天眼(てんがん)くわつと、かしこくも、

物陰の奥より、ひしと、みいりたるに、

わなゝきて「未だ近し」と叫びつつ、

()みし妻、眠れる児等を促して、

もくねんと、ゆくへも知らに(のが)れゆく。

かゝなべて、日には三十日(みそか)()は、三十夜(みそよ)

色変へて、風の(おと)にもをのゝきぬ。

やらはれの、伏眼(ふしめ)の旅は果もなし、

眠なく(いこ)ひもえせで、はろばろと、

後の世のアシュルの国、海のほとり、

荒磯(ありそ)にこそはつきにけれ。「いざ、こゝに

とゞまらむ。この世のはてに今ぞ来し、

いざ」と、いへば、陰雲暗きめぢのあなた、

いつも、いつも、天眼(てんがん)ひしと(にら)みたり。

おそれみに身も世もあらず、(をのの)きて、

「隠せよ」と叫ぶ一声(いつせい)。児等はただ

(たけ)き親を口に指あて眺めたり。

沙漠の地、毛織の幕に住居する

後の世のうからのみおやヤバルにぞ

「このむたに幕ひろげよ」と命ずれば、

ひるがへる布の高壁めぐらして

鉛もて地に固むるに、金髪の

孫むすめ曙のチラは語りぬ。

「かくすれば、はや何も見給ふまじ」と。

「否なほも(まなこ)(にら)む」とカインいふ。

(かく)を吹き鼓をうちて、()のうちを

ゆきめぐる民草(たみぐさ)のおやユバルいふ、

「おのれ今固き守や設けむ」と。

(あかがね)の壁()き上げて父の身を、

そがなかに隠しぬれども、如何(いかに)せむ、

「いつも、いつも眼睨(まなこにら)む」といらへあり。

「恐しき塔をめぐらし、近よりの

難きやうにすべし。(とりで)()(しろ)(つき)あげて、

その(まち)を固くもらむ」と、エノクいふ。

鍛冶(かぢ)(おや)トバルカインは、いそしみて、

宏大の無辺(むへん)都城(とじよう)を営むに、

同胞(はらから)は、セツの児等(こら)、エノスの児等を、

野辺かけて狩暮(かりくら)しつゝ、ある時は

旅人(たびびと)(まなこ)をくりて、夕されば

星天(せいてん)征矢(そや)を放ちぬ。これよりぞ、

花崗石(みかげいし)(とばり)に代り、くろがねを

石にくみ、()の形、冥府(みようふ)に似たる

塔影は野を暗うして、その壁ぞ

山のごと厚くなりける。工成りて

戸を固め、壁建(かべたて)終り、大城戸(おほきど)

刻める文字を眺むれば「このうちに

神はゆめ入る可からず」と、ゑりにたり。

さて親は石殿(せきでん)に住はせたれど、

憂愁のやつれ姿ぞいぢらしき。

「おほぢ君、眼は消えしや」と、チラの問へば、

「否、そこに今もなほ在り」と、カインいふ。

墳塋(おくつき)に寂しく眠る人のごと、

地の下にわれは住はむ。何物も

われを見じ、(われ)(また)何をも見じ」と。

さてこゝに(あな)穿(うが)てば「よし」といひて、

たゞひとり闇穴道(あんけつどう)におりたちて、

物陰の座にうちかくる、ひたおもて、

地下(ちげ)の戸を、はたと閉づれば、こはいかに、

天眼(てんがん)なほも奥津城(おくつき)にカインを眺む。

ユウゴオの趣味は典雅ならず、性情奔放にして(きようひよう)激浪の如くなれど、温藉静冽(おんしやせいれつ)の気(おのづ)からその詩を貫きたり。対聯(たいれん)比照に富み、光彩陸離たる形容の文辞を畳用して、燦爛(さんらん)たる一家の詩風を作りぬ。訳者

礼拝      フランソア・コペエ

さても千八百九年、サラゴサの戦、

われ時に軍曹なりき。此日惨憺(さんたん)を極む。

街既に落ちて、家を囲むに、

閉ぢたる戸毎に不順の色見え、

鉄火、窓より降りしきれば、

()つくき僧徒の振舞」と

かたみに低く(ののし)りつ。

明方(あけがた)よりの合戦に

眼は硝煙に血走りて、

舌には()がき紙筒(はやごう)

噛み切る口の黒くとも、

奮闘の気はいや()しに、

勢猛(いきほひもう)に追ひ迫り、

黒衣長袍(こくいちようほう)ふち広き帽を狙撃(そげき)す。

狭き小路(こうじ)の行進に

とざま、かうざま顧みがち、

われ軍曹の(にん)にしあれば、

精兵従へ推しゆく折りしも、

忽然(こつねん)として中天(なかぞら)赤く、

鉱炉(こうろ)紅舌(こうぜつ)さながらに、

虐殺せらるゝ婦女の声、

遙かには轟々(ごうごう)(おと)とよもして、

歩毎に伏屍(ふくし)累々(るいるい)たり。

(こごん)でくゞる軒下を

出でくる時は銃剣の

鮮血淋漓(りんり)たる兵が、

血紅(ちべに)に染みし指をもて、

壁に十字を書置くは、

(ひそ)めるを示すなり。

鼓うたせず、足重く、

将校たちは色曇り、

さすが、手練(てだれ)旧兵(ふるつはもの)も、

落居ぬけはひに、寄添ひて、

新兵もどきの胸さわぎ。

忽ち、とある曲角(きよくかく)に、

援兵と呼ぶ仏語の一声、

それ、戦友の危急ぞと、

駆けつけ見れば、きたなしや、

日常(ひごろ)()けき勇士等も、

精舎(しようじや)の段の前面に

たゞ僧兵の二十人、

円頂(えんちよう)黒鬼(こくき)に、くひとめらる。

真白の十字胸につけ、

靴無き足の凜々(りり)しさよ、

血染の(かひな)巻きあげて、

大十字架にて、うちかゝる。

惨絶、壮絶。それと一斉射撃にて、

やがては掃蕩(そうとう)したりしが、

冷然として、残忍に、軍は()みたり。

皆心中に(やま)しくて、

とかくに殺戮(さつりく)したれども、

醜行(すで)に為し()はり、

密雲漸く散ずれば、

積みかさなれる(かばね)より

(きざはし)かけて、(べに)流れ、

そのうしろ楼門(そび)ゆ、巍然(ぎぜん)として鬱たり。

燈明(とうみよう)くらがりに金色(こんじき)の星ときらめき、

香炉かぐはしく、静寂(せいじやく)()を放ちぬ。

殿上、奥深く、神壇に(むか)ひ、

歌楼(かろう)のうち、やさけびの(おと)しらぬ顔、

(しめ)やかに勤行(ごんぎよう)営む白髪長身の僧。

(ああ)けふもなほ(おもかげ)にして浮びこそすれ。

モオル廻廊の古院、

黒衣僧兵のかばね、

天日、石だたみを照らして、

紅流に(けぶり)たち、

朧々(ろうろう)たる低き戸の(かまち)に、

立つや老僧。

神壇(づし)のやうに輝き、

唖然(あぜん)としてすくみしわれらのうつけ姿。

げにや当年の己は

空恐ろしくも信心無く、

或日精舎(しようじや)奪掠(だつりやく)

負けじ心の意気張づよく

神壇近き御燈(みあかし)

煙草つけたる乱行者(らんぎようもの)

上反鬚(うはぞりひげ)気負(きおひ)みせ、

一歩も譲らぬ気象のわれも、

たゞ此僧の髪白く白く

神寂(かみさ)びたるに(かしこ)みぬ。

「打て」と士官は号令す。

(あつ)て動く者無し。

僧は確に聞きたらむも、

さあらぬ素振(そぶり)神々(かうがう)しく、

聖水大盤(たいばん)を捧げてふりむく。

ミサ礼拝(らいはい)(なかば)に達し、

司僧(しそう)むき直る祝福の時、

(かひな)は伸べて鶴翼(かくよく)のやう、

衆皆(しゆうみな)一歩たじろきぬ。

僧はすこしもふるへずに

信徒の前に立てるやう、

妙音(よどみ)なく、和讃(わさん)を咏じて、

帰命頂礼(きみようちようらい)」の歌、常に異らず、

声もほがらに、

      「全能の神、爾等(なんぢら)を憐み給ふ。」

またもや、一声あらゝかに

「うて」と士官の号令に

進みいでたる一卒は

隊中有名(なうて)の卑怯者、

銃執(じゆうと)りなほして発砲す。

老僧、色は(あを)みしが、

沈勇の(まなこ)明らかに、

祈りつゞけぬ、

      「父と子と」

続いて更に一発は、

狂気のさたか、血迷(ちまよひ)か、

とかくに(ごう)(をは)りたり。

僧は隻腕(かたうで)、壇にもたれ、

()いたる手にて祝福し、

黄金盤(おうごんばん)も重たげに、

虚空(こくう)恩赦(おんしや)(しるし)を切りて、

音声(おんじよう)こそは(かすか)なれ、

(げき)たる堂上とほりよく、

瞑目(めいもく)のうち述ぶるやう、

      「聖霊と。」

かくて(たふ)れぬ、礼拝(らいはい)の事了りて。

(ばん)は三度び、床上(しようじよう)に跳りぬ。

事に慣れたる老兵も、

胸に鬼胎(おそれ)をかき抱き

足に兵器を投げ棄てて

われとも知らず膝つきぬ、

醜行のまのあたり、

殉教僧のまのあたり。

聊爾(りようじ)なりや「アアメン」と

うしろに笑ふ、わが隊の鼓手。

わすれなぐさ  ウィルヘルム・アレント

ながれのきしのひともとは、

みそらのいろのみづあさぎ、

なみ、ことごとく、くちづけし

はた、ことごとく、わすれゆく。

山のあなた   カアル・ブッセ

山のあなたの空遠く

(さいはひ)」住むと人のいふ。

(ああ)、われひとゝ()めゆきて、

涙さしぐみ、かへりきぬ。

山のあなたになほ遠く

(さいはひ)」住むと人のいふ。

春       パウル・バルシュ

森は今、花さきみだれ

(えん)なりや、五月(さつき)たちける。

神よ、擁護(おうご)をたれたまへ、

あまりに(さち)のおほければ。

やがてぞ花は散りしぼみ、

(えん)なる時も過ぎにける。

神よ擁護(おうご)をたれたまへ、

あまりにつらき(とが)()そ。

秋       オイゲン・クロアサン

けふつくづくと眺むれば、

(かなしみ)色口(いろくち)にあり。

たれもつらくはあたらぬを、

なぜに心の悲める。

秋風(あきかぜ)わたる青木立(あをこだち)

葉なみふるひて地にしきぬ。

きみが心のわかき夢

秋の葉となり落ちにけむ。

わかれ     ヘリベルタ・フォン・ポシンゲル

ふたりを「時」がさきしより、

昼は事なくうちすぎぬ。

よろこびもなく悲まず、

はたたれをかも怨むべき。

されど夕闇おちくれて、

星の光のみゆるとき、

病の床のちごのやう、

心かすかにうめきいづ。

水無月(みなづき)     テオドル・ストルム

子守歌風に浮びて、

暖かに日は照りわたり、

田の麦は足穂(たりほ)うなだれ、

(いばら)には紅き()熟し、

野面(のもせ)には木の葉みちたり。

いかにおもふ、わかきをみなよ。

花のをとめ   ハインリッヒ・ハイネ

(たへ)に清らの、あゝ、わが()よ、

つくづくみれば、そゞろ、あはれ、

かしらや撫でゝ、花の身の

いつまでも、かくは清らなれと、

いつまでも、かくは妙にあれと、

いのらまし、花のわがめぐしご。

ルビンスタインのめでたき楽譜に合せて、ハイネの名歌を訳したり。原の意を()みて余さじと、つとめ、はた又、句読停音すべて楽譜の示すところに従ひぬ。訳者

瞻望(せんぼう)      ロバアト・ブラウニング

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