随筆銭形平次 19 探偵小説このごろ

5話 探偵小説は犯罪の予防薬である

858字 約2分 2016年2月2日 公開

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 野村 わたしはね、こう思うんだ。探偵小説は盲目的本能の安全弁だと。探偵小説を読んでいる人は兇悪な犯罪はやらない。先生に毒入りウイスキーを贈って殺した東大小石川分院の蓮見。あんな犯罪は一見探偵小説をまねたようで、しかし決してあの犯人は探偵小説を読んでいないね。探偵小説は想像力を養うのに役立つよ。想像力をもっていないということは恐ろしいことで、ああすれば、こうなるということを知らない。だからどんな兇悪な犯罪でもやれる。少年犯罪の多いのも、少年たちが精神的失緊状態になっているためで、オシッコをたれ流すのとなんら違いがない。本能のおもむくままにやってしまうという状態なんだ。想像力を盛んにすれば行為の結果について考えるから犯罪予防になると思うね。

 江戸川 むかしはちょっとした手のこんだ犯罪があると、犯人は探偵小説の愛読者にしてしまったりしたものだね。ところであなたの奥さんは、あなたの作品を読んでいる?

 野村 それがまたどうして女房というものはこんなにも亭主のものを読まないんだ、といつか話合ったことがあるんだが、うちの女房はまるで読まないね。もっとも子供は熱心な愛読者でね。女房というものは、亭主を一から十まで知りすぎているから、その書くものにも興味を持たんのじゃないかね。

 江戸川 亭主が道楽をはじめると、こんどは読む。作品のどっかに現われていやしないかと隅から隅まで……

 野村 道楽はしないね。およそ探偵作家というものは……(記者に向って)これは特筆大書してもらいたいな江戸川さんしかり、大下宇陀児君しかり。みんな女学校の校長にしてもいい人たちばかりだ。エロっぽい絵を描いた歌麿がガマガエルみたいな男だったそうで、男っぷりのいいのには色っぽい小説が書けないのと同然、奇々怪々な作品を書く人はみんな善良な男らしい。

 江戸川 怪奇なものを書くぼくはいい男ということになるかな? ハッハッハ。レコード道楽の方はどうなっている?(野村氏は「あらえびす」の別名でレコード音楽について書いている。日本有数の権威者である)

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