おさん

6話 二の三

2,093字 約4分 2022年6月22日 公開

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 宿を出たのはまだ暗いうちだった。

 九月にはいったばかりだが、山が近いので気温も低いし、濃い霧が巻いていて、すぐまぢかにある筈の山も見えなかった。早川の流れも眼の前にありながら、白く砕ける波がおぼろげに見えるだけで、瀬音も霧にこもって遠近の差が感じられなかった。魚や野菜の荷を背負って登るあきんどたちと、すれちがいながら、三枚橋まで来て参太は立停った。おふさという女が、そこで待っていてくれ、と云ったのだ。

 参太はなにも事情は訊かなかった。江戸までいっしょにゆくということ、江戸へはいったらすぐに別れること。それだけの約束であった。おふさという女にはしっかりとしたところがあるし、世間のことにも馴れているようだ。旅に必要な手続きなどはもちろん、こっちの負担になることをするような心配もないらしい。参太のほうでも、旅の道伴れという以上の気持は少しもなかった。

 振分の荷と、仕事道具の包を肩に、橋の袂(たもと)で立停ると、うしろで「おじちゃん」と呼びかける声がした。見ると、九つばかりになる子供がふところ手をして、半ば逃げ腰になったまま、きげんをとるように笑いかけた。

「よう」と参太が云った、「どうした、坊主、まだこんなところにいたのか」

「おじちゃん乃里屋に泊ってたね」

「おめえ藤沢へいったんじゃねえのか」

 子供はさぐるような眼つきをし、低い声で答えた、「おれ、腹がへっちゃったんだよ」

「いまでもへってるのか」

 子供はこっくりをし、すばやい眼つきであたりを見た。

「ここじゃどうしようもない、いっしょにゆこう」と参太が云った、「どこかに茶店でもあったらなにか食うさ」

 子供はうわのそらで頷(うなず)いた。銭が欲しいんだな、と参太は思った。その子供とは沼津で会った。道を歩いているとうしろから来て呼びかけ、「おじちゃん、おれ腹がへっちゃったんだよ」と云った。着てるのは腰っきりのぼろ、顔も手足もまっ黒に陽やけして、垢(あか)だらけで、髪の毛はぼうぼうと逆立(さかだ)ったままだし、もちろんはだしで、繩の帯をしめていた。そのときは銭を与えたが、箱根の宿でまた呼びとめられた。また腹がへっていると云うので、茶店で饅頭(まんじゅう)でも食わせようと思ったら、いそいで藤沢までゆかなければならないと答え、茶店へはいろうとはしなかった。そこでも銭を幾らかくれてやったのだが、三日経ったいま、この湯本の宿のはずれにいて、同じように「腹がへった」と呼びかけられた。しかも乃里屋に泊っていたことを知っているとすれば、自分のあとを跟(つ)けて来たのかもしれない。哀れっぽくもちかければすぐに銭を呉(く)れる、うまい鴨(かも)だとあまくみたか。たぶんうしろに親が付いているのだろう、と参太は推察した。

「お待ち遠さま」と云いながら、おふさが小走りにやって来た、「待たせちゃって済みません、忘れ物をして戻ったもんだから」

「おひろいでいいのか」

「歩くのは久しぶりよ、ああいい気持」と云っておふさは子供のほうを見た、「――おや、おまえはまたこんなところでうろうろしているのかい」

 子供はあとじさりをした。

「その子を知ってるのか」

「ついて来ちゃだめ、あっちへおいで」おふさは子供にそう云って歩きだした、「三年くらいまえからああやって、この街道(かいどう)をうろついては人にねだってるのよ、初めは乞食(こじき)の子かと思ったんだけれど、そうでもないらしいのね、家や親がないのか、自分でとびだしちゃったのかわからないけれど、ああやってうろうろしているのが好きらしいわ」

「まだ八つか九つくらいだろう」

「三年まえにそのくらいだったから、もう十一か二になるんでしょ、子守りか走り使いにでも雇ってやろうという者があっても決して寄りつかないの、あんな性分に生れついても困るわね」

 参太は歩きながら振返ってみたが、子供の姿は霧に隠れて見えなかった。おふさは手甲(てっこう)をし脚絆(きゃはん)を掛け、裾(すそ)を端折(はしょ)った上に塵除(ちりよ)けの被布(ひふ)をはおっていた。荷物は小さな風呂敷包が一つで、頭は手拭のあねさまかぶり、いかにも旅馴れたような軽い拵(こしら)えであった。

「宿帳はどういうことになるんだ」と参太が訊いた、「兄妹とでもするか」

「霧が晴れるわ、今日はいいお天気になってよ」と云っておふさは参太を見あげた、「――きまってるじゃないの、あんたのおかみさんよ」

「切手はどうする」

「あたしのほうをそうしておいたから大丈夫、迷惑はかけないって云ったでしょ」

 礼でも云おうか、と云いかけて、参太は口をつぐんだ。この女とは今日で三日めのつきあいでしかないのに、どういうものかついこっちの口が軽くなる。彼は江戸の大茂の帳場でも、ぶあいそと無口でとおっていたし、大阪で二年半くらしたが、そこでも同じように云われたし、友達のような者は一人もできずじまいだった。それが乃里屋で泊った初めの夜半、ごくしぜんにおふさとそうなり、そして自分でいやになるほど、つい軽口が出てしまうのであった。

「ねえ、ほんとのこと聞かしてよ」とおふさが云った、「あんた独り身なんでしょ」

「諄(くど)いな、会いたければかみさんに会わしてやるぜ」

「あたしが押しかけ女房になりたがってるとでも思うの」

「除(よ)けろよ、馬が来るぜ」と参太は云った。

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