偉大なる夢

13話 鉄の指

5,180字 約10分 2021年10月28日 公開

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 韮崎は一方の長い垂幕をかかげて三好曹長を区劃の内部へ案内した。だが、その中にはただ一箇の大きな水槽が置いてあるばかりで、巨人らしいものの影さえ見えなかった。それは長さ一間、幅四尺ほどの木製の水槽で、その中央に一尺ほどの模型軍艦が浮かび、一方の隅には木製の台があって、そこに玩具の砲台のようなものが(こしら)えてある。海戦映画の模型撮影装置という感じであった。

 韮崎はその玩具の砲台の側に(しゃが)んで、大砲の発射装置に指をかけながら説明した。

「この玩具から魚形水雷が飛び出すのです。よく見ていて下さい。水雷が水の中を進むのが見えます。その進路に注意して下さい。目標はあの模型軍艦の横っ腹です。よろしいですか。ソラ発射します」

 カチッと音がして、大砲の口から五六分ばかりの小さな黒い魚形水雷が水中に飛び込み、模型軍艦目がけて進んで行くのが見えた。最初魚雷の方向は正確に軍艦の中央部を指していた。その方向へと一直線に進んで行った。だが、不思議なことに、魚雷が軍艦から一尺程に近づいた時、その方向が曲りはじめた。そして艦尾へ艦尾へと曲線を描き、遂に艦体をそれて軍艦の後に鎖でつながれている一寸程の黒い物体へ、ピチッと音を立てて吸いつくように命中した。

「もう一度やってみますよ」

 韮崎はそう云って、又魚雷を発射したが、今度も同じことが起った。魚雷の進路はやはり急曲線を描いて、軍艦にではなく、尾部につないだ黒い物体へ命中した。韮崎はそれを二度三度繰り返して見せたが、何度やっても同じことが起るのであった。

「もうお分りでしょう。模型軍艦に鎖でつながれている黒いものは、強力な磁力を持っているのです。魚雷でも大砲の(たま)でも、その磁力圏に飛び込んだが最後、悉く引きつけてしまうのです。この黒い物体は、鎖で引かれて、水中を軍艦のうしろからお供をしているのです。そしてこの物体は魚雷や砲弾で蜂の巣のように穴があいても、御本尊の軍艦の方は、かすり傷一つ受けないという仕掛けです。つまり文字通りの不沈艦ですね。お分りになりますか。若しある国の軍艦が全部この装置を施したとすれば、海戦というものの意味が変って来るのです。魚雷や砲弾では沈められない無敵艦隊の出現ですね。この原理は空中からの投下爆弾にも応用できない訳はありません。

 これは妖怪変化の原理とも云えるのですよ。イヤ、笑いごとではありません。昔の武士が狐狸(こり)の妖怪を退治する話がありますね。相手は美しい女に化けているのですが、その女をいくら斬っても少しも手応えがありません。そこで武士は美人の側にころがっていた石塊(いしころ)に斬りつけます。すると変化はキャッといって倒れるのです。美人は影で、妖怪の本体は石ころに化けていたからです。それと同じことです。この装置を施した軍艦は、撃っても撃っても命中しない妖怪艦隊なのですよ。どうです、すばらしいじゃありませんか。ところで、もう一つお見せするものがあります。こちらへお出で下さい」

 韮崎は得意の鼻を(うごめ)かしながら、別の垂幕をかかげて三好曹長を案内した。曹長は相手の饒舌と奇妙な仕掛けに少々面喰った形で、咄嗟(とっさ)に明確な判断を下す余裕もなく、云われるままに別の垂幕の中へ入ったが、驚いたことには、そこにも一つの立派な模型が飾られていた。

 やはり一間四方程の厚い板の台の上に、ここには西洋の都会らしい美しい市街が出来上っていた。数十階の摩天楼が林立し、その間々に教会の丸屋根や、白い石柱の立ち並んだ銀行風の大建築物などが風情を添え、道路には電車、自動車が走り、通行の群衆の姿まで、豆粒ほどの大きさで精巧に拵えてある。子供に見せたならば狂喜しそうな美しい模型市街であった。

「この市街に見覚えがありませんか。ニューヨークの一部なのですよ」

 韮崎はそういって、摩天楼の一つ一つを指し示しながら、その名称を教えた。なるほど云われて見れば、写真で見るニューヨーク市街そっくりである。

「ところで、ここにも(また)一つの奇蹟が行われるのです。よく見ていて下さい」

 韮崎が模型市街をのせた台のうしろに廻って、何かしたかと思うと、地平線の丘の彼方から突如として巨大な怪物が出現した。毒々しい迷彩を施した一箇の鉄車である。その形は現代陸軍の戦車に似て、やはり無限軌道で進行するようになっていたが、その図体が恐ろしく巨大である。模型市街と比較すれば、その鉄車の全長は数町に及び、高さは最も高い摩天楼に等しく、無限軌道の鉄板の一箇が百畳敷もあろうという怪物なのだ。

 巨人国の大戦車は、ガリガリと異様な音を立てて丘を乗り越え、忽ちニューヨーク市街に近づくと見るや、行手を遮る大建築物を、無限軌道の巨大な鉄の歯によって噛みくだき噛みつぶし、見る間に市街の一部分を蹂躙(じゅうりん)し尽した。数分間にして、戦車の下敷きとなり、生命を失ったもの恐らく数万人に上ったことと思われる。しかもこの戦車は摩天楼を踏みつぶすばかりでなく、前後左右に数知れず装備された巨砲から絶えず煙を吐き、遠距離の建物、人命をも同時に破壊して行くのだ。如何なる要塞もトーチカもこの巨人国の戦車の前には全く無力である。どんな大都市も僅々(きんきん)数時間にして廃墟となり、無人の境と化し去る外はない。

「お分りになりましたか。これが私の所謂ガリバア旅行記の空想なのです。朝比奈島巡りの夢なのです。これらの着想を模型でなくて、本物として実現することができたならば、世界の動乱は忽ちにして終熄(しゅうそく)するのです。真の科学者の血潮を湧き立たせるに足る題目ではありませんか。凡庸な科学者達は大笑いをするでしょう。それは模型の世界でのみ可能なのだ。玩具だからできるのだ。それを実現しようなどとは、痴人の夢に過ぎない。本当の魚雷や砲弾を引きつけるような大磁力を得ることは、しかもそれを軍艦の尾部につけて曳航(えいこう)させるなどということは、学問上不可能なのだ。又大戦車にしても、その車体を造ることは仮令(たとえ)できるとしても、動力をどうするのだ。そんなべらぼうな動力を一体どうして造り出すのだ。笑うに堪えた空想であると、頭から問題にしないことでしょう。

 しかし、いつの場合にもこういう嘲笑はつきものなのです。日清戦争の頃、六万(トン)の鋼鉄艦を空想した者は、きっと同じように嘲笑されたことでしょう。最初の機関車の着想者、最初の航空機の着想者が、どんな嘲笑を受けたかは、あなたもよく御存じの通りです。

 むろんこれらの玩具が私の錬金術ではありません。これらを如何にして実現するかの点に私の錬金術があるのです。私は今着々として一つの方向に進んでいます。磁力を万倍し、動力を万倍するための理論と数式です。機械における朝比奈三郎を如何にして生み出すかの問題です。私は今この研究と取り組んでいるのです。先ず設計書の上で、その可能性を見出そうと夢中になっているのです。ところでね。まだいろいろお見せするものがあるのですよ。サア、今度はこちらへお出で下さい」

 韮崎の饒舌は極まる所を知らなかった。この男は一介の狂人にすぎないのか、それとも彼自身の主張する如き大発明家であるか。三好曹長は判断力の昏迷(こんめい)して来るのを禁ずることができなかった。併し彼の多年の経験から来た直覚は「こんな手管(てくだ)で化かされてはいかんぞ。油断するでないぞ」と彼の耳元に囁きつづけていた。

 韮崎が案内した次の垂幕のうしろには、これは又途方もない代物が待ち構えていた。ただ見る、部屋一杯の真黒な手首である。コンクリートの壁から、突然、奈良の大仏のような大きな手の平が、ニューと突き出ていたのである。

 無論生きた巨人の手ではない。鉄板で造った巨大な手首の模型である。今まで玩具の軍艦や玩具の市街など小さなものばかり見せられて来たので、この巨人の手首は本当の大きさの数倍にも感じられ、その巨大感の空恐ろしさに身もすくむ思いであった。仁王のようにパッと拡げた五本の指、真黒な鋼鉄の指、その一本一本の太さは電柱ほどもあり、手の平の幅は人間の背丈に余る大きさである。

「小人島の住民が見たガリバアの手首です。むろんこれではまだ小さすぎるのですが、材料もなく、部屋の大きさも不十分でした。これが今のところ、私にできる精一杯の大きさです。これを更に十倍にし百倍にし、而もそれが生きた人間の手のように動く、巨人国の力学が私の目ざす所です。これはまあ、ごく初歩の見本にすぎないのですよ。側によってよく見て下さい」

 三好曹長は巨大なるものの引力に吸い寄せられる感じで、心にもなく巨人の手の平に近づいて行った。そして、その奇妙な構造を仔細に眺めていると、突然、垂幕の向うに異様な笑い声が聞えた。韮崎の声である。変だぞ。あいつ何時(いつ)の間に幕の外へ出て行ったのかと、ヒョイと振向こうとすると、もう遅かった。巨人の鉄の指が恐ろしい勢で内側へ曲り込んで来た。抜け出そうともがくうちに、電柱のような五本の指がヒシヒシと五体をしめつける。つまり巨人の手が三好曹長をギュッと握りしめたのである。

 垂幕がゆらいで、韮崎が戻って来た。魔法使いの形相で、さもおかしそうに笑っている。

「ハハハハハハハ、どうです、この仕掛けは。巨人は生きていたじゃありませんか。ハハハハハ、あなたはもう私の(とりこ)ですよ。だんだん締って来るでしょう。今にあなたは絞め殺されてしまうのですよ。イヤ、それは冗談です。それは冗談ですがね。併し、あなたはその手を抜けることができますか、できますまい。つまりですね、あなたは朝比奈三郎に掴まれたというわけですよ。あなたを生かすも殺すも、朝比奈の思うままというわけですよ」

 巨人の指の関節は、一種の蝶交(ちょうつが)いになっていて、機械仕掛けによって屈伸自在なのだ。何しろ電柱ほどもある指、それが機械で動いているのだから、小さな人間の力ではどうすることもできない。だが、妙なことに、三好曹長は、さして驚いた様子もなく、鉄の指に掴まれたまま微笑を浮かべていた。

「君は僕を虜にしたというわけだね」

「まあそうですね、苦しいですか。一つあなたの力で、それを抜け出して見ては如何(いかが)です」

 韮崎もニヤニヤ笑いながら穏かに云った。

「抜け出せないこともあるまい。一つやって見ようかね」

「ホホウ、やってごらんになる。そいつは面白いですね。拝見しましょう」

 一方は鉄の指に全身を挟まれ身動きもできぬ姿勢のまま、一方はその前に立ちはだかり腕組みをしてこれを嘲笑しながら、二人の視線は数瞬憎悪の火花を散らして空中に斬り結んだ。

 するとその時、非常に意外なことが起った。ガチャンと(はげ)しい音と共に、鉄の指が開いたのである。三好曹長は忽ち自由の身となってその場を遠ざかり、油断なく身構えをした。

「先ずこんな鹽梅(あんばい)さ」

 韮崎はそれを見ると、呆気にとられて暫くポカンと口を開いたまま棒立ちになっていたが、やがて狂気のように鉄の指に向って突進して行った。何か故障があったのだ。機械が狂ったのだ。でなければこんな途方もないことが起る筈がない。彼は鉄の手の平のあちらこちらを撫で廻して、その故障の箇所を確めようとした。

 その時、再び奇蹟が行われた。巨人の指は忽ち内部に彎曲(わんきょく)し始め、見る見る内に彼の主人である韮崎を握り締めてしまったのである。流石の錬金術師も、かくの如き現象が起ろうとは夢想だもしていなかったので、身を翻えす隙がなかった。鉄の指は彼の全身を完全に握りしめ、その握力は刻一刻強まって来るばかりである。

「助けてくれ……」

 機械の製作者は機械の力を熟知していた。(ほう)っておけば命のないことを知りすぎる程知っていた。彼は狂人の如く叫び、狂人の如くもがき、錬金術師の体面を忘れて醜態の限りを尽した。

「危いところでしたね」

 垂幕をかかげて一人の若い男が入って来た。国民服に巻脚絆(まききゃはん)、三好曹長と同じ服装である。

「有難う、うまくやってくれたね」

 三好曹長はその若者を振返って微笑した。

「アッ、貴様がスイッチをいじくったんだな」

 韮崎がもがきながら呪いの声を振り絞った。鉄の指は旋盤(せんばん)の側にあった配電盤の一つのスイッチによって操作される仕掛けであった。

「その通り。これは僕の同僚だよ。君は、僕がこの悪魔の巣へ一人ぼっちで乗り込んで来たと思っていたのかね。軍人にもその位の用意はある。数人の同僚にこの家の表と裏を固めさせておいたのだ。そして、その内の一人が万一に備えて僕の身辺を離れなかったのだ。君の目をかすめて、絶えず我々のうしろから見張っていてくれたのだ。ハハハハ、分ったかね」

 三好曹長は鉄の指にしめつけられた怪人物の前に立って、謎を解こうとでもするように、暫らくその不思議な顔を眺めていたが、やがて同僚を(かえり)みて静かに云った。

「スイッチを切ってやり給え。でないと、大切な間諜容疑者が絞め殺されてしまうからね」

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