杜子春

6話

691字 約1分 2005年2月7日 公開

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 その声に気がついて見ると、杜子春はやはり夕日を浴びて、洛陽の西の門の下に、ぼんやり(たたず)んでいるのでした。霞んだ空、白い三日月、絶え間ない人や車の波、――すべてがまだ峨眉山へ、行かない前と同じことです。

「どうだな。おれの弟子になったところが、とても仙人にはなれはすまい」

 片目(すがめ)の老人は微笑を含みながら言いました。

「なれません。なれませんが、しかし(わたし)はなれなかったことも、(かえ)って嬉しい気がするのです」

 杜子春はまだ眼に涙を浮べたまま、思わず老人の手を握りました。

「いくら仙人になれたところが、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けている父母を見ては、黙っている訳には行きません」

「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に(おごそか)な顔になって、じっと杜子春を見つめました。

「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。――お前はもう仙人になりたいという(のぞみ)も持っていまい。大金持になることは、元より愛想がつきた(はず)だ。ではお前はこれから後、何になったら()いと思うな」

「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」

 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が(こも)っていました。

「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には()わないから」

 鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、

「おお、(さいわい)、今思い出したが、おれは泰山(たいざん)の南の(ふもと)に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。

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