2話 美少年(2)
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は いっちゃ いっちゃ いっちゃな
という掛声が破れ太鼓の音と共に聴えて来る。その間には細く消え入りそうな声で唄う唄が聴える。
来よとゆたとて、あ、じつまた、ゆかりょうか佐渡おぅえ――
それはろくろっ首の見世物小屋でろくろっ首の娘が唄う声だそうである。拵えものに違いあるまいが、それにしても、澄み慄える無智な唄声は不具な運命の歎きを、どこかへ誰かに訴え徹そうとしている憐れさを現していた。
その先は改良剣舞の銅鑼と拍子木入りの荒々しい野性の鳴もの。
その先は不自然に太めたり細めたりして鳴す娘曲馬団の楽隊の音。
これ等の音の並びを少し離れて小屋の裏から聴く、河岸の火事の焼跡に少年はわたしを連れ込んだ。普請の角材にハンケチを布いてわたしを腰掛けさした。前には日本橋川がどぶ泥色の面にうっすり縁日の灯を反射さして流れている。
「夜がいいんだ。賑かさと寂しさとの境がいいんだ。きまりが悪くないほど顔が僅かに見える場所がいいんだ。追い詰められてもうこれより行きようもない水にすれすれの河岸がいいんだ」
自分の初一念は、そこでこう、ほんとの話がとく子にできると思い立ったのだと少年はいった。
「だがねえ、そう思い立って、君をここまで連れて来る短い間のうちさえ、僕はいろいろにぐらつくのだ。ひょっとしたら君にもそれが判ったろう。自分に思いも寄らないお芝居をしたり、手を使ったり、なんだかまわりの調子に釣り込まれる。つくづく動き易い自分に自分で愛想が尽きるのだ」
やっぱり自分は駄目なのかなあと、少年は声を落してうなだれた。今、少年の歎きは本気らしい。闇に浮く頸筋が、うち首の刃の下に観念した美少女のように白く慄えている。
「あーあ、少しばかりきりょうがよく生みつけられた男の子は不仕合せだ」
その歎きの理由がまだはっきり判らないのに、わたしは少年から胸に沁みて来る悲哀のようなものを移されていた。
「僕はほんとうは、美少年の時春なんていわれるのとても嫌なんだ。剥せるならこんなきりょう顔から剥しちまい度いと思うんだ」
人も許し、自分も認める己れの美貌のため少年は、物ごころつく時分からどんなに苦労をしたか、人には判るまいといった。
こども仲間にはにやけた奴だと排斥された。その遊び仲間に入れて貰うのには心にも無い乱暴や狼藉を手見せに働いてみせねばならなかった。少し大きくなって悪るさをしてみたり、バレた所業を振舞ったり、偽悪の仮面を冠るのも、自分の美貌にテレるからであった。自分を美貌として、美貌のままつんと澄すくらい女の子ならいざ知らず男の子には尻こそばゆい思いはないといった。「気が弱い癖に好みや意地ばかり張った都会っ子の気持はそうしたものなのだ」
それでも自分はこの界隈から美少年の時春と謳われるようになった。こうなってみれば、わざとそれを自誇するのが却って男らしい気がした。しかし移り気の花柳街にいかに美貌の人間でもうっちゃって置いて人気がそう永く保てるものではない。自分は人気を続ける術を工夫し覚えた。
習いは性となった。
「僕は運命の美貌のために、仮面や術ばかりで暮すようになり、ほんとうということを取り失ってしまった。自分で気がついてみるのに、僕にはいつも人目に立って人に見られる癖がつき、われを忘れてぼんやりしていられたためしが無い。少年の癖に、自分が少年の無邪気さを知らないと気がついたぐらい佗しいものはない」
結局、自分は美少年の時春という飾りものの中に、魂もなく、一人ぼっちで住み、淋しがっている子供なのだといった。
「だから、僕はときどき死んじまい度いと思うこともある」
それもできず、また、お洒落をして気取るのも止められないのは、たった一人のお母親が一人息子の自分のきりょうよしを大の自慢だからだといった。
「これには参る。僕には苦手だ」
と歎息した。
「お母親のことはこれ以上いうまいが、なにしろ僕がきりょうよしでそのための人気があるのをただ一つの誇りとして、この世に生甲斐を見出してる女なのだから。敵わねえや」
縁日はいまや賑さを酣に、人のざわめき、商人の呼び声、そそる見世物小屋の鳴もので乱軍中の突貫の声に取囲まれているよう。虫売の手から逃げたのであろう蛍が一つ闇の川を明滅しつつ越して行く。
わたしは少年の述懐を聴き、事の意表に愕いたがどうする術もない。しかし胸は息苦しく、何となく少年のために義憤のようなものを感じている。ふと思い付きに
「いっそ、役者になったらどうなの、そしたら美しいきりょうを苦に病むこともないわ」
すると少年は怒ったらしく怒鳴った。
「嫌だい。この上きりょうを売ものにする職業なんかに誰がなれるとおもう」
その怒鳴り方は悲鳴に等しい響があるのに、なんとなくおかしみが添った。わたしはくっくと笑いながら
「よくよく荷厄介にされたきりょうよしなのね」
笑うと同時に病む眼に涙が痛くにじんだ。
少年は居ずまいを直し、強いて気まり悪さを割って押出すようにいうのであった。
「君は、野暮で、一徹で、都会の中の田舎ものの女だ。そこを見込んで頼みがあるんだ」
どうか、一つ自分と義兄妹の約束を結んでは貰えまいか。君のような野暮堅い妹を持ったら、自分は真面目を支えられきっと救われるに違いないといった。
わたしは、義兄妹の約束なんて、やっぱりこの少年は下町の不良少年なのかと疑い出した。第一義兄妹なんて、下品きわまる。それと血の縁を結ぶという話を聞くとなぜかわたしは少年の身体の酒毒の斑点が思い出されて身慄いが出た。わたしは当座の答えに
「お祖母さんに訊いて、もしいいといったら」
と答えた。
それはその場逃れの答えには違いなかったが、事実わたしはお祖母さん子であった。分別や感情は相当にませたものを持ちながら、一身上のことにかけてはすべてお祖母さんが権を預って采配を振っていた。お祖母さんの厳しい躾と法外な甘やかしとの妙な入組みの庇護の下にはじめて気儘に敏く振舞える生立ちをして来た少女でわたしはあった。
「お祖母さんに訊いて」と少年は鸚鵡返しに反問した。わたしは黙っている。「お祖母さんに訊いてか!」と少年はもう一度繰返した。今度はそういってその言葉の含む意義を噛み味ってるようだった。
切ない数分間が沈黙の中に過ぎる。少年は次にどう出て来るか、このときくらいわたしが少年に対して真実に怖しさを感じたことはない。わたしは病む眼を押えて慄えを続けていた。
「へん」
少年は力無げにくたりと上体を投げほごした。
「判った。いいよいいよ。心配しなくてもいいよ」
そして深い溜息をついた。
「君はいいとこの子だ。僕なんかに係わらない方がいい」
少年は優しくいって、そしてわたしの背中を撫でさえした。
わたしは危うく「いいえ、そうじゃないのよ」といおうとしかけたが、堪えた。熱いものが胸にこみ上げる。
やがて少年はすっくと立上った。両袂を両手できつくうしろへ叩き払うと、せせら笑いを混ぜていった。
「もう、おめえにはなんにも頼まねえよ。勝手にしやがれだ。ようし、こうなったら、おいらもどこまでも美少年の時春で押し通して見せるから。淋しくったって仕方がねえ。それがおいらの生れ付きの運だ」
それはわたしに対する捨セリフのようでもあり、また自分で自分にいい聞かす諦めのようにも聞えた。
少年はわざとのびをし、作り欠伸に紛らかして
「じゃ、とく子、あばよ」
といった。
それでも少年はわたしを縁日筋を距けて病院まで送り届けて呉れた。わたしは少年に送り届けられる無言の道中のうち何度か「時春さん堪忍してね」といい度かったが、ついに口に出し得なかった。わたしが病室へ帰ってしくしく泣き出すのをみてお祖母さんは
「また、時春さんと、喧嘩おしかえ。よしよし判った判っただ。だがそれよか、お縁日の様子はどうだったい、話してご覧」
といって、笑ましげな顔をしていた。
それからは少年は古い乾いた物干台へも姿を現さなければ、病室にも訪ねて来なかった。お祖母さんは気にして病院の小使に遣いものを持たし様子を見にやったりしたが、少年は別に変りはなく家に居るとのことであった。
わたしの眼は癒りはしなかったが、いくらかは軽まった具合なのに学校のこともあり秋に入るを期し退院する支度にかかっていた。
美少年の時春が不慮の変死を遂げたという報はわたしたち老少の女二人を愕かした。詳しい話には少年はお雛妓たちを連れて丸の内の銭瓶橋の方へ遊びに行き、橋の欄干に上って綱渡りの真似をしてお雛妓たちに見せていたそうである。足を滑らして濠へ墜ちた。少年は泳ぎはできるのだったが、そのときしたたか昼酒を飲んでいたので、死因は溺死というより心臓麻痺だそうである。
「何たることです、何たることです」と、ただ呆れてしまったお祖母さんは、それでも、やがて「あたしだけでも、せめて、お悔みに行ってやりましょう」とて、香華を調え少年の家へ出向いた。
一人居残った病室で、わたしは、時春の死を想ってみていた。あの時春の死。それは嘘のようにもおもえ、また、結局こういうことになるのが順当のようにもおもえた。そして、その死については、なにかわたしにも罪咎があるような気がして来るとわたしは得堪えず身体の上体を両手で抱えて激しく揺り動かした。
「時春さん。堪忍してよ、堪忍してよ」
先夜縁日の帰りにいえなかった言葉が思わず口に咽び出た。口惜しい涙があとに続いた。
伝えに来た人の話によると、少年の死骸ははじめ判らなかったが上げ潮に押され、道三堀の水の落口まで溯って浮いたのを発見されたという。そこはわたしも嘗て少年に連れられて菱の実を取りに行ったところである。藻草や青みどろで水は青く染っていた。
青い水に浮く一朶の牡丹桜のような少年の死骸、わたしは、その美しさを目にまぼろしに泛べてみた。
だが、事実は相違していた。
お祖母さんの帰ってからの話によると、少年の死顔は様変りして案外見すぼらしかった。深く歎いた母親は、折しも入棺の柩の中の少年の死顔に対し、必死と、含み綿をさせたり、お白粉で化粧したりしたという。現にお祖母さんはそれを手伝って来た。
「すると、また、時春さんの顔は、生きてたときより何倍か美しく、まるで役者の生人形のよう、あのまま焼くのは惜しいくらいだったよ」
おまえさんにも一目見さして置き度かった、とつくづくお祖母さんはいった。
これを聞くと、わたしは、女だてらに思わず「へへん」とせせら笑いをして、お祖母さんに目を瞠らしてしまった。あわてて口を押えて考えてみるのに、それはわたしが笑ったのであろうか、それとも、わたしにいつか浸み込まされていた時春の気持が、わたしをしてこう笑わしめたのであろうか。
「よせやい、いけ好かねえことを。おいら化粧なんかいらねえ。おいらせめて素顔で死にてえのだ。ほんとういうと野暮な素顔でよ」
時春が暴言癖の口調で、しかも切実な力を籠めて、こういうのがどこからか聞えるようだった。