小春の狐

1話 小春の狐(1)

7,749字 約15分 2003年9月10日 公開

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       一

 朝――この湖の名ぶつと聞く、(しじみ)の汁で。……(かん)をさせるのも面倒だから、バスケットの中へ持参のウイスキイを一口。蜆汁にウイスキイでは、ちと取合せが妙だが、それも旅らしい。……

 いい天気で、暖かかったけれども、北国(ほっこく)の事だから、厚い外套(がいとう)にくるまって、そして温泉宿を出た。

 戸外の広場の一廓(ひとくるわ)、総湯の前には、火の見の階子(はしご)が、高く初冬の空を()いて、そこに、うら枯れつつも、大樹の柳の、しっとりと(しずか)枝垂(しだ)れたのは、「火事なんかありません。」と言いそうである。

 横路地から、すぐに見渡さるる、(みぎわ)(あし)の中に(みよし)が見え、(とも)が隠れて、葉越葉末に、船頭の形が穂を(そよ)がして、その船の胴に動いている。が、あの鉄鎚(てっつい)の音を聞け。印半纏(しるしばんてん)の威勢のいいのでなく、田船を()ぐお百姓らしい、もっさりとした布子(ぬのこ)のなりだけれども、船大工かも知れない、カーンカーンと打つ(つち)が、一面の湖の北の(そら)なる、雪の山の頂に響いて、その間々に、

「これは三保の松原に、伯良(はくりょう)と申す漁夫にて候。万里の好山に雲(たちま)ちに起り、一楼の明月に雨始めて晴れたり……」

 と謡うのが、遠いが手に取るように聞えた。――船大工が謡を唄う――ちょっと余所(よそ)にはない気色(けしき)だ。……あまつさえ、地震の都から、とぼんとして落ちて来たものの目には、まるで別なる乾坤(てんち)である。

 脊の伸びたのが枯交(かれまじ)り、(まばら)になって、蘆が続く……(かたわら)木納屋(きなや)苫屋(とまや)の袖には、しおらしく嫁菜の花が咲残る。……あの戸口には、羽衣を奪われた素裸の天女が、手鍋(てなべ)を提げて、その男のために苦労しそうにさえ思われた。

「これなる松にうつくしき(ころも)(かか)れり、寄りて見れば色香(たえ)にして……」

 と謡っている。木納屋の(わき)は菜畑で、真中(まんなか)に朱を輝かした柿の樹がのどかに立つ。枝に渡して、ほした大根のかけ(ひも)に青貝ほどの小朝顔が(すが)って咲いて、つるの下に朝霜の焚火(たきび)の残ったような鶏頭が(かすか)に燃えている。その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信(たより)を投げた、玉章(たまずさ)のように見えた。

 里はもみじにまだ早い。

 露地が、遠目鏡(とおめがね)(のぞ)(さま)扇形(おうぎなり)(ひら)けて(なが)められる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱(かきみだ)すようで、近く(あゆみ)を入るるには(おし)いほどだったから……

 私は――

(これは城崎関弥(きざきせきや)と言う、筆者の友だちが話したのである。)

 ――道をかえて、たとえば、宿の座敷から湖の向うにほんのりと、薄い霧に包まれた、白砂の小松山の方に向ったのである。

 小店の障子に貼紙(はりがみ)して、

 (今日より昆布(こぶ)まきあり候。)

 ……のんびりとしたものだ。口上が嬉しかったが、これから漫歩(そぞろあるき)というのに、こぶ巻は困る。張出しの駄菓子に並んで、(ざる)に柿が並べてある。これなら(たもと)にも入ろう。「あり候」に挨拶(あいさつ)の心得で、

「おかみさん、この柿は……」

 天井裏の蕃椒(とうがらし)真赤(まっか)だが、薄暗い納戸から、いぼ尻まきの顔を出して、

「その柿かね。へい、食べられましない。」

「はあ?」

「まだ渋が抜けねえだでね。」

「はあ、ではいつ頃食べられます。」

 きく(やつ)も、聞く奴だが、

「早うて、……来月の今頃だあねえ。」

「成程。」

 まったく山家(やまが)はのん気だ。つい目と鼻のさきには、化粧煉瓦(けしょうれんが)で、露台(バルコニイ)と言うのが建っている。別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはならないようにしている盛場でありながら。

「お邪魔をしました。」

「よう、おいで。」

 また、おかしな事がある。……くどいと不可(いけな)い。道具だてはしないが、硝子戸(がらすど)を引きめぐらした、いいかげんハイカラな雑貨店が、細道にかかる取着(とッつき)の角にあった。私は靴だ。宿の貸下駄で出て来たが、あお桐の二本歯で緒が(ゆる)んで、がたくり、がたくりと歩行(ある)きにくい。此店(ここ)で草履を見着けたから入ったが、小児(こども)のうち覚えた、こんな店で売っている竹の皮、(わら)の草履などは一足もない。極く雑なのでも裏つきで、鼻緒が流行のいちまつと洒落(しゃ)れている。いやどうも……柿の渋は一月半おくれても、草履は駈足(かけあし)で時流に追着く。

「これを(もら)いますよ。」

 店には、ちょうど適齢前の次男坊といった若いのが、もこもこの羽織を着て、のっそりと立っていた。

「貰って穿()きますよ。」

 と断って……早速ながら穿替えた、――誰も、背負(しょ)って()く奴もないものだが、手一つ出すでもなし、口を利くでもなし、ただにやにやと笑って見ているから、勢い念を入れなければならなかったので。……

「お幾干(いくら)。」

「分りませんなあ。」

「誰かに聞いてくれませんか。」

 若いのは、依然としてにやにやで、

「誰も今()らんのでね……」

「じゃあ帰途(かえり)に上げましょう。じきそこの宿に泊ったものです。」

「へい、大きに――」

 まったくどうものんびりとしたものだ。私は何かの道中記の挿絵に、土手の(すすき)野茨(のばら)の実がこぼれた中に、折敷(おしき)に栗を塩尻に積んで三つばかり。細竹に筒をさして、()もんと、四つ、銭の形を描き入れて、(そば)草鞋(わらじ)まで並べた、山路の景色を思出した。

       二

「この(きのこ)は何と言います。」

 山沿(やまぞい)の根笹に小流(こながれ)が走る。一方は、日当(ひあたり)の背戸を横手に取って、次第(まばら)藁屋(わらや)がある、中に半農――この(かた)(すなど)って活計(たつき)とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ髪で、紺の筒袖を上被(うわっぱり)にした古女房が立って、小さな笊に、真黄色(まっきいろ)な蕈を()ったのを、こう(のぞ)いている。と笊を手にして、服装(なり)は見すぼらしく、顔も(やつ)れ、髪は銀杏返(いちょうがえし)が乱れているが、毛の(つや)は濡れたような、姿のやさしい、色の白い二十(はたち)あまりの女が(たたず)む。

 蕈は軸を上にして、うつむけに、ちょぼちょぼと並べてあった。

 実は――前年一度この温泉に宿った時、やっぱり朝のうち、……その時は町の方を歩行(ある)いて、通りの煮染屋(にしめや)の戸口に、手拭(てぬぐい)(くび)菅笠(すげがさ)(かぶ)った……このあたり浜から出る女の魚売が、天秤(てんびん)(おろ)した処に()きかかって、(あたら)しい雑魚に添えて、つまといった形で、おなじこの蕈を笊に装ったのを見た事があったのである。

 銀杏の葉ばかりの(かれい)が、黒い尾でぴちぴちと跳ねる。車蝦(くるまえび)の小蝦は、飴色(あめいろ)(かさな)って萌葱(もえぎ)の脚をぴんと跳ねる。(ほうぼう)(ひれ)(にじ)を刻み、飯鮹(いいだこ)の紫は五つばかり、(ちぎ)れた雲のようにふらふらする……こち、めばる、青、鼠、樺色(かばいろ)のその小魚(こうお)の色に照映(てりは)えて、黄なる蕈は美しかった。

 山国に育ったから、学問の上の知識はないが……蕈の名の(とお)やら十五は知っている。が、それはまだ見た事がなかった。……それに、私は妙に蕈が好きである。……覗込んで何と言いますかと聞くと「霜こしや。」と言った。「ははあ、霜こし。」――十一月初旬で――松蕈(まつたけ)はもとより、しめじの類にも時節はちと寒過ぎる。……そこへ出盛る蕈らしいから、霜を越すという意味か、それともこの蕈が生えると霜が降る……霜を起すと言うのかと、その時、考うる(ひま)もあらせず、「旦那(だんな)さんどうですね。」とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖に、口の軽い剽軽(ひょうきん)もので、

「買うてやらさい。旦那さん、酒の(さかな)に……はははは、そりゃおいしい、(しし)の味や。」と大口を開けて笑った。――紳士淑女の方々に高い声では申兼(もうしか)ねるが、猪はこのあたりの方言で、……お察しに任せたい。

 唄で覚えた。

薬師山から湯宿を見れば、ししが髪()て身をやつす。

 いや……と言ったばかりで、(ほか)に見当は付かない。……私はその時は前夜着いた電車の停車場の方へ遁足(にげあし)に急いだっけが――笑うものは笑え。――そよぐ風よりも、湖の(あお)い水が、蘆の葉ごしにすらすらと渡って、おろした荷の、その小魚にも、蕈にも(さっ)とかかる、霜こしの黄茸(きたけ)の風情が忘れられない。皆とは言わぬが、再びこの温泉に遊んだのも、半ばこの蕈に興じたのであった。

 ――ほぼ心得た名だけれど、したしいものに近づくとて、あらためて、いま聞いたのである。

「この蕈は何と言います。」

 何が何でも、一方は人の内室である、他は淑女たるに間違いない。――その真中(まんなか)へ顔を入れたのは、考えると無作法千万で、都会だと、これ交番で叱られる。

「霜こしやがね。」と買手の古女房が言った。

綺麗(きれい)だね。」

 と思わず言った。近優(ちかまさ)りする若い女の容色(きりょう)に打たれて、私は知らず目を(そら)した。

「こちらは、」

 と、片隅に三つばかり。この方は笠を上にした茶褐色で、霜こしの黄なるに対して、女郎花(おみなえし)の根にこぼれた、(いばら)の枯葉のようなのを、――ここに二人たった渠等(かれら)女たちに、フト思い(くら)べながら指すと、

「かっぱ。」

 と語音の調子もある……口から吹飛ばすように、ぶっきらぼうに古女房が答えた。

「ああ、かっぱ。」

「ほほほ。」

 かっぱとかっぱが顱合(はちあわ)せをしたから、若い女は、うすよごれたが(あね)さんかぶり、茶摘、桑摘む絵の風情の、手拭の口に(えみ)をこぼして、

「あの、川に()ります可恐(こわ)いのではありませんの、雨の降る時にな、これから着ますな、あの色に似ておりますから。」

「そんで幾干(いくら)やな。」

 古女房は委細構わず、笊の縁に指を掛けた。

「そうですな、これでな、十銭下さいまし。」

「どえらい事や。」

 と、しょぼしょぼした目を《みは》った。(にら)むように顔を(なが)めながら、

「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が相当や。」

「まあ、」

「三銭にさっせえよ。――お(めえ)もな、青草ものの商売や。お客から祝儀とか貰うようには()かんぞな。」

「でも、」

 と(きのこ)が映す影はないのに、女の(まぶた)はほんのりする。

 安値(やす)いものだ。……私は、その言い値に買おうと思って、声を掛けようとしたが、(すき)がない。女が手を離すのと、笊を引手繰(ひったく)るのと一所で、古女房はすたすたと土間へ入って()く。

 私は腕組をしてそこを離れた。

 以前、私たちが、草鞋(わらじ)に手鎌、腰兵粮(こしびょうろう)というものものしい結束で、朝くらいうちから出掛けて、山々谷々を狩っても、見た数ほどの蕈を狩り得た(ためし)は余りない。

 たった三銭――気の毒らしい。

「御免なして。」

 と背後(うしろ)から、跫音(あしおと)を立てず(しずか)に来て、早や一方は窪地の蘆の、片路(かたみち)の山の根を摺違(すれちが)い、慎ましやかに前へ通る、すり(きれ)草履に(かかと)の霜。

「ああ、姉さん。」

 私はうっかりと声を掛けた。

       三

「――旦那さん、その虫は構うた事には(かな)いませんわ。――(うるそ)うてな……」

 もの(いい)もやや打解けて、おくれ毛を()でながら、

「ほっといてお通りなさいますと、ひとりでに離れます。」

「随分居るね、……これは何と言う虫なんだね。」

「東京には()りませんの。」

「いや、雨上りの日当りには、鉢前などに出はするがね。こんなに居やしないようだ。よくも気をつけはしないけれど、……(しょうじょう)よりもっと小さくって(けむ)のようだね。……またここにも一団(ひとかたまり)になっている。何と言う虫だろう。」

「太郎虫と言いますか、米搗虫(こめつきむし)と言うんですか、どっちかでございましょう。小さな()が、この虫を見ますとな、旦那さん……」

 と、(ことば)が途絶えた。

「小さな児が、この虫を見ると?……」

「あの……」

「どうするんです。」

「唄をうとうて(はや)しますの。」

「何と言って……その唄は?」

(きまり)が悪うございますわ。……(太郎は米搗き、次郎は夕な、夕な。)……薄暮合(うすくれあい)には、よけい沢山(たんと)飛びますの。」

 ……思出した。故郷の町は寂しく、時雨の晴間に、私たちもやっぱり唄った。

「仲よくしましょう、さからわないで。」

 私はちょっかいを出すように、(おもて)を払い、耳を払い、頭を払い、袖を払った。茶番の最明寺(さいみょうじ)どののような形を、(あらた)めて(しずか)歩行(ある)いた。――真一文字の日あたりで、暖かさ過ぎるので、脱いだ外套(がいとう)は、その女が持ってくれた。――歩行(ある)きながら、

「……私は虫と同じ名だから。」

 しかし、これは、虫にくらべて謙遜した意味ではない。実は太郎を、浦島の子に(なぞら)えて、(ひそか)に思い上った沙汰(さた)なのであった。

 湖を(はるか)に、一廓(ひとくるわ)、彩色した竜の(うろこ)のごとき、湯宿々々の、壁、柱、(いらか)を中に隔てて、いまは鉄鎚(てっつい)の音、謡の声も聞えないが、出崎の()(はた)に、ぽッつりと、烏帽子(えぼし)の転がった形になって、あの船も、船大工も見える。木納屋の苫屋(とまや)は、さながらその素袍(すおう)の袖である。

 ――今しがた、この女が、細道をすれ違った時、(きのこ)に敷いた葉を残した(ざる)を片手に、()く姿に、ふとその手鍋(てなべ)提げた下界の天女の(おもかげ)を認めたのである。そぞろに声掛けて、「あの、(きのこ)を、……三銭に売ったのか。」とはじめ聞いた。えんぶだごんの価値(あたい)でも説く事か、天女に対して、三銭也を口にする。……さもしいようだが、対手(あいて)が私だから仕方がない。「ええ、」と言うのに押被(おっかぶ)せて、「馬鹿々々しく安いではないか。」と義憤を起すと、せめて言いねの半分には買ってもらいたかったのだけれど、「旦那さんが見てであったしな。……」と何か、私に対して、値の押問答をするのが(きまり)が悪くもあったらしい口振(くちぶり)で。……「失礼だが、世帯の(たし)になりますか。」ときくと、そのつもりではあったけれど、まるで足りない。煩っていなさる母さんの本復を祈って願掛けする、「お稲荷様(いなりさま)のお賽銭(さいせん)に。」と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目(しまめ)の崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋(ばちぶくろ)とも見えず(はさま)って、腰帯ばかりが(べに)であった。「姉さんの言い値ほどは、お手間を上げます。あの松原は松露があると、宿で聞いて、……客はたて込む、女中は忙しいし、……一人で出て来たが覚束(おぼつか)ない。ついでに、いまの(霜こし)のありそうな処へ案内して、一つでも二つでも取らして下さい、……私は茸狩(たけがり)が大好き。――」と言って、言ううちに我ながら思入って、感激した。

 はかない恋の思出がある。

 もう(とく)に、余所(よそ)(れっ)きとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅(きら)は要らないが、山深く分入るのではない。重箱を持参で茣蓙(ござ)毛氈(もうせん)を敷くのだから、いずれも身ぎれいに装った。中に、襟垢(えりあか)のついた見すぼらしい、母のない()の手を、娘さん――そのひとは、(いと)わしげもなく、親しく()いて坂を上ったのである。(きぬ)の香に包まれて、藤紫の雲の(うち)に、何も見えぬ。冷いが、時めくばかり、優しさが頬に触れる袖の上に、月影のような青地の帯の輝くのを見つつ、心も空に山路を辿(たど)った。やがて皆、谷々、峰々に散って(きのこ)を求めた。かよわいその人の、一人、毛氈に端坐して、城の見ゆる町を(はるか)に、開いた丘に、少しのぼせて、羽織を脱いで、蒔絵(まきえ)の重に片袖を掛けて、ほっと(やす)らったのを見て、少年は谷に下りた。が、何を(かく)そう。その人のいま居る背後(うしろ)に、一本(ひともと)の松は、我がなき母の塚であった。

 向った丘に、もみじの中に、昼の月、虚空に澄んで、月天(がってん)御堂(みどう)があった。――幼い私は、人界の(きのこ)を忘れて、草がくれに、(ひとえ)に世にも美しい人の姿を仰いでいた。

 弁当に(あつま)った。吸筒(すいづつ)の酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、(ひッ)つかんで声を(こら)えた、(いばら)の枝に胸のうずくばかりなのをなお忍んだ――これをほかにしては、もうきこえまい……母の呼ぶと思う、なつかしい声を、いま一度、もう一度、くりかえして聞きたかったからであった。「打棄(うっちゃ)っておけ、もう、食いに出て来る。」私は(そば)の男たちの、しか言うのさえ聞える近まにかくれたのである。草を()んだ。草には露、目には涙、(すが)る土にもしとしとと、もみじを映す糸のような(くれない)の清水が流れた。「関ちゃん――関ちゃんや――」澄み(とお)った空もやや(かげ)る。……もの案じに声も曇るよ、と思うと、その人は、たけだちよく、高尚に、すらりと立った。――この時、日月(じつげつ)を外にして、その丘に、気高く立ったのは、その人ただ一人であった。草に縋って泣いた虫が、いまは(たま)らず蟋蟀(こおろぎ)のように飛出すと、するすると絹の音、(さっ)留南奇(とめき)の香で、もの(しずか)なる人なれば、せき心にも乱れずに、()と白足袋で(かも)(すべ)って肩を抱いて、「まあ、()かった、怪我をなさりはしないかと姉さんは心配しました。」少年はあつい涙を知った。

 やがて、世の(さま)とて、絶えてその人の(おもかげ)を見る事の出来ずなってから、心も魂もただ憧憬(あこがれ)に、家さえ、町さえ、霧の中を、夢のように《さまよ》った。――故郷(ふるさと)の大通りの辻に、老舗(しにせ)の書店の軒に、土地の新聞を、日ごとに額面に(はさ)んで掲げた。(おもて)三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと(たたず)んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩(たけがり)をする場面である。私は一目見て顔がほてり、胸が躍った。――題も忘れた、いまは朧気(おぼろげ)であるから何も言うまい。……その恋人同士の、人目のあるため、左右の谷へ、わかれわかれに狩入ったのが、ものに隔てられ、(いわ)に遮られ、樹に包まれ、兇漢(くせもの)に襲われ、獣に脅かされ、魔に誘われなどして、日は暗し、……次第に路を隔てつつ、かくて両方でいのちの限り名を呼び合うのである。一句、一句、会話に、声に――がある……がある……! が重る。――私は()も寝られないまで、翌日の日を待ちあぐみ、日ごとにその新聞の前に立って読み(ふけ)った。が、三日、五日、六日、七日になっても、まだその二人は谷と谷を隔てている。!……も、――も、丶も、邪魔なようで(じれ)ったい。が、しかしその一つ一つが、峨々(がが)たる(いわお)(しん)とした樹立(こだち)に見えた。(くとう)さえ深く刻んだ谷に見えた。……赤新聞と言うのは唯今(ただいま)でもどこかにある……土地の、その新聞は紙が青かった。それが澄渡った秋深き空のようで、文字は(ひとつ)ずつもみじであった。作中の娘は、わが恋人で、そして、とぼんと立って読むものは小さな(きのこ)のように思われた。――石になった恋がある。少年は茸になった。「関弥。」ああ、勿体ない。……余りの様子を、案じ案じ捜しに出た父に、どんと背中を(たた)かれて、ハッと思った私は、新聞の中から、天狗(てんぐ)(はね)をこぼれたようにぽかんと落ちて、世に返って、往来(ゆきき)の人を見、車を見、且つ屋根越に遠く我が家の町を見た。――

 なつかしき茸狩よ。

 二十年あまり、かくてその後、茸狩らしい真似をさえする機会がなかったのであった。

「……おともしますわ。でも、大勢で取りますから、(きのこ)があればいいんですけど……」

 湯の町の女は、先に立って導いた。……

 湖のなぐれに道を(めぐ)ると、松山へ続く(なわて)らしいのは、ほかほかと土が白い。草のもみじを、嫁菜のおくれ咲が彩って、枯蘆(かれあし)に陽が透通る。……その中を、飛交うのは、(ろうかん)のような(いなご)であった。

 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が()いたように、刈田を沈め、(かいつぶり)を浮かせたのは一昨日の()の暴風雨の余残(なごり)と聞いた。蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々(びょうびょう)(しお)が満ちたのである。水は光る。

 橋の(たもと)にも、蘆の上にも、随所に、米つき虫は陽炎(かげろう)のごとくに舞って、むらむらむらと下へ巻き(くだ)っては、トンと上って、むらむらとまた舞いさがる。

 一筋の道は、湖の只中(ただなか)を霞の渡るように思われた。

 汽車に乗って、がたがた来て、一泊幾干(いくら)の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越(せんえつ)である。

「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」

「…………」

「姉さんの名は?……」

 女は幾度も口籠りながら、手拭(てぬぐい)の端を俯目(ふしめ)(くわ)えて、

浪路(なみじ)。……」

 と言った。

 ――と言うのである。……読者諸君(みなさん)、女の名は浪路だそうです。

       四

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