4話 はねのある大トカゲ
読み方を変える
ところが、それから一月ほどのあいだなにごとも、おこりませんでした。日本に「空とぶ円盤」がおちたということは、世界じゅうに知れわたって、各国の新聞にデカデカと、その記事がのりましたが、円盤は、丹沢山から消えたまま、なんのおとさたもなく、はねのある大トカゲの怪物も、どこにも、すがたをあらわしません。まるで、あのさわぎは、東京じゅうの人が、みんなそろって、おそろしい夢を見ただけではないかと、思われるほどでした。
かわったことといえば、たったひとつ、平野少年のまわりに、ちょっと、みょうなことが、おこっていました。
それは、平野君のだいすきな北村さんが、ゆくえ不明になったことです。北村さんは、まえにもしるしたように、平野君の近くの小さい家に、耳のとおい、やといばあさんと、ふたりきりで住んでいたのですが、円盤事件があってから、二日ほどのち、「ちょっと散歩してくる。」といって、家を出たまま、ゆくえ不明になってしまったのです。
ばあさんが、さわぎだして、警察にもとどけ、こころあたりを、くまなくさがしたのですが、北村さんは、どこにもいませんでした。
そして、ゆくえ不明のまま、一月ばかりたってしまったのです。
ある日の午後のこと、平野少年が、おうちの近くの原っぱを歩いていますと、あれほどさがしてもみつからなかった北村さんに、ヒョッコリと出あいました。
しかし、北村さんは、人ちがいではないかとおもうほど、やつれはてていました。頭の毛はモジャモジャになり、ほおから、あごにかけて、ぶしょうひげが、うすぐろくはえ、顔色はまっさおで、服もしわくちゃになって、まるで、ゆうれいのようなすがたでした。
「北村さん、北村さんでしょう。いったい、どうしたの?」
平野君が、声をかけますと、北村さんは、やっと気づいて、
「オオ、平野君か。ぼくはおそろしいめにあった。逃げだしてきたんだ。いまに、おっかけてくる。こんなところで、グズグズしちゃいられない。サ、ぼくといっしょに来たまえ。きみには話しておきたいことがあるんだ。」
と、うしろをふりむきながら、いまにも、おってがせまってくるような、おびえかたです。
「おじさんのうちへ、いきましょう。ばあやさんが、心配しているんですよ。」
「イヤ、ぼくのうちへは、いけない。あぶないんだ。それより、いいところへいこう。通りへ出て、自動車をひろおう。」
「エ、いいとこって、どこです。」
「どこでもいい、だまってついて来たまえ。車にのってから話す。」
大通りへ出ると、ちょうど、むこうから走ってきた自動車をとめて、おおいそぎで、とびのりました。平野君も、しかたがないので、つづいてのりこみます。
「どうしたんです。わけを話してください」
「それは、いまにわかる。むこうへついてから、話す。」
「むこうって、どこなんです。」
「それはいってもいい。きみも名まえは知ってるだろう。明智小五郎先生のうちさ。」
「え、じゃあ、あの名探偵の……。」
「そうだよ。警察にも知らせなければならないが、まず明智探偵だ。ぼくは明智さんには、まえに二、三どあって、よく知っているんだよ。こういうときには、あの人に相談するのが、いちばんいい。」
それきり、北村さんはだまりこんでしまいました。
話しかけても、返事もしないのです。
やがて、自動車は、千代田区にはいり、明智探偵事務所の前にとまりました。ベルをおすと、リンゴのようなほおの小林少年が出てきました。名探偵の助手として、せけんに知られた少年です。
さいわい明智探偵も、うちにいたので、すぐ洋風の客間にとおされ、まるいテーブルをかこんで、明智探偵、小林少年、北村さん、平野少年の四人が、席につきました。
あいさつがすむと、北村さんは、いそいで話しはじめます。
「明智先生、ぼくは一月のあいだ、空とぶ円盤の中にとじこめられていたのです。けさ、やっと、すきをみつけて、逃げだしてきたのです」
「エッ。」
きいている三人は、顔見あわせて、おもわず、おどろきの声をたてました。あの円盤は、どこかへ、飛びさったとばかり、思っていたからです。
「円盤って、あの丹沢山へおちた円盤ですか。そして、それはいったい、どこにあるのです。」
明智探偵が、あわただしく、たずねました。
「やっぱり丹沢山の、もっとおくのほうの、ふかい森の中へ、位置をかえたのです。きこりも、猟師も通らないような、おそろしい山おくです。」
「では、なぜ、ふもとの警察に知らせて、山狩りをさせなかったのです?」
「それはむだですよ。円盤は、自由自在に飛べるのです。ぼくが逃げだしたことは、とっくに気づいてますから、同じ場所に、じっとしているはずがない。どこか、ずっとはなれたところへ、飛んでいますよ。それが、どこだかは、だれにもわからないのです。」
北村さんの言うとおり、円盤は、おそろしい早さで飛べるのですから、警官隊でかこんでみても、なんにもなりません。たとえ飛行機でおっかけたところで、とても、おっつけるものではないでしょう。じつに、やっかいな、しろものです。
「いったい、きみは、どうして、円盤にとじこめられたのです?」
明智探偵が、たずねました。
「それはこうですよ。あの円盤が、丹沢山の中へおちた、よくよく日のことです。ぼくは、ひとりぼっちで、たんぼ道を歩くのがすきなのですが、その日も、世田谷区のはずれの、ひろいたんぼ道を、ブラブラ歩いているうちに、日がくれてしまったのです。暗くて、足もとが見えないようになったので、いそいで、うちへ帰ろうとしていると、とつぜん、ぼくの前に、スーッと立ったやつがあります。むこうから歩いてきたのではなく、どこか上のほうから落ちてきたように、スーッとそこへ立ったのです。
これが、夜目にもわかる、はねのある大トカゲでした。新聞に書いてあったのと、そっくりのすがたです。
ぼくはギョッとして、いきなり逃げようとしたのですが、あいては、すばやく、パッととびかかってきて、ぼくの口へ、なんだかグニャグニャした丸いものを、つめこんでしまいました。もう声をたてることができません。それから、なまりのような、やわらかい金属の帯を、頭にグルグルまきつけて、目かくしをされました。
あとでわかったのですが、口につめこまれた丸いものも、やっぱりおなじ金属でした。地球にはない金属です。いや、金属と呼んでいいかどうかも、わかりません。ともかく、自由自在に、まがるし、そのうえ、ゴムのように弾力があるくせに、それは、鉄のように、つよい物質なのです。色は銀色をしています。どこか、遠い星の世界の金属なのでしょう。空とぶ円盤も、この金属でできているのです。また、その中にある、いろいろな機械や道具も、みんな、この金属でできていました。
さて、そうして、さるぐつわをはめられたかと思うと、もう、ぼくのからだは宙にういていました。大トカゲの怪物が、ぼくをこわきにかかえて、はばたきをしたのです。暗くてよくわかりませんが、またたくまに、地上何百メートルという高さにのぼったようです。顔に吹きつける風のはげしさで、怪物のとぶ早さが、わかります。息もできないほどでした。
とちゅう、にぎやかな町の上を通りましたが、キラキラひかる町の灯が、まるで万灯流しのようで、じつにきれいでした。飛行機から夜の都会を見おろすのと同じうつくしさでした。
一時間以上も飛んでいたでしょうか。氷のような風に吹きつけられて、からだじゅうが、しびれてしまったころ、やっと目的地についたとみえて、速度がにぶくなり、やがて、スーッと地上におり立ちました。それから、すこし歩いて、目かくしをとられた場所は、そのときには、わかりませんでしたが、大円盤の中だったのです。
あたりは、いぶし銀のように、白く光っていました。電灯ではありません。何か、えたいのしれぬひかりです。まわりには、地球の世界では見たこともない、奇妙な形のものが、ゴチャゴチャとならんでいました。円盤を動かす機械なのでしょうが、われわれの知っている機械とは、まるでちがっていて、歯車のようなものは一つもありません。クネクネとまがった帯のようなものが、縦横にいりみだれているばかりなのです。そして、その材料は、銀色のものと、透明なガラスのようなものと、ふたいろしかありません。どちらも、星の世界の金属なのでしょう。みんな、かたくて、やわらかいのです。自由にまがるくせに、弾力があるのです。」
北村さんは、そこで、ちょっと、ことばをきって、前にだされていたコーヒーを、のみました。だれも、ものを言う者はありません。あまりふしぎな話なので、口をはさむこともできないのです。