宇宙怪人

7話 地球の恐怖

6,337字 約13分 2017年6月16日 公開

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 それから、北村さんは、明智探偵につれられて、警視庁へいきました。そして、宇宙怪人について、くわしく報告したのです。ひじょうな大事件ですから、このことが、警視総監から、内閣につたえられ総理大臣の耳にもはいりました。国をあげてのさわぎです。あくる日の新聞には、戦争の記事と、同じぐらいの大きさで、北村さんの話が、デカデカとのり、日本じゅうの人を、ふるえあがらせてしまいました。

 銀の仮面をかぶった、人間と、おなじ服をきた怪物が、東京の町のどこかに、まぎれこんでいる。いや、東京とはかぎりません。飛行機のように、早くとべるのですから、大阪にでも、名古屋にでも、そのほか、どこの町にだって、あらわれることができるのです。その怪物が、ひょっとしたら、じぶんのすぐ近くに、かくれているのではないかと考えると、おそろしさに、身の毛もよだつ思いでした。

 それから、数日のあいだは、なにごともなく、すぎさりましたが、ある日のこと、またしても、人々をアッといわせるような記事が、新聞にのりました。

 こんどは、外国のできごとです。このあいだ、銀座の空をとんだのと、おなじような「空とぶ円盤」が、アメリカのニューヨーク市の空にあらわれたというのです。いや、そればかりではありません。その円盤が、ある山の中に着陸して、宇宙怪人がはいだしてきたのを、なん人かの人が見た、というのです。やっぱり、コウモリのような、はねをもち、トカゲのような、からだのやつでした。

 日本だけではなく、世界じゅうのさわぎになったのです。星の世界から、生きものが飛んできたなんて、地球はじまっていらいの大事件ですから、新聞は毎日そのことばかりをのせ、ラジオは、そのことばかりをわめきたて、どこの国でも、人がよれば、宇宙怪人のうわさで、もちきりでした。

 もしも、「空とぶ円盤」が、何千、何万と、天がまっ黒になるほど、たくさん、この地球へおしかけてきたら、そして、それがみな地球に着陸して、中から何万、何十万というトカゲ人種がとびだして、一しゅんかんに動物を灰にしてしまう、あのおそろしい武器で、せめてきたら、たちまち、地球は、星の世界の怪物のために、せめほろぼされてしまうでしょう。

 世界じゅうの学者が、いろいろな意見を、新聞や雑誌に書きました。そのなかに、つぎのようなことを書いたイギリスの学者がありました。

「地球に近い星で、生きものがすんでいるのは、おそらく金星であろう。金星では、生きものが、ふえて、土地がせまくなったのかもしれない。それとも、気候がだんだん寒くなるとか、なにか、すみにくい変化がおこったのかもしれない。そこで、金星の生きものは気候のよい地球を、じぶんたちの領地にして、人間をせめほろぼし、自分たちが地球にすみたいと、考えたのかもしれない。それには、まず、地球のありさまをよくしらべなければならない。人間がどれほどの力をもっているかを、さぐらなければならない。いま、アメリカと日本をさわがせているトカゲ人種は、そのスパイとして、やってきたのではなかろうか。」

 これを書いたのは、えらい学者でしたから、世界じゅうの新聞が、その意見をのせ、世界じゅうの人が、それを読みました。そして、おそろしさに、ふるえあがってしまったのです。

 大地震よりも、大戦争よりも、いくそう倍も、おそろしいことでした。あの、きみの悪いトカゲ人種のために、この地球ぜんたいが、ほろぼされてしまうのかと思うと、世界じゅうのひとが、気もくるわんばかりの恐怖に、とりつかれてしまいました。

 それから、数日たったある日のことです。平野少年のおうちのそばに、おそろしいことが、おこりました。

 平野一郎少年には、ひとりのおねえさまがありました。まだ音楽学校の生徒ですが、バイオリンの天才といわれていました。そのうえ、顔やすがたがうつくしいことでも、たいへんなひょうばんでした。まるで天女(てんにょ)のように、きれいなおねえさまだったのです。

 その日、平野君は、おねえさまにつれられて、お友だちのところへ遊びにいったのですが、夕がた、もう、あたりがうすぐらくなってから、ふたりで、おうちへ帰ってきました。

 そのへんは、さびしい、やしき町で、とある町かどに、ちょっとしたあき地があって、そこに、ひじょうに古い、カシの大木が、空をおおって、巨人のようにそびえていました。遠くから、目じるしになるような、大きなカシの木なのです。

 ふたりが、その下を通りかかったとき、平野少年は、なにげなく、頭の上を、見あげましたが、すると、どうしたのか、少年は、ピッタリ、そこに立ちどまったまま、動かなくなってしまいました。

「一郎さん、どうしたの。なにを、そんなに見つめているの。」

 おねえさまも、立ちどまって、ふしぎそうにたずねました。

「ねえさん、ごらん、へんなものがいるよ。ホラ、あの木の上に。」

 おねえさまも、空を見あげました。そして、一郎君と同じように、身うごきもできなくなってしまいました。

 そこには、じつに異様なものが、あったのです。

 カシの木の地上十メートルほどの、大きな枝の上に、()の葉ではない、茶色の大きなものがのっているのです。うすぐらくなっているので、ボンヤリとしか見えませんけれど、それは、どうみても、人間のすがたでした。茶色の洋服をきた、りっぱな紳士が、枝にまたがっているのです。頭には、やはり、茶色のソフトをかぶっていました。

「あんな高いところへ、どうして、のぼったんだろう。なにをしているんだろう。」

「へんね。きみが悪いわ、はやく行きましょう。」

「アッ、ねえさん、まって。あいつの顔、ピカピカ光ったよ。ごらん、銀色の顔をしているよ。」

 いかにも、ソフトの下から、銀色の顔が、じっとこちらを見ています。そして、三日月がたの口で、ニヤニヤ笑っているではありませんか。

 ふたりは、ゾーッとして、いきなり、かけだしました。手をつなぎあって、いちもくさんに、おうちのほうへ、走ったのです。

 まっさおになって、息せききって、おうちにかけこむと、木の上の怪物のことを知らせました。すると、まず、おとうさんが、とびだしてこられ、やがて、さわぎを聞きつけた近所の人たちが集まってきました。そして、だんだん、人数が多くなり、十数人の人々が、おずおずとカシの木の下へ近づいていったのですが、その中には、北村さんのすがたも見えました。だれかが知らせにいったのでしょう。やがて、警官も、かけつけてきました。

 やがて、みんなが、カシの木の下に集まりました。もうそのころは、空が暗くなっていましたが、でも、目をこらせば、怪物のすがたが、おぼろげに見えるのです。

「みなさん、たしかに、あいつです。ごらんなさい、あの銀色の顔を。それから、せなかのはねを……。」

 北村さんが、ささやき声で、言いました。いかにも、背広のせなかに、まっくろな長いものが、くっついています。れいのコウモリのはねです。

 それが、宇宙怪人とわかると、人々は、思わずあとじさりをしました。そして、いまにも、逃げだそうとしていたとき……、木の上の怪物のほうでも、大きく身うごきしました。コウモリのはねが、パッとひらいたのです。洋服の紳士に、はねがはえたのです。

 地上の人々の口から「ワーッ。」という、恐怖の声がわきあがりました。怪物が、こちらへ、とびかかってくるように、思われたからです。

 怪物は、サッと、木の枝をはなれると、大きなはねで、宙にうきました。人々は、もう一度、「ワーッ。」と、声をたてて、われさきにと逃げだしたのですが、怪物は、下へとびかかってくるのでなくて、空へ、まいあがったのです。

 それに気がつくと、人々は、やっと、ふみとどまって、また、暗い空を見あげました。

 ああ、なんという、ふしぎな光景だったでしょう。ソフトをかぶり、背広をきて、クツまではいた紳士が、大きな黒いはねで空を飛んでいるのです。人々は、なんだか、おそろしい夢を見ているような気がしました。夢でもなければ、こんな、とっぴなことが、この世界におこることは考えられなかったからです。

 しかし、夢ではありません。ひとりの、りっぱな紳士が、銀色の顔を光らせて、空高く、まいあがっていくのです。平野君のおとうさんや、おまわりさんや、北村さんや、二十人にちかい人が、それを見たのです。

 怪人は、グングン空へのぼっていきます。空は、もうまっくらです。星さえまたたいています。その星のひかりをかすめて、怪物は高く高く、やみの中にとけこんでいきました。そして、地上からは、まったく見えなくなってしまいました。

 もし、これが、昼間なら、飛行機で追っかけることができたかもしれません。しかし、夜では、どうすることもできないのです。怪人が、どちらの方角へ飛びさったかさえ、すこしもわからないのです。

 いままでは、きこりと、北村さんの、ふたりのほかは、だれも見なかった宇宙怪人を、二十人にちかい人が、ハッキリと見たのです。北村さんの話を、いくらか、うたがっていた人たちも、今となっては信じないわけにはいきませんでした。銀仮面の飛行怪人は、この東京の空にあらわれたのです。いよいよ、なにか、おそろしいことが、はじまるのです。

 それから一ヵ月ほどのあいだにいろいろなことが、おこりました。その一つは、銀座の大デパートの屋上の怪事件でした。

 デパートの少年社員水谷(みずたに)君は、ある夕がた、屋上の熱帯植物の温室に、用事があって、ひとりで、そこへ、やってきました。もう、デパートが閉店したあとで、ひろい屋上は、さばくのようにガランとして、人っ子ひとり、見えませんでした。

 温室の用事をすませて、ガラスばりの部屋を出ますと、水谷少年は、ふと、みょうな顔をして、立ちどまりました。

 だれもいないと思っていた、ひろい屋上のむこうのすみに、なんだか黒いものが、立っていたからです。どうも人間らしいのです。

 じっとみつめていますと、その黒い人かげが、だんだん、こちらへ近づいてきました。

 ネズミ色のオーバーをきて、おなじ色のソフトを、まぶかにかぶっています。もう空は、ほとんど暗くなっていて、そのネズミ色の男のすがたは、ゆうれいのように、ボーッと、かすんで見えるのです。

 近づくにしたがって、ソフトの下の顔が見えてきましたが、その顔が、はくぼくをぬったように、まっ白なのです。いや、ただ白いのではありません。キラキラ光っているのです。

 水谷少年は、ゾーッと、頭の毛が、さかだつような気がしました。そして「キャッ。」と、さけびそうになるのを、やっと、こらえました。

 その男の顔は、銀色に光っていたのです。ああ、銀色の顔、ほかに、そんなやつがいるでしょうか。あいつです。銀仮面のトカゲ男です。星の世界の怪物です。

 少年は、ネコににらまれたネズミのように、身うごきもできなくなってしまいました。

 怪人は、もう二メートルほどのところへ近よっていました。銀仮面の、まっくろな三日月がたの口が耳までさけて、ぶきみに光っていました。なんともいえない、なまぐさいような、いやなにおいが、ただよってきました。

「キミ、ボクガ、ダレダカ、シッテイルネ。シッテイルネ。」

 人間の声とは、どこかちがった、へんなことばが、きこえてきました。

「キミ、フルエテイルネ。コワイノカ。シンパイナイ。ボク、ナニモシナイヨ。」

 水谷少年は、もう、息がとまりそうでした。

「ココデ、ボクヲミタコト、デパートノヒトニ、イイナサイ。ミンナニ、シラセナサイ。ワカリマシタカ……。サア、イキナサイ。」

 怪人はそう言って、水谷少年の肩をグッと押しました。たいした力でもなかったのですが、石のように、かたくなっていた少年は、そのまま、あおむけに、そこへ、ころんでしまいました。ころんだまま、逃げだすこともできないで死んだようになっていました。

 すると、怪人は、ハハハハ……と、みょうな声で笑いましたが、フワリとオーバーをぬぐと、その下から、大きなコウモリのはねが、あらわれました。そして、そのはねがパッとひろがったかと思うと、いつのまにか、怪人の足が宙にういていました。

 おそろしい、はばたきでした。たおれている水谷少年が、コロコロと、二つ三つ、ころがったほどです。ブーンというような、へんな音がしました。

 はねのはえた怪人は、みるみる空へのぼっていきました。悪魔の昇天です。そして、そのネズミ色のすがたは、やがて、夕やみの空に、とけこむように、見えなくなってしまいました。

 それから、しばらくして、水谷少年が、やっと正気にかえり、下におりて、デパートの上役(うわやく)に、このことを知らせますと、デパートじゅうが、大さわぎになり、警官がかけつけましたが、すべて、もう、手おくれでした。空に消えた怪物を、おっかけるわけにはいきません。

 それからのちも、怪物は、東京のほうぼうの町に、すがたをあらわしては、空へ逃げさりました。それが、いつも、夕ぐれどきで、思いもかけぬ、へんな場所へ、あらわれるのでした。あるときは、夕やみの空を背景にして、高い高いえんとつのてっぺんに、腰かけていたこともあります。あるときは、隅田(すみだ)川の乗りあい船のかたすみに、うずくまっていたこともあります。またあるときは、後楽園(こうらくえん)野球場のスコア・ボールドの上に、ほおづえをついて、ねそべっていたこともあります。

 怪人は、いったい、なんのために、そんなことをしたのでしょう。新聞は、それらのできごとを、デカデカと書いて、いろいろな人の意見をのせましたが、「たぶん、怪人は、東京の人をこわがらせるために、自分のすがたを、見せびらかしているのだろう。」という意見が、いちばん多かったようです。

 ところが、やがて、この怪物は、ただ、自分の姿を見せるだけではないことが、わかってきました。日本とアメリカで、たいへんなことがおこったのです。

 ある日、東京の国立博物館から、いちばんだいじな国宝の仏像が、消えてなくなりました。それだけなら、たいしたこともないのですが、仏像といっしょに、有名な学者の、博物館長が、すがたを消してしまったのです。警察は、全力をつくして、そうさくしましたが、館長も仏像も、いつまでたっても、さがしだすことができませんでした。

 いっぽう、アメリカでは、ニューヨークの大病院の、もっとも進歩した機械と、外科(げか)部長の、世界に名をしられた博士(はくし)が、消えてなくなったのです。これも、警察の力では、なんの手がかりも、つかむことができませんでした。

 世界じゅうの新聞が、この二つの大事件を、きっと星の世界の怪物が、人も物もさらっていったのにちがいないと書きたてました。

 星のスパイが、地球で、もっとも進歩した医療の器械や、りっぱな美術品を、ぬすんだことは、それらを星の世界へもちかえって、星の国の博物館に、ちんれつするつもりだとすれば、わからないでもありません。しかし、人間までぬすみだすというのは、いったい、なんのためでしょう。地球の人間をつれかえって、星の国の動物園のオリの中へいれようというのでしょうか。そして、この学者たちから、地球のことを、いろいろ聞きだし、地球人が、どのくらいの知恵をもっているか、ためすつもりかもしれません。

 それから、しばらくすると、こんどは、このお話の、さいしょから出ている平野少年の身のうえに、おそろしいことがおこりました。トカゲ怪人は、おとなだけをあいてにしているのではなく、だんだん子どものほうへ、あのぶきみな、水かきのある指を、のばしはじめるのです。

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