閑天地

15話 (二十一) 十一夜会の記

1,184字 約2分 2012年12月26日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 陰暦水無月(みなづき)の十一夜、月いと美しき夜なりき。夕方たづね来し花京君の主唱にて、一燈光あざやかなる下、字を結び、興を探りて、互に吟腸を披瀝しぬ。あつまれるは残紅(ざんこう)花京(かきやう)、せつ子、みつ子、啄木の五人。八時頃より初めて、詠出、互撰、評語、終れるは子の刻も過ぎつる頃と覚ゆ。中津川の水嵩(みづかさ)減りたる此頃、木の間伝ひの水の声たえ/″\なれど、程近き水車の響、秋めいたる虫の音を織りまぜて、灯影ほのめく庭の紫陽花(あぢさゐ)の風情の云ひがたきなど、珍らしく心地すぐれたる夜なりき。人界に降ること稀なる歌苑(かゑん)の神も、この夜のみは、いといつくしく我が草堂に宿りつらめ、と。後にて人と語り興じぬ。

 字を結んで、五人二題づゝ、あはせて十題を得たり。月の影、川風、思、画堂、青潮、水の音、初夏、中津川、ほたる、杜鵑(ほととぎす)……これはと思ふ心地よき題もなきに、我まづ(いささ)かひるみたれど、稚なきものも交れる今宵なればと、人々心したりと見ゆ。

 筆()みてあからめもせず燈火うちまもるあり。黙然として団扇(うちは)の房をまさぐるあり。白扇(はくせん)ばたつかせて、今宵の蚊のせはしさよと呟やくあり。胡栗餅(くるみもち)(ほほ)ばりて、この方が歌よりうまいと云ふあり。兎角(とかう)するうちに半紙八つ切りの料の紙、小さく折られたるが雲形塗のお盆の上に(うづ)たかくなりぬ。

 人々手をわけて浄書(きよがき)すみぬれば、五つ輪の円座、居ずまひ直して、総数四十幾首より各々好める歌ぶり十首(ばか)(えら)み入るゝなり。朗唱の役は我、煙草に舌荒れて声思ふやうに出ず。節づけ(つたな)けれど、人々の真面目に聴きいる様は、世の大方の人が、信ぜぬ(なが)らも(おの)厄運(やくうん)にかゝはる(うらなひ)をばいと心こめてきくにも似たり。

 読み上ぐる毎に、作者名のり出る規定なり。その咏風(よみぶり)大方(おほかた)は誰と知らるゝが多かれど、時に予想外なるがありて、こは君なりしかとうち驚かる。杜鵑(ほととぎす)の歌に

(さびをの)に樹をきる如きひゞきして人を死ねよと鳴くほとゝぎす(花京)

(くる)()万古(ばんこ)(やみ)高空(たかぞら)の悲哀よぶとか啼く杜鵑(ほととぎす)(残紅)

 前の歌の才気めざましきはさもある事(なが)ら、人を死ねよのわざとらしきは、後の歌の、句様(くざま)は余り有難からねど、よく杜鵑の(こころ)(かな)ひたるには(けい)たる(あた)はずやと云はむ。さはれ我が

舟がゝりほとゝぎす待つ(よる)の江や帆もつくろひぬ(かがり)(かげ)

 の窮したるには、もとより同列にあげつらふべくもあらじ。月の影の歌に

(かく)(みや)(つき)のかげせしひと夜ゆゑ恋ひつゝわびぬこの年頃を(残紅)

(その)古き()の間に立てる石馬の脊とわが肩の月の影かな(啄木)

 の二首撰に入りたれど、幽宮(かくりみや)の幽趣たとしへもなき調(しらべ)、月光ほのかに(むね)に沁みわたるにも似て、この君ならではと思はるゝ優しさ、桂の枝に(せな)うちまゐらせむのたはぶれも、ゆめねたみ心にはあらずと知り玉へかし。(つゞく)

[「岩手日報」明治三十八年六月九、十、十一、十三、十四、十五、十六、十七、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、二十七、二十八、二十九、三十、七月六、七、十八日]

目次に戻る

感想を書く

目次