17話 賢吉少年の危難
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それがわかると、ハヤブサ丸では、おおさわぎになりました。すぐに、五人の潜水夫をもぐらせて、金塊を集めることにしましたが、五人も潜水させるためには、いろいろの用意をしなければなりません。それにまっ暗な夜のことですから、いっそう仕事がむずかしいのです。
ハヤブサ丸の甲板には、明るい電灯が、いくつも、つりさげられ、そのしたで、おおぜいの船員たちが右に左に、かけまわって、潜水の用意をしているのです。
賢吉少年は、おとうさんのそばで、そのいさましいありさまを、ながめていましたが、ちょっと、じぶんの船室に用事があったので、そこへおりるハッチの方へいきますと、むこうの、暗い甲板から、ひとりの水夫が、しきりに手まねきしているのに、気づきました。
船のなかの、おもだった人びとや、船員たちは、みんな、一方のふなばたにあつまって、潜水夫をおろす仕事をしていました。電灯もそのへんだけについていて、ほかの甲板はまっ暗なのです。そのまっ暗な甲板から、水夫が手まねきしているので、賢吉少年はふしぎに思いました。
「なんですか。」
とたずねますと、その水夫はにこにこして、
「小林さんが、あっちに待っているんです。ぼっちゃんを、よんできてくれと、いわれましたのでね。」
と答えました。小林さんというのは、むろん、明智探偵の助手の、小林少年のことです。小林少年は、まるい鉄の潜水機にはいって、海底に沈んでいましたが、さっき潜水機が引きあげられ、その中から出て、じぶんの部屋でやすんでいるはずです。それが、どうして、いまごろ賢吉君をよぶのでしょうか。
「小林さんは、どこにいるのですか。」
賢吉少年が、また、たずねますと、水夫は、船尾の方をゆびさして、
「あちらです。ぼっちゃんに、急用があると、いっています。」
と答えて、まっ暗な船尾の方へ歩いていきます。賢吉少年は、へんだなとおもいましたが、まさか、ハヤブサ丸に、敵がいるなんて、おもいもよらず、少年探偵団長の小林君がよんでいるとあっては、団員として、命令に、そむくわけにいきませんから、つい、うっかりと、その水夫のあとについていきました。
船尾の甲板は、気味がわるいほどまっ暗でした。すかして見ても、人かげらしいものは見あたりません。
「小林さんはどこにいるんですか。だれもいないじゃありませんか。」
すこし、こわくなって、そういいますと、水夫は、
「ほら、そこですよ、あのタルのむこうですよ。」
といって、賢吉少年の手をとりました。
見ると、三メートルほどむこうに、大きなビールのタルのようなものが、おいてあります。ふつうのビールダルよりは、ずっと大きなやつです。
小林さんはタルのかげなんかでなにをしているんだろうと、ふしぎにおもって、いそいで、そこへ近づきましたが、タルのむこうを見ても、だれもいないのです。タルのふたがとれていましたので、もしタルの中にいるのではないかと、のぞいて見ましたけれど、タルの中は、酒も水もはいっていない、からっぽでした。
「あっ、なにをするんです……。」
と、いおうとしたとき、大きな手が、賢吉君の口をぐっと、おさえてしまいました。もがこうとしてももうひとつの手が、からだをだきしめているので、どうすることもできません。
水夫は、賢吉君をだきあげて、なんのくもなく、その大ダルの中へおしこみ、上からふたをして、ポケットから、とりだしたクギとカナヅチで、コンコンと、うちつけてしまいました。
あっというまのできごとでした。船の人たちは、みんな潜水作業の方に集まっているので、だれも気づいたものはありません。それにしても、この水夫は、いったい何者なのでしょう。賢吉君をタルづめにして、どうしようというのでしょう。
もしかしたら、この水夫は、鉄の人魚の怪人団の、まわし者だったのではないでしょうか。ハヤブサ丸が、大阪を出るときから、水夫にばけて、乗りこんでいたのではないでしょうか。
水夫は、そこにおいてあった長いロープを、タルにまきつけてかたくむすび、タルをもちあげると、船尾のふなばたまではこびました。そして、じっと、くらい海を見おろしているのです。
すると、そのとき、ハヤブサ丸から三十メートルはなれた海面に、パッと光ったものがあります。海の上にガラスのような、まるいものが浮いていて、その中に電灯がついたのです。ついたかとおもうと、すぐ消えてしまいましたが、ひとめで、それがなんであるかが、わかりました。それは、あのおそろしい魚形潜航艇だったのです。
クジラのような黒い船体が、はんぶんほど浮きあがって、その背中に出っぱっている、まるいガラスのようなものの中の電灯が光ったのです。きっと、ハヤブサ丸の水夫へ、あいずをしたのにちがいありません。
それから、じつにおそろしいことが、おこりました。水夫は両手でロープをにぎって、賢吉君をとじこめたタルを、ふなばたから、海面におろしたのです。タルは、うちよせる波の上に、ゆらゆらと浮いています。
水夫は、うわぎをぬいで、シャツ一枚になると、ながいロープの一方のはしを、ふなばたのてすりにとおして、それを持って、じぶんも海面におりていきました。そして立ちおよぎをしながら、てすりにかけたロープを、たぐりよせ、それを、じぶんのからだにまきつけて、しずかにおよぎはじめました。いうまでもなく、魚形潜航艇をめざしているのです。
水夫が、およぐにつれて、ロープにつながれたタルも、その方へ引かれていきます。そして、見るまに、魚形潜航艇のそばへ近づいていきました。
すると、それをまっていたように、魚形艇の背中の、まるいガラスが、パッと、上にひらいて、そこから、人の顔があらわれました。
「うまくいったか。」
「うん、子どもはタルの中にいる。このロープを、しっぽの方へ、くくりつけてくれ。」
海の中の水夫が、そう答えて、魚形艇にのぼりつき、ガラスぶたの入口から中へすべりこみました。
すると、中にいた男が、いれかわって、魚形艇の背中にあらわれ、ロープのはしをもって、艇のしっぽの方へ、走っていきました。
しばらくすると、その男が帰ってきました。
「しっかり、くくりつけた。これでもう、だいじょうぶだよ。」
そういって、魚形艇の背中の入口へすべりこむと、まるいガラスのふたが、パタンとしまり、魚形艇は、そのまま、しずかに海中に沈んでいきました。あとにはロープにひかれたタルが、プカプカと波にただよっているばかりです。