18話 洞窟の怪異
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タルにつめこまれた賢吉少年は、あまりのおどろきに、しばらくは、気をうしなったようになっていましたが、やがて、じぶんのはいっているタルが、ゆらゆらと、はげしくゆれていることが、わかりました。
「きっと海へなげこまれたんだ。そして、波のまにまにただよっているんだ。」
と、さとりました。
ああ、なんという、心ぼそい身の上でしょう。タルには少しのすきまもないのですから、ないてもわめいても、だれにも聞こえるはずはありません。
「おとうさん! おかあさん! 小林さーん!」
聞こえないとわかっていても、ひとりでに、口から出てくるのです。賢吉君は、いくどもいくども、声をかぎりに、叫びました。
そのうちに、とつぜん、タルのゆれかたが、かわってきたのに気づきました。いままでは、ゆらゆらとただよっていたのですが、それが、きゅうに、一方へ走りだしたようなかんじがするのです。波をのりこえ、おそろしい、いきおいで、進んでいるのです。なんだかひじょうなスピードの快速艇に、ひっぱられているような気持です。
ひっぱられるにつれて、タルはくるくるまわるのです。賢吉君のからだも、上をむいたり、横をむいたり、たえずくるくるとまわっています。そのたびに、からだのどこかが、タルにぶつかるので、その苦しさといったらありません。
賢吉君は、こんな苦しいおもいをするぐらいなら、はやく死んでしまったほうがいいとおもいました。
そのうち、からだが、むちゃくちゃに、ゆれるだけでなく、なんだか、いきが苦しくなってきました。水もしみこまないほど、しっかり、ふたをしたタルですから、空気が悪くなってきたのです。つまり、酸素がすくなくなって、いきぐるしいのです。このまま、ながくタルの中にいたら、ほんとうに死んでしまうでしょう。
それから、どれほど時間がたったのか、もう、むがむちゅうでした。ふと気がつくと、タルがすこしも動かなくなっていました。いままで、ゆれにゆれていたのが、ピッタリとまったので、耳がジーンとして気味がわるいほど、しずかになりました。すると、またタルがスーッと、もちあげられでもしたように動いて、それから、ゆらゆらとゆれましたが、波に浮いているのと、ちがったかんじでした。
それから、頭の方で、ガン、ガンと、おそろしい音がしたかとおもうと、サーッと、つめたい空気が、流れこんできました。タルのふたが、ひらかれたのです。賢吉君は、その空気をすったとき、じつに、おいしいとおもいました。空気が、こんなにおいしいものだとは、ゆめにも知りませんでした。
だれかが賢吉君をだきあげて、タルの外に出してくれました。見ると、それは、服はちがっていましたけれど、さっきの、悪ものの水夫でした。
それよりも、びっくりしたのは、いまいる場所です。そこは、山の中の、ほら穴のようなところでした。でこぼこの、黒っぽい岩のトンネルのようなかんじです。賢吉君は、どろぼうのいわやの中へ、つれこまれたのではないかとおもいました。
逃げだすことは、むろんできません。そばに、悪ものの水夫が、がんばっているし、それに、からだが、くたくたにつかれてしまって、もう、なにをする元気もないのです。賢吉君は、タルのそばへうずくまって、ただ、ぼんやりと、あたりをながめるばかりでした。
そのときです。ふかいトンネルのようになった、ほら穴のむこうから、ちらっとへんなものが見えました。うす暗いほら穴の中ですから、はっきりはわかりませんが、なんだか、ギョッとするよな、おそろしいものでした。
びっくりして、その方を見つめていますと、そのへんなものの姿が、岩かどから、ヌーッと、あらわれてきました。賢吉君は、あっとさけんで、おもわず逃げだそうとしました。すると、水夫が、おそろしい力で賢吉君のかたをおさえて、そこへすわらせてしまいました。
「ウフフフ、きみをとってくうわけじゃない。じっとしてればいいんだ。あれらは、いそぎの用事があって、これから出かけるんだからね。」
そのものが、もう全身をあらわして、こっちへ近づいてきます。それは、あのおそろしい鉄の人魚でした。人間とおなじぐらいの大きさの、鉄のウロコの怪物、頭から、背中にかけて、鉄のトサカのような、するどいギザギザがあり、目は青く光って、口は耳までさけ、そこから二本の牙が、ニューッとのぞいています。
その怪物が、鉄の手で、岩の上を、はってくるのです。ワニのような長いしっぽがついていますが、そのしっぽの下に、みじかい足のようなものがあり、二本の手と、その足とで、自由に、はいまわるのです。
賢吉君は、岩壁に、ピッタリ身をつけて、おびえきって怪物を見ていましたが、怪物のほうでは、賢吉君など、見むきもせず、そのまえをとおって、ほら穴の外へ出ていってしまいました。
すると、またほら穴のおくに、なにか物の動くけはいがしました。はっとして、その方を見ますと、さっき出ていったのと、まったくおなじ鉄の人魚が、もう一ぴき、のっそりと、そこから出てきたではありませんか。
いや、一ぴきではありません。つぎからつぎと、おなじ怪物が、まるでアマゾン川のワニの行列のように、ぞろぞろと出てくるのです。賢吉君は、あまりのことに気がとおくなって、それをかぞえることもできませんでした。ほんとうは、八ぴきの鉄の人魚が、賢吉君の前をとおって、ほら穴の外へ出ていったのです。
まるで、おそろしいゆめを見ているようでした。鉄の人魚は一ぴきだとおもっていたのに、こんなにたくさん、ほら穴の中に、かくれていたのです。そして、ぞろぞろと、どこかへ出ていったのです。
いったい、なにごとがおこるのでしょう。
あの怪物どもは、もしや、ハヤブサ丸の金塊ひきあげ作業を、じゃましに、出かけたのではないでしょうか。あんなたくさんの怪物が、海の中で、あばれまわったら、いったい、どんなことになるのでしょう。
賢吉君はもう、ものを考える力もなくなって、ぼんやりしていますと、水夫がかたをつついて、
「さあ、おくへいくんだ。首領が、お待ちかねだ。」
と、みょうなことをいいました。「首領」とは、いったい、何者でしょう。
賢吉君は、そのまま、水夫につれられて、ゴツゴツした岩の上を、ほら穴のおくへ、あるいていきました。
まがりくねったほら穴をしばらくいくと、にわかにパッと明るくなりました。そこは、ほら穴がひろくなって、岩にかこまれた部屋のようなところでした。りっぱな、ほりもののあるテーブルがあり、その上に、西洋の燭台がおかれ、三本のローソクが、もえていました。
テーブルのよこに、これも、ほりもののある大きないすがあって、全身まっ黒のおそろしい人が腰かけていました。
黒ビロードのずきんを、頭から、スッポリかぶっています。そのふくめんの目と口のところだけが、三角がたに、切りぬいてあり、その穴の中から、ぶきみに光る目が、じっと、こちらを見ています。からだには、やはり黒ビロードの、だぶだぶのマントのようなものを、きていました。これが、「首領」なのでしょう。
「宮田賢吉をつれてきました。」
水夫が、うやうやしく、おじぎをしていいました。
「うん、よくやった。やっぱりタルにつめたのか。」
まっ黒な怪物が、太いしわがれ声でたずねるのです。
「はい、ハヤブサ丸の水夫にばけて、こいつをタルにつめて、それから潜航艇にしばりつけて、ここまでひっぱってきたのです。船のやつらは潜水作業にむちゅうで、だれも気づいたものはありません。」
「よし、よし、うまくやった。もうこれで、だいじょうぶだ。……おい、賢吉君、なにも、そんなにこわがることはない。きみは、だいじな人じちだからね。ここであそんでいてくれればいいのだ。きみのおとうさんが、わしのいうことを、しょうちしたら、きみをかえしてやるよ。」
黒い怪物は、ふくめんを三角に切りぬいた口から、ネコなで声で、いうのです。
賢吉君は、おもいきって聞きかえしました。
「おとうさんに、なにをさせるのですか。どうしたら、ぼくをかえしてくれるのですか。」
すると、黒い怪物は、ウフフフと気味わるく笑いました。
「それがききたいのか。なかなか勇気のあるぼうやだね。それはね、大洋丸の金塊をぜんぶ、わしによこせというたのみだよ。そのたのみをきいてくれたら、きみをかえしてやるのだ。それまでは、ここにじっとしているんだよ。」
ああ、賢吉君は、おそろしい人じちにされてしまったのです。それにしても、この黒い怪物は、何者でしょう。そして、賢吉君の運命は、これからどうなっていくのでしょう。また、さっき、ほら穴を出ていった八ぴきの鉄の人魚は、いったい、どんなおそろしいことを、はじめるのでしょう。