20話 明智探偵の変装
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ハヤブサ丸の無電室は、味方の潜航艇から、魚形艇が消えうせたという知らせをうけましたが、それにおどろくひまもなく、やがて、どこからか、みょうな無電がはいって来ました。「ハヤブサマル、ハヤブサマル」と、なんども、よびだしをかけてから、おなじもんくを、くりかえし、うってきました。
「ミヤタケンキチクンハ、アズカッテイル、タイヨウマルノ、キンカイゼンブト、ヒキカエニ、ケンキチクンヲカエス。ショウチシナケレバ、ケンキチクンノイノチハ、ナイモノトオモエ、ヘンジマツ」
無電技師は、それをかきつけた紙を持って、甲板の船長のところへ、とんできました。
「なに、賢吉君をあずかっているだって? 宮田さん、賢吉君はどこにいるんです。へんな無電がきましたよ。」
そこにいた宮田さんと明智探偵が、船長の手から、その紙をうけとって、おそろしいもんくを読みました。
「賢吉は、じぶんの船室へいくといって、さっき、おりていったままですが。」
宮田さんが、まっさおになって、つぶやきました。
「じゃ、船室へいってみましょう。」
明智はそういって、いきなり船室へおりるハッチの方へ、とんでいきます。宮田さんも、そのあとから走りだしました。
しばらくすると、明智探偵と宮田さんが、甲板にかけあがってきました。
「船室にはいません。みなさん、賢吉少年がいなくなったのです。手わけをして、船の中を、さがしてください。」
明智がさけびました。それから、おおさわぎになって、船員たちは、いく組にもわかれて、船の中のあらゆる場所をさがしましたが、少年の姿はどこにもありませんでした。
「へんですよ。水夫の北川もいなくなってます。もしやあいつが……。」
ひとりの船員が、報告しました。
「そうだ。あいつが、敵のまわしものだったかもしれない。賢吉君がひとりで、船から姿を消すはずはないのだ。」
船長が、くやしそうに、さけびました。
「魚形潜航艇の中へ、さらわれたのかもしれませんよ。われわれは、みんな潜水の仕事のほうに集まっていたので、反対がわに、潜航艇が浮きあがって、賢吉君を乗せていっても、だれも気がつかなかったでしょうからね。」
技師がじぶんの考えをはなすと、みんなも、たぶんそうだろうと思いました。
「しかし、無電の返事をうたなければ、賢吉がどんなめに、あうかもしれません。といって、金塊をわたすわけにはいかないし、明智さん、どうしたものでしょうね。」
宮田さんが、青い顔をして明智に相談しました。
「あすまで、返事を待ってくれという無電をうっておくのですね。そのあいだに、ぼくは、ちょっとやってみたいことがあるのです。ひょっとしたら、うまく賢吉君をとりもどすことができるかもしれません。」
明智は、なにか、自信ありげに、いうのでした。
そこで、船長は技師をよんで、あしたまで、返事をまってくれという無電をうたせました。
「明智さん、やってみたいとおっしゃるのは、どういうことですか。」
船長がたずねますと、明智は、おもいもよらぬことを、いいだしました。
「今夜のうちに、そっと上陸しようとおもうのです。ボートでは、敵にさとられる心配がありますから、やはり、潜航艇に乗って海岸に近づき、あとは、岸まで泳げばよいのです。小林をつれていきます。あすの昼まえにはかえるつもりですが、もっとおそくなるかもしれません。ぼくの帰るまで、無電の返事は、のばしておいてください。」
みんなが、いくらたずねても、明智は、それ以上は、なにもいいませんでした。しかし、宮田さんも船長も、名探偵のうでまえを、よくしっていましたから、ふかくもたずねないで、明智の上陸にさんせいしました。
それをきいた小林少年は、大よろこびです。先生とふたりで、潜航艇に乗り冒険にでかけるのかとおもうと、うれしくてたまりません。
それから、ふたりが出発したのは、もう、真夜中すぎでした。ハヤブサ丸からボートをおろし、すぐそばに浮きあがっている潜航艇に乗りうつりました。艇はすぐに潜水して、出発し、十分もかからないで海岸につきましたが、そのへんはさびしい岩ばかりの海岸で、さんばしもありませんから、よこづけにすることはできません。岸から百メートルもはなれたところに、浮きあがりました。
明智探偵と小林少年は、服もシャツもぬいで、くつといっしょに小さくまるめ、それを頭の上にくくりつけて、海の中にとびこみました。
そのへんは、見あげるばかりの岩のきり岸で、その下に、荒波がおしよせ、まっしろに、あわだっています。きり岸にかこまれた中に一ヵ所だけ、岩のひくくなったところがあり、小さい漁船などは、そこへつくようになっていました。ふたりは、その船つき場にむかって、ぬきてをきって泳ぎだしました。
明智探偵はもちろん、小林少年も水泳はとくいでしたから、荒波をものともせず、グングン泳ぎきって、岩の岸に、よじのぼりました。そして、そこで、からだをふいて、シャツと服をきると、だんだんになった岩を、上までのぼり、まっ暗なあれ地を、近くの漁師の部落にむかっていそぎました。そのへんは、田も畑もない、あれ地で、漁師の家が、五―六けん、かたまっているばかりの、ほんとうにさびしい部落でした。その五―六けんの家も、みんな、寝しずまって、まっ暗で、シーンと、しずまりかえっているのです。
ふたりは、その一けんの家を、たたきおこして、たくさんのおかねをだして、漁師の服をゆずってもらい、着ていた服をぬいで、それときかえました。つまり、漁師の親子に変装したのです。きたないカーキ色のズボン、やぶれてつぎのあたったシャツ、頭にはてぬぐいの鉢まきという、いでたちです。
「どうも、顔が白すぎるね。すこし、おけしょうをしたほうが、いいだろう。」
明智は、そんなことをいって、漁師の家のかべにたまっていたススを手につけて、じぶんの顔と、小林少年の顔に、ベタベタぬりつけました。これで、ふたりは、すっかり漁師らしくなったのです。
それから、そこにこしかけて、そのへんの地理を、くわしくたずねました。こんどの冒険には、やはり、土地のようすを、よくしっておかねばならないからです。
そうして話しているうちに、東の空が、ボーッと、明るくなってきました。太陽が出るまえのうす明かりです。
そこで、ふたりは漁師に、おれいをいって外に出ました。もう、足もとが見えないほどではなく、いくら歩いてもあぶなくはありません。ふたりは、海岸にそって、テクテクと歩きだしました。
一直線に歩くのではなくて、松の林があれば、その中をしらべ、こだかくなった丘があれば、そのまわりをしらべ、地面に穴があれば、その中をのぞくというふうに、なにかをさがしながら歩きまわるのでした。
海の方をながめると、ハヤブサ丸の船体が、ボーッと黒く見えています。そのハヤブサ丸が、いちばん近くに見えるところにきますと、明智探偵は、いままでよりは、いっそう注意ぶかく、そのへんの地面をしらべていましたが、ふと立ちどまって、むこうの松の林を見つめました。
そこには大きな松の木が五―六本はえて、その下に、せいのひくい木が、いっぱいしげっていました。名探偵は、そのしげみの中に、なにかをみつけたのです。
「しずかに、音をたてないように。」
小林少年に、そっとささやいて、そこに近づくと、松の木の太いみきのかげに、からだをかくして、むこうのしげみを、すかして見るのでした。
まだうす暗い夜あけまえでしたが、じっと見ていると、だんだん目がなれて、そのへんがはっきり見えてきました。
「おや、こんなところに、モグラがいるのかしら?」
小林少年は、おどろいて、そこを見つめました。しげみの中の草が、グラグラと動いているのです。猟犬のようにするどい明智探偵は、さっきから、それに気づいていたのでしょう。
草は、ますますひどく動きだしました。六十センチ四方ほどの地面が、草といっしょに、グーッと、もちあがってくるのです。そして、あっとおもうまに、その草のはえた土が横に動いて、そのあとに、まっくらな四角い穴がひらきました。
それから、じつにふしぎなことが、おこったのです。その四角な穴から、なにものかがニューッと、首をだしたではありませんか。それはモグラではなくて人間の首でした。
その人間の首は、用心ぶかく、キョロキョロと、あたりを見まわしていましたが、こちらのふたりには、すこしも気づかず、だれもいないとおもったのか、そのまま、穴からはいだしてきました。その男は、やっぱり、そのへんの漁師のようなふうをしていました。三十五―六の強そうな男です。
これはいったい、どうしたわけなのでしょう。海岸の地面の中から、ひとりの人間が、わきだしてきたのです。この男は、ツチグモのように、土のなかに住んでいるのでしょうか。あの黒い穴の下には、なにがあるのでしょう。そこは防空壕のようにひろくなって、人間のすまいになってでもいるのでしょうか。
穴から出たあやしい男は、草のはえた土を、もとにもどして、穴のふたをしました。それから、もう一度、よくあたりを見まわして、どこへいくのか、いそぎ足に歩きだしました。
明智探偵は、それを見ると、小林少年のうでを突っついて、あいずをしました。そして、あいてにさとられぬように、そっと、男のあとを尾行しはじめたのです。
あやしい男は、海岸の反対の方角へ、どんどん歩いていきます。そちらには、さっきの部落とちがって、もっと大きな漁師村があるのです。
その道に、こだかい丘が、そびえていました。男はテクテクと、その丘の下を歩いています。そのとき、明智探偵はまた小林少年のうでを突っつきました。そして、いきなりかけだしたのです。
おそろしい早さです。まるで、くろい風が吹きすぎるようでした。小林君もつづいて、いっしょうけんめいにかけだしました。
明智の黒いかげが、パッと、あやしい男のうしろからとびかかりました。そしてあっというまに、男は、そこへねじふせられてしまいました。