22話 洞窟のろうごく
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そのとき、賢吉少年は、洞窟の中のろうごくにおしこめられていました。
はだかの勇士たちが、泳ぎまわっているほら穴は、おくへ行くほど広くなっていて、そこに敵の魚形艇がかくれているのですが、さらにおくへ進みますと、穴がだんだん上の方へむかって、やがて海面よりも高くなり、もう水のない洞窟になっています。そして、しょうにゅう洞のように、いりくんだぬけ道があり、ところどころに、部屋のような広い場所もあります。鉄の人魚の怪物団は、この、人の知らない洞窟をみつけて、そこを、根城にしていたのです。
まがりくねった枝道のひとつに、二畳ほどの部屋のようなくぼみがあって、そのまえに、スギ丸太をたてよこに組みあわせたろうやのこうしのようなものが、たちふさがっています。洞窟の中のろうごくなのです。
そのまっくらなろうごくの中に、学生服をきた、ひとりの少年が、しょんぼりとうずくまっていました。それが賢吉少年でした。たべものは、ちゃんと、はこんでくれますし、べつにひどいめにあうわけではありませんが、こうしの中に、とじこめられているのですから、どこへも行くことができません。はなしあいてもなく、なにも見えないまっくらな中に、じっとしているほかはありません。じつにさびしいこころぼそい身のうえです。
「いまごろ、小林さんや明智先生は、どうしているのかなあ。ぼくがここへつれられてきたことは、だれもしらないにきまっている。いくら名探偵の明智先生でも、気がつかないだろう。ああ、おとうさんにあいたいなあ。ぼくはなぜハヤブサ丸なんかに乗りこんだのだろう。よせばよかった。そうすれば、いまごろは、東京のおうちに、おかあさんといっしょにいられたのだ。」そうおもうと、賢吉君はいきなり、「おとうさん、おかあさん……。」と大きな声でさけびたくなりました。そして、両方の目から、あつい涙が、あふれだしてきて、ポロポロと、ほおをつたい落ちるのでした。
ふと気がつくと、こうしの外の岩壁に、チロチロと光がさしていました。だれかが懐中電灯をてらして、こちらへやってくるらしいのです。「賊の手下が、たべものを持ってきたのかしら。」とおもいましたが、それにはまだ時間がはやいのです。
「ひょっとしたら、こうしの外へつれだされて、ひどいめにあわされるのではあるまいか。」
ふと、そう考えると、賢吉君は、もう、おそろしくてしかたがありません。おもわず、ほら穴のすみっこへ身をちぢめて、ブルブルふるえていました。
でこぼこの岩壁に、反射する光はだんだん強くなり、やがて、むこうから、怪物の目玉のような懐中電灯が、ユラユラとゆれながら近づいてきました。
それを見ると、賢吉君の心臓は、まるでたいこでもたたくように、おそろしい早さで、うちはじめました。
懐中電灯は、賢吉君のいるろうごくのこうしのまえで、ピッタリとまりました。そして、岩のろうごくの中を、ズーッとひとわたり、てらしてから、そこへきた男は、じぶんの顔の方へ、光をあてて見せました。いつも、たべものをはこんでくれる、賊の手下です。
その男は、右手で懐中電灯を持ち、左手では、子どものからだぐらいもある大きな黒いふろしきづつみを、かかえていました。それは、なんだか、えたいのしれない、気味のわるいかたちのものです。
賢吉君は、あの黒いふろしきづつみの中には、いったい、なにがはいっているのだろうとおもうと、いっそうおそろしくなって、からだがブルブルふるえてくるのでした。
「賢吉君……。」
その男が、よびかけました。やさしい声です。賢吉君は、「おやっ、へんだな。」とおもいました。いつもの男の声とは、まるでちがっていたからです。
「わしだよ、わしだよ。悪ものに変装しているけれど、よくごらん、わたしは明智だよ。」
それをきくと、賢吉君は、ハッとしておもわず立ちあがりました。そして、こうしのそばによって、男の顔を見つめました。賊の手下とそっくりに変装していましたが、よく見ると、明智先生でした。うすぐろくぬった顔の中から、あのなつかしい明智先生のおもかげが、スーッと、うきだすように見えてくるのでした。
「あっ、先生!」
賢吉君は、こうしにとりすがって、おもわずさけびました。
「そんな大きな声を出しちゃ、いけない。わたしはきみを、たすけだしにきたのだ。いまに小林も、ここへくるからね。」
明智探偵は、そういって、懐中電灯を高くあげて、トンネルのようになった、ほら穴の向こうの方にむかって、二―三度ふりてらしました。
すると、それがあいずだったらしく、まっくらな向こうの方から、何者かが近づいてきましたが、それが明智の懐中電灯の光の中にはいると、漁師のような着物をきた、ひとりの少年でした。
「おやっ、へんな子どもがきたな。」とおもって、よく見ますと、その子どもも顔を黒くぬっていましたが、どこかに小林君のおもかげがありました。やっぱり小林少年の変装姿だったのです。
「あっ、小林さん……。」
賢吉少年は、また、さけばないではいられませんでした。
明智探偵は、よういしていたかぎをとり出して、ろうごくのこうしの戸をひらき、小林少年とふたりで中へはいってきました。
「賢吉君、ぶじでよかったね。」
小林少年は、いきなり賢吉君にだきついていきました。賢吉君も小林少年にとりすがって、まるで、ひさしぶりにであった兄弟のように、だきあったまま、いつまでもはなれないのでした。
「賢吉君、これから、きみをたすけだすのには、いろいろトリックをつかわなければならない、なかなかむずかしい仕事なんだよ。それに、ぐずぐずしていて敵にみつかったら、たいへんだから、おおいそぎでやらなければならない。くわしい話はあとですることにして、すぐにトリックにとりかかるよ。まず、きみは小林君と服をとりかえるんだ。」
明智探偵はそういって、じぶんも手つだって、手ばやく、ふたりの服をとりかえさせました。つまり小林君は学生服をきて賢吉君になりすまし、賢吉君は小林君のきてきた漁師の子どもの着物をきたのです。
きがえがすむと、明智はふところから、ぬれた手ぬぐいを出して、ススをぬった小林君の顔を、きれいにふきとり、そのよごれた手ぬぐいで賢吉君の顔を、なでまわしました。すると、いままで、きたなかった小林君の顔がきれいになり、きれいだった賢吉君が、日にやけた漁師の子どもに、早がわりしてしまいました。
「賢吉君は、わたしといっしょに、陸のほうにひらいている穴から逃げだして、船に乗ってハヤブサ丸に帰るんだ。わたしも、この服をぬいで、漁師の着物をきるから、漁師の親子が船に乗っているとおもって、だれもうたがわないのだよ。」
明智はそういって、さっき、左手にかかえていた、大きなふろしきづつみを、賢吉君になりすました小林少年にわたしました。
「いいかい。これでうまくやるんだよ。わたしは、じきに帰ってくるからね。それまで、きみのうでまえで、うまく敵をあやつっておくのだよ。」
「はい、だいじょうぶです。きっとうまくやります。」
小林君は、げんきよくこたえました。
それから、明智探偵は、こうしの外に出て、そのちかくの岩あなの中にかくしておいた漁師の着物ときかえ、賢吉少年をつれて、岩のトンネルをグルグルまわりながら、陸地にひらいている、れいの小さな穴の方へいそぐのでした。
それからしばらくすると、賊の洞窟の中に、なんだか、えたいのしれない、きみょうなことが、おこりました。
賊の手下のひとりが、懐中電灯を持って、岩のトンネルの中を歩いていますと、向こうの方に、黒い人かげのようなものが、チラッと動くのが見えました。なんだか、ひどくせいのひくい、子どもみたいなやつです。賊の手下は、おやっとおもって立ちどまりました。
「あんな小さなやつは、なかまにはいないはずだ。ひょっとしたら、賢吉のやつが、こうしをやぶってにげだしたのじゃないかしら。」
もしそうだとすれば、たいへんです。その男はキッとなって、いきなり、その黒い人かげをおっかけました。
「おい、そこにいるのは、だれだ。まてっ、またないか。」
懐中電灯をふりてらして走りましたが、小さな人かげは、まるでリスのようにすばやくて、迷路の洞窟の中を、グルグル逃げまわるので、とうとう見うしなってしまいました。
「チェッ、すばしっこいやつだ。だが、もしあれが賢吉だったとすれば、ろうのこうしの中が、からっぽになっているはずだ。よしっ、それをたしかめてみよう。」
男は、そうおもって、ろうごくの方へいそぎました。そして、こうしの外に立つと、懐中電灯で中をてらして見ましたが、ふしぎなことに、賢吉少年は、ちゃんとそこにいたではありませんか。岩べやの向こうのすみっこに、首をうなだれて、じっとうずくまっているのです。
男は、中にはいってしらべてみようとおもいましたが、こうしの戸には、大きな錠がついていてかぎがなくてはひらくことができません。そのかぎは明智探偵のばけている、あのジャンパーをきた賊の手下が持っているのです。そこで、男は、その手下をさがすために、みんなのいる広い洞窟の方へ、かけだしました。
岩のトンネルをかけていますと、またしても、向こうのやみの中に、小さい黒い人かげが、チラッと見えました。いそいで、その方に懐中電灯をむけました。すると、パッと、まがりかどのむこうへ、姿をかくしましたが、そいつは、賢吉少年とそっくりの学生服をきていました。せいのたかさもおんなじです。
男は、ゆめでも見ているような、へんな気持になりました。賢吉少年がふたりになったのです。ひとりはかぎのかかったこうしの中にうずくまっている。ひとりは、洞窟の中を、自由じざいにかけまわっている。こんなふしぎなことはありません。男はなんだか、気味がわるくなってきました。そこで、その男は、いきなり、黒ふくめんの首領の部屋へかけこんで、ことのしだいをつげますと、首領は、みんなで、かぎを持っているジャックを、さがすように命令しました。
しかし、賊の手下たちが手わけをして、三十分ほども洞窟の中をさがしまわっても、きみょうな子どもも、ジャックも、どうしても、みつからないのでした。
その捜索がむだにおわって、また三十分もたったころでした。ひとりの手下が、首領の部屋にかけこんできて、あわただしく報告しました。
「首領、きました、きました。賢吉のかかりのジャックのやつが、どこからか、ヒョッコリ帰ってきました。いまここへやってきます。」
ジャックというのは、ろうごくのこうしのかぎを持っている男のあだなです。
その報告が、おわるかおわらないうちに、首領の部屋の入口へ、ジャックがスーッと、姿をあらわしました。ジャンパーにカーキズボンの、あの男です。