7話 白昼の怪物
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明智探偵は、そういう説明をしたあとで、賢吉少年と書生の戸田に、こんなことをいいました。
「この小箱をねらっているやつは、おそろしい悪ものだ。賢吉君のおうちへおくのは、心配なくらいだ。しかし、それは、わたしが、まもってあげる。だいじょうぶだから、安心してお帰りなさい。そして、またもとの石の下へかくしておくんだね。」
そういって、部屋のすみの、事務机の前にいって、小箱の中へ書きつけを入れ、もとのとおりふたをしめて、賢吉君に手わたしました。
賢吉君と書生の戸田は、明智探偵と小林少年に、あつくおれいをいって、いとまをつげ、おもてに待っていた自動車に乗りました。
自動車は世田谷の賢吉君のおうちに向かって走りだし、十五分ほどすると、大きなやしきのならんださびしい道にさしかかりました。両がわに、高いコンクリートのへいが百メートルもつづいて、そのへいの中には、大きな木がたちならび、ひるまでも、うす暗いようなところです。
そのコンクリートべいの谷間のような場所にきたとき、自動車がキーッというブレーキの音をたててとまりました。
「おや、へんなところで、とめるじゃないか。どうしたんだ。故障がおこったのかい。」
書生の戸田が、運転手に声をかけました。すると、むこうをむいていた運転手が、ひょいと、こちらをふりむいて、ニヤリと笑ったのです。
「あっ、きみはさっきの運転手とちがうじゃないか。いつのまに、いれかわったんだ。そして、きみはいったい、だれだっ!」
「こういうもんさ。」
運転手はふてぶてしい声で答えて、ニューッと、ピストルをさしつけました。
「あっ、それじゃ、きさまは……。」
戸田はびっくりして、となりの賢吉少年をだくようにして、まもりました。あいてがピストルを持っているのでは、どうすることもできません。
「なあに、きみたちの命をもらおうとはいわない。鉄の小箱さえだせばいいのだ。さあ、はやくだせ。」
戸田は、すきがあれば、自動車からとびおりて、にげようと、そっとドアのとってに、ゆびをかけました。
すると、あいては、はやくもそれをさっして、にくにくしく笑うのでした。
「ハハハ……だめだめ、にげようたって、にげられるものじゃない。ドアの外をよく見るがいい。」
はっとして、ガラス窓の外を見ますと、いつのまにあらわれたのか、窓のすぐそばに、ものすごい顔の男が立ちはだかっていました。手には、やっぱりピストルをかまえて、にやにや笑っているのです。それじゃ、こちらからと、はんたいがわの窓を見れば、これはどうでしょう。そこにも、おなじようなあらくれ男が、ピストルをかまえて、にらみつけているではありませんか。
三方からピストルを向けられては、もう、どうすることもできません。戸田は賢吉少年に、鉄の小箱をわたすように手まねであいずをしました。賢吉君も、しかたがないので、それを、前の運転手にさしだしました。
あいては、ひったくるように、それをうけとると、また、にくにくしく笑うのでした。
「ワハハハ……、かんしん、かんしん、きみたちは、よくいうことをきくねえ。それじゃ、これでゆるしてやるよ。きみたちの運転手は、うしろのトランクにおしこめてある。おれたちの姿が見えなくなったら、トランクをあけて、だしてやるがいい。そうすれば、また自動車を運転してくれるよ。」
にせ運転手は、自動車からとびだして、パタンとドアをしめました。そして、三人の男は、まるで短距離の選手のように、おそろしいいきおいで、むこうへ、かけだしていきました。
「ああ、とりかえしのつかないことをしてしまった。あのだいじな鉄の小箱をとられてしまった。賢ちゃん、あいつらは、いつかの悪ものの手下ですよ。……それにしても、明智さんは、ぼくがまもってやるから、だいじょうぶだとうけあってくれたのに、どうしたというんでしょう。こんなに、はやく、とられてしまうようでは、明智さんも、あてになりませんね。じつに、ざんねんです。」
戸田は、くやしそうに、ぶつぶついっていましたが、三人の男の姿が、見えなくなって、しばらくすると、自動車をおりて、うしろのトランクのふたをひらきました。そこには、あの知りあいの運転手が、さるぐつわをはめられて、まるくなって、おしこめられていました。
賢吉君も車をおりて、てつだいました。そして、トランクからだして、さるぐつわをはずしてやりましたが、運転手は、頭をさすりながら、
「明智さんの事務所の前に、車をとめてうっかりしていると、いきなり、うしろから、ここをガンとやられ、さるぐつわをはめられてしまいました。おそろしく力のつよいやつで、どうすることもできませんでした。もうしわけありません。それじゃ、やつがわたしにばけて、ここまで運転してきたのですね。」
「そうだよ。きみとおなじような上着をきていたので、うしろ姿では、見わけがつかなかった。まさか、ひるまから、こんなだいたんなまねをするとは思いもよらないのでね。さあ、いそいで運転してくれ。もううちに近いんだから、帰ってから警察に電話をかけよう。ぼくらは、だいじなものを、ぬすまれてしまったんだよ。」
そこで、三人は自動車に乗りこみましたが、車が走りだそうとするとき、賢吉少年が、「あっ。」と声をたてました。まっさおな顔になって、目がとびだすほど大きくなっています。そして、窓の外をじっと見つめているのです。
戸田と運転手は、おどろいて、賢吉君の見つめているところを見ました。
高いコンクリートべいの上から、なにかがのぞいていました。うしろには、大きな木の枝が青黒くしげっています。その前のへいの頂上に、なにか黒いものが見えるのです。
それは、えたいのしれぬ、へんてこなものでした。黒い顔の中に、リンのように青く光るふたつの目がありました。耳までさけた口がありました。その口から、ニューッと白い牙がつきだしているのです。頭には、するどい鉄のトサカがはえています。
鉄の人魚です。あの怪物が、コンクリートべいの内がわをよじのぼって、首だけだして、こちらをにらみつけているのです。
「はやく、はやく……。」賢吉君は、一度出あったことがあるので、そのおそろしさを、よく知っていました。いまにも、怪物がへいをのりこして、追っかけてでもくるように、運転手をせきたてるのでした。
運転手も、このおそろしい怪物には、すっかり、おびえてしまって、やにわに速力をだしました。車は人通りのない谷間の町を、きちがいのように突進しました。