海底の魔術師

8話 ハヤブサ丸

3,642字 約7分 2016年12月24日 公開

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 賢吉少年たちは、うちに帰ると、自動車をとびおりて、おとうさんの部屋へかけこんでいきました。そして、息をはずませて、いまのできごとを伝えるのでした。

 おとうさんは、すぐに警察へ電話をかけて、このことをしらせ、それから明智探偵事務所をよびだしました。

「なに、鉄の小箱をとられた? やっぱりそうでしたか。」

 電話口の明智探偵は、そういって、ちょっと、考えているようでしたが、すぐに、ことばをつづけました。

「それじゃ、これからすぐに、おたくへうかがいます。電話ではお話しできないことがあるのです。しかし、ご安心ください。わたしは賢吉君に、かならず、まもってあげると、約束しました。その約束はちゃんとまもっているのです。」

 そして、電話がきれたのですが、明智探偵は、いったい、なにをいっているのでしょう。鉄の小箱をまもるという約束だったではありませんか。その小箱はとっくに盗まれてしまったのです。いまごろになって、どうしようというのでしょう。おとうさんは、ふしぎそうに首をかしげました。

 しばらくすると、明智探偵が、自動車でかけつけてきました。おとうさんと賢吉君は、明智を応接間にとおしてもてなしました。

「さっきの電話は、よくわからなかったのですが、鉄の小箱はあくまでまもってやると、おっしゃったようですね。」

 おとうさんが明智をせめるように、たずねました。

「そうです。たしかにおまもりしています。」

 名探偵は、にこにこして答えました。

「え、それは、いったい、どういうわけですか。鉄の小箱は、悪ものにとられてしまったのですよ。」

「いや、ご心配にはおよびません。とられたのは、箱だけです。なかみは、ちゃんとここにありますよ。」

 明智はポケットから、大きな封筒をとりだして、その中から、船長の遺言書と、航海図と、保険会社の証書をだして見せました。

「あっ、それじゃ、先生は……。」

「そうですよ。こんなこともあろうかと思って、小箱のなかみを、すりかえておいたのです。悪ものが盗んでいった鉄の小箱には、白い紙がはいっているばかりですよ。」

 賢吉君もおとうさんも、名探偵のぬけめのないやりくちに、すっかり感心していました。

「ああ、そうとは知らないものですから、しつれいなことを、もうしました。おゆるしください。さすがは明智先生です。これですっかり安心しました。」

 おとうさんは、くりかえし、おれいをいうのでした。明智は、ことばをあらためて、

「宮田さん、悪ものどもは、このうえ、まだどんなたくらみをするかわかりません。金塊を、はやくこちらで引きあげることにしてはどうでしょう。遺言書に書いてあることは、うそではありますまい。わたしは、さっき賢吉君が帰られてから、しらべてみたのですが、いまから二十年まえに潮ノ岬の沖で、東洋汽船会社の大洋丸が、沈没したことは、たしかです。また、そのとき、引きあげ作業をやろうとして、できなかったことも、まちがいありません。

 やってみるだけのねうちはあります。東洋汽船会社と保険会社に相談して、費用をだしてもらって、もし金塊が見つかったら、あなたと、汽船会社と、保険会社でわけるということにして、政府にもことわって、海の底を、さぐって見られてはどうでしょう。」

 賢吉君のおとうさんは、しばらく考えていましたが、やがて、決心したようにいうのでした。

「それじゃ、ひとつ海底の冒険をやってみましょうか。さいわい、この汽船会社と保険会社の重役に友人がおりますし、沈没船ひきあげのサルベージ会社にも、したしい人がありますから、わたしが相談すれば、きっと承知してくれます。

 じつは、わたしは、こういう冒険がだいすきなのですよ。」

 それから、いろいろ、金塊ひきあげのことについて話しあっているところへ、電話がかかってきました。おとうさんが立っていって、受話器を耳にあてますと、なんだか、みょうな音が聞こえてきました。ジャ、ジャ、ジャ、ジャという鉄をこすりあわせているような、気味のわるい音です。電話の故障かと思いましたが、そうではありません。なにかいっているのです。

「ソコニ、アケチガイルダロ。ハナシタイコトガアル、ヨンデクレ。」

 それは人間の声とは、思えないような、ぶきみな音でした。

「あなたは、だれですか。」

「アケチノ、トモダチダ、ハヤク、ヨンデクレ。」

 しかたがないので、明智をよんで、受話器をわたしました。

「ぼくは明智だが、きみはどなたです。」

「シッテルダロ、オマエノテキダ。ヨクモテツノハコノナカノモノヲ、カクシタナ。オボエテイロ、キット、トリカエシテヤルゾ。アケチ、オボエテイロ。」

 そしてガチャンと電話がきれました。明智は賢吉君のおとうさんと、顔を見あわせました。

「鉄の人魚です。やっぱり、あいつが、大金塊をねらっているのです。ゆだんはなりません。いっこくもはやく引きあげ作業をしなければなりません。」

 それから二週間ほどは、なにごともなくすぎさりました。そして、ある日のこと、日東サルベージ会社のハヤブサ丸が、大阪港から潮ノ岬にむかって出発したのです。

 ハヤブサ丸は、六百トンの引きあげ作業船です。この船には、サルベージ会社の技師や潜水夫や船員のほかに、賢吉君と、おとうさんの宮田さんと、小林少年が乗りこんでいました。東京から大阪まで電車できて、この船に乗ったのです。小林君は明智探偵の代理として同行しました。そしてもし、むずかしいことがおこったら、無電で明智先生にしらせるという約束でした。

 ときは春、空は青々とはれて、(たたみ)のように静かな海を、ハヤブサ丸はすべるようにすすんでいます。たのしい航海でした。小林少年と賢吉少年は、上甲板(じょうかんぱん)に出て、船尾にあわだつ白い波を見ながら、かたをくんで、たからかに歌をうたいました。

 その夜は、美しい月夜でした。夜がふけるにつれて、ますます月はさえかえり、波にそのかげをうつして、海はいちめんに銀ぱくをまきちらしたようです。

 こうたいでもち場についている船員のほかは、みんな船室にはいって、ねむりについていました。トントントントンという機関のひびき、サーッ、サーッと船が波をきる音、こうこうと照る月の下には、そのほかに、なんのもの音もありませんでした。

 ひとりの船員が、甲板をコツコツと、歩いていました。一時間ごとの見まわりです。中央船室のよこの、ほそい通路をとおって、船首のほうにでました。つりあげた救命ボートの下をくぐって、ひょいと、むこうを見ると、船首のとっぱなに、黒いものが、うずくまっていました。

「おやっ、あんなところに、だれかが寝ているのかしら。」へんだと思って、そのほうへ近づいていきましたが、どうも人間ではなさそうです。からだじゅうに大きなウロコが、はえています。それが月の光をうけて、キラキラとひかっているのです。長いしっぽがあります。頭から、背中にかけて、ギザギザのトサカのようなものが、つづいています。なんだか大きなワニのようでした。しかし、このへんにワニがすんでいるはずはありません。

 船員は、背中がゾーッと、さむくなってきました。どんな動物の本にも書いてないような、へんに気味のわるいものです。でも、こわいもの見たさで、足音をぬすむようにして、なおも近づいていきますと、その黒いやつが、首をあげて、ぐーっと、こちらをむきました。

 それを、一目見ると、船員は、からだがしびれたようになって、にげることも、さけぶことも、できなくなってしまいました。

 黒い鉄のような大きな顔に、くぼんだ目が、リンのようにかがやいていました。耳までさけた三日月がたの口から、白い牙がニューッと、つきだしていました。

「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ……。」

 怪物が口を大きくひらいて、笑っているのです。その笑い声は、まるで鉄をすりあわせるような、気味のわるい音でした。

「ワーッ。」

 とうとう、声がでました。船員は、死にものぐるいの声をふりしぼって、助けをもとめました。

「だれかきてくれ……。」

 その声に、どこからか、人の走る音がして、ひとり、ふたり、三人と、船員が、かけつけてきました。

 船首の怪物は、ひときわ大きな声で笑いながら、さっと、身をひるがえすと、ウロコをキラキラひからせながら、ふなばたの手すりをこして、ドボーンと海の中へ、とびこんでしまいました。

 いそいで、ふなばたにかけよって、のぞいて見ると、鉄のワニのようなやつが、船とならんで泳いでいましたが、あっと思うまに水中ふかく沈んで、海面から姿を消していきました。

 鉄の人魚です。鉄の小箱の海図をぬすむことができなかったので、ひそかに賢吉君らのあとを追い、この船まで、つけてきたのでしょう。海中にとびこんだといっても、あいつは、もともと海の怪物です。船とおなじはやさで、泳いでいるのかもしれません。そして、どこまでも、しゅうねんぶかく、賢吉君たちのあとを追ってくるのかもしれません。

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