4話 (四)
読み方を変える
遂に、あの生活の根調のあからさまに露出した北方植民地の人情は、甚だしく私の弱い心を傷つけた。
四百噸足らずの襤褸船に乗つて、私は釧路の港を出た。さうして東京に帰つて来た。
帰つて来た私も以前の私でなかつた如く、東京も亦以前の東京ではなかつた。帰つて来て私は先づ、新らしい運動に同情を持つてゐない人の意外に多いのを見て驚いた。といふよりは、一種の哀傷の念に打たれた。私は退いて考へて見た。然し私が雪の中から抱いて来た考へは、漠然とした幼稚なものではあつたが、間違つてゐるとは思へなかつた。さうして其人達の態度には、恰度私自身が口語詩の試みに対して持つた心持に似た点があるのを発見した時、卒然として私は自分自身の卑怯に烈しい反感を感じた。此反感の反感から、私は、未だ未成品であつた為に色々の批議を免れなかつた口語詩に対して、人以上に同情を有つ様になつた。
然し其為に、熱心に其等新らしい詩人の作を読むやうになつたのではなかつた。其等の人々に同情するといふ事は、畢竟私自身の自己革命の一部分であつたに過ぎない。勿論自分がさういふ詩を作らうといふ心持になつた事もなかつた。「僕も口語詩を作る。」といつたやうな事は幾度も言つた。然しさういふ時は、「若し詩を作るなら、」といふ前提を心に置いた時か、でなくば口語詩に対して極端な反感を抱いてゐる人に逢つた時かであつた。
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その間に、私は四五百首の短歌を作つた。短歌! あの短歌を作るといふ事は、言ふまでもなく叙上の心持と齟齬してゐる。
然しそれには又それ相応の理由があつた。私は小説を書きたかつた。否、書くつもりであつた。又実際書いても見た。さうして遂に書けなかつた。其時、恰度夫婦喧嘩をして妻に敗けた夫が、理由もなく子供を叱つたり虐めたりするやうな一種の快感を、私は勝手気儘に短歌といふ一つの詩形を虐使する事に発見した。
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やがて、一年間の苦しい努力の全く空しかつた事を認めねばならぬ日が来た。
自分で自分を自殺し得る男とはどうしても信じかね乍ら、若し万一死ぬ事が出来たなら……といふ様な事を考へて、あの森川町の下宿屋の一室で、友人の剃刀を持つて来て夜半潜かに幾度となく胸にあてゝ見た……やうな日が二月も三月も続いた。
さうしてる間に、一時脱れてゐた重い責任が、否応なしに再び私の肩に懸つて来た。
色々の事件が相ついで起つた。
「遂にドン底に落ちた。」斯ういふ言葉を心の底から言はねばならぬやうな事になつた。
と同時に、ふと、今迄笑つてゐたやうな事柄が、すべて、急に、笑ふ事が出来なくなつたやうな心持になつた。
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さうして此現在の心持は、新らしい詩の真の精神を、初めて私に味はせた。