こがね丸

5話 上巻 第五回

1,809字 約4分 2001年12月22日 公開

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 鷸蚌(いつぼう)互ひに争ふ時は(つい)に猟師の(えもの)となる。それとこれとは異なれども、われ()二匹争はずば、彼の猫如きに侮られて、阿容々々(おめおめ)雉子は取られまじきにト、黄金丸も彼の猟犬(かりいぬ)も、これかれ(ひと)しく左右に分れて、ひたすら嘆息なせしかども。今更に悔いても(せん)なしト、(ようや)くに思ひ定めつ。ややありて猟犬は、黄金丸にうち向ひ、「さるにても御身(おんみ)は、什麼(そも)何処(いずこ)の犬なれば、かかる処にに漂泊(さまよ)ひ給ふぞ。最前より(かみ)あひ見るに、世にも鋭き御身が牙尖(きばさき)(それがし)如きが及ぶ処ならず。もし彼の鳥猫に取られずして、なほも御身と争ひなば、わが身は遂に噬斃(かみたお)されて、雉子は御身が(もの)となりてん。……これを思へば彼の猫も、わがためには救死の恩あり。ああ、危ふかりし危ふかりし」ト、数度(あまたたび)嘆賞するに。黄金丸も言葉を改め、「こは過分なる賛詞(ほめこと)かな。さいふ御身が本事(てなみ)こそ。なかなか(およ)ばぬ処なれト、心(ひそ)かに敬服せり。今は何をか(つつ)むべき、某が名は黄金丸とて、以前は去る人間に(つか)へて、守門の役を勤めしが、宿願ありて(いとま)()ひ、今かく失主狗(はなれいぬ)となれども、決して怪しき犬ならず。さてまた御身が尊名怎麼(いか)に。苦しからずば名乗り給へ」ト、いへば猟犬(かりいぬ)打点頭(うちうなず)き、「さもありなんさもこそと、某も()(すい)したり。さらば御身が言葉にまかせて、某が名も名乗るべし。見らるる如く某は、この(あたり)猟師(かりうど)に事ふる、猟犬にて候が。ある時(わし)(とっ)て押へしより、名をば鷲郎(わしろう)と呼ばれぬ。こは鷲を()りし白犬(しろいぬ)なれば、鷲白(わししろ)といふ心なるよし。元より(かず)ならぬ犬なれども、(かり)には得たる処あれば、近所の犬ども皆恐れて、某が前に尾を()れぬ者もなければ、天下にわれより強き犬は、多くあるまじと誇りつれど。今しも御身が本事(てなみ)を見て、わが慢心を(いた)く恥ぢたり。そはともあれ、今御身が語られし、宿願の仔細(しさい)は怎麼にぞや」ト、問ふに黄金丸は四辺(あたり)を見かへり、「さらば委敷(くわしく)語り(はべ)らん……」とて、父が非業の死を遂げし事、わが身は牛に養はれし事、それより虎と狐を仇敵(かたき)とねらひ、主家(しゅうか)を出でて諸国を遍歴せし事など、落ちなく語り聞かすほどに。鷲郎はしばしば感嘆の声を発せしが、ややありていへるやう、「その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添へん。われ彼の金眸(きんぼう)意恨(うらみ)はなけれど、彼奴(きゃつ)猛威を(たくまし)うして、余の獣類(けもの)(みだ)りに(しいた)げ。あまつさへ(うゆ)る時は、(いち)に走りて人間(ひと)を騒がすなんど、片腹痛き事のみなるに、機会(おり)もあらば(とりひし)がんと、常より思ひゐたりしが。名に負ふ金眸は年経し大虎、われ怎麼(いか)(かり)()けたりとも、互角の勝負なりがたければ、虫を殺して無法なる、(かれ)挙動(ふるまい)を見過せしが。今御身が言葉を聞けば、(わりふ)(あわ)す互ひの胸中。これより両犬心を通じ、力を合せて彼奴(きゃつ)(ねら)はば、いづれの時か討たざらん」ト。いふに黄金丸も勇み立ちて、「頼もしし頼もしし、御身(すで)にその(こころ)ならば、某また何をか恐れん。これより両犬義を結び、親こそ(かわ)れこの(のち)は、兄となり(おとと)となりて、共に力を尽すべし。某この年頃諸所を巡りて、数多(あまた)の犬と()み合ひたれども、一匹だにわが牙に立つものなく、いと本意(ほい)なく思ひゐしに。今日不意(ゆくりな)く御身に出逢(であい)て、かく頼もしき伴侶(とも)を得ること、(まこと)(なき)父の紹介(ひきあわせ)ならん。さきに路を照らせし燐火(おにび)も、今こそ思ひ合はしたれ」ト、(ひと)り感涙にむせびしが。猟犬は霎時(しばし)ありて、「某今御身と(ちぎり)を結びて、彼の金眸を討たんとすれど、飼主ありては心に任せず。今よりわれも頸輪(くびわ)(すて)て、御身と共に失主狗(はなれいぬ)とならん」ト、いふを黄金丸は押止(おしとど)め、「こは(そぞろ)なり鷲郎ぬし、わがために主を(すつ)る、その志は感謝(かたじけな)けれど、これ義に似て義にあらず、かへつて不忠の犬とならん。この儀は思ひ止まり給へ」「いやとよ、その心配(こころづかい)は無用なり。某猟師(かりうど)の家に(つか)へ、をさをさ猟の(わざ)にも()けて、朝夕(あけくれ)山野を走り巡り、数多の禽獣(とりけもの)を捕ふれども。(つらつ)ら思へば、これ(まこと)(おおい)なる不義なり。縦令(たと)ひ主命とはいひながら、罪なき禽獣(もの)(いたず)らに(いた)めんは、快き事にあらず。彼の金眸に比べては、その悪五十歩百歩なり。(ここ)をもて某常よりこの生業(なりわい)を棄てんと、思ふこと(しきり)なりき。今日この機会(おり)を得しこそ(さち)なれ、断然(いとま)を取るべし」ト。いひもあへず、頸輪を振切りて、その決心を示すにぞ。黄金丸も今は止むる(すべ)なく、「かく御身の心定まる上は、某また何をかいはん。幸ひなる(かな)この寺は、荒果てて住む人なく、われ()がためには()棲居(すみか)なり。これより両犬此処(ここ)に棲みてん」ト、それより連立ちて寺の(うち)に踏入り、方丈と覚しき所に、畳少し朽ち残りたるを(えら)びて、其処(そこ)をば棲居と定めける。

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