5話 上巻 第五回
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鷸蚌互ひに争ふ時は遂に猟師の獲となる。それとこれとは異なれども、われ曹二匹争はずば、彼の猫如きに侮られて、阿容々々雉子は取られまじきにト、黄金丸も彼の猟犬も、これかれ斉しく左右に分れて、ひたすら嘆息なせしかども。今更に悔いても詮なしト、漸くに思ひ定めつ。ややありて猟犬は、黄金丸にうち向ひ、「さるにても御身は、什麼何処の犬なれば、かかる処にに漂泊ひ給ふぞ。最前より噬あひ見るに、世にも鋭き御身が牙尖、某如きが及ぶ処ならず。もし彼の鳥猫に取られずして、なほも御身と争ひなば、わが身は遂に噬斃されて、雉子は御身が有となりてん。……これを思へば彼の猫も、わがためには救死の恩あり。ああ、危ふかりし危ふかりし」ト、数度嘆賞するに。黄金丸も言葉を改め、「こは過分なる賛詞かな。さいふ御身が本事こそ。なかなか及ばぬ処なれト、心私かに敬服せり。今は何をか裹むべき、某が名は黄金丸とて、以前は去る人間に事へて、守門の役を勤めしが、宿願ありて暇を乞ひ、今かく失主狗となれども、決して怪しき犬ならず。さてまた御身が尊名怎麼に。苦しからずば名乗り給へ」ト、いへば猟犬は打点頭き、「さもありなんさもこそと、某も疾く猜したり。さらば御身が言葉にまかせて、某が名も名乗るべし。見らるる如く某は、この辺の猟師に事ふる、猟犬にて候が。ある時鷲を捉て押へしより、名をば鷲郎と呼ばれぬ。こは鷲を捉りし白犬なれば、鷲白といふ心なるよし。元より屑ならぬ犬なれども、猟には得たる処あれば、近所の犬ども皆恐れて、某が前に尾を垂れぬ者もなければ、天下にわれより強き犬は、多くあるまじと誇りつれど。今しも御身が本事を見て、わが慢心を太く恥ぢたり。そはともあれ、今御身が語られし、宿願の仔細は怎麼にぞや」ト、問ふに黄金丸は四辺を見かへり、「さらば委敷語り侍らん……」とて、父が非業の死を遂げし事、わが身は牛に養はれし事、それより虎と狐を仇敵とねらひ、主家を出でて諸国を遍歴せし事など、落ちなく語り聞かすほどに。鷲郎はしばしば感嘆の声を発せしが、ややありていへるやう、「その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添へん。われ彼の金眸に意恨はなけれど、彼奴猛威を逞うして、余の獣類を濫りに虐げ。あまつさへ饑る時は、市に走りて人間を騒がすなんど、片腹痛き事のみなるに、機会もあらば挫がんと、常より思ひゐたりしが。名に負ふ金眸は年経し大虎、われ怎麼に猟に長けたりとも、互角の勝負なりがたければ、虫を殺して無法なる、他が挙動を見過せしが。今御身が言葉を聞けば、符を合す互ひの胸中。これより両犬心を通じ、力を合せて彼奴を狙はば、いづれの時か討たざらん」ト。いふに黄金丸も勇み立ちて、「頼もしし頼もしし、御身已にその意ならば、某また何をか恐れん。これより両犬義を結び、親こそ異れこの後は、兄となり弟となりて、共に力を尽すべし。某この年頃諸所を巡りて、数多の犬と噬み合ひたれども、一匹だにわが牙に立つものなく、いと本意なく思ひゐしに。今日不意く御身に出逢て、かく頼もしき伴侶を得ること、実に亡父の紹介ならん。さきに路を照らせし燐火も、今こそ思ひ合はしたれ」ト、独り感涙にむせびしが。猟犬は霎時ありて、「某今御身と契を結びて、彼の金眸を討たんとすれど、飼主ありては心に任せず。今よりわれも頸輪を棄て、御身と共に失主狗とならん」ト、いふを黄金丸は押止め、「こは漫なり鷲郎ぬし、わがために主を棄る、その志は感謝けれど、これ義に似て義にあらず、かへつて不忠の犬とならん。この儀は思ひ止まり給へ」「いやとよ、その心配は無用なり。某猟師の家に事へ、をさをさ猟の業にも長けて、朝夕山野を走り巡り、数多の禽獣を捕ふれども。熟ら思へば、これ実に大なる不義なり。縦令ひ主命とはいひながら、罪なき禽獣を徒らに傷めんは、快き事にあらず。彼の金眸に比べては、その悪五十歩百歩なり。此をもて某常よりこの生業を棄てんと、思ふこと切なりき。今日この機会を得しこそ幸なれ、断然暇を取るべし」ト。いひもあへず、頸輪を振切りて、その決心を示すにぞ。黄金丸も今は止むる術なく、「かく御身の心定まる上は、某また何をかいはん。幸ひなる哉この寺は、荒果てて住む人なく、われ曹がためには好き棲居なり。これより両犬此処に棲みてん」ト、それより連立ちて寺の中に踏入り、方丈と覚しき所に、畳少し朽ち残りたるを撰びて、其処をば棲居と定めける。