こがね丸

6話 上巻 第六回

1,686字 約3分 2001年12月22日 公開

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 (かく)て黄金丸は鷲郎(わしろう)と義を結びて、兄弟の約をなし、この古刹(ふるでら)を棲居となせしが。元より養ふ人なければ、食物も思ふにまかせぬにぞ、心ならずも鷲郎は、(なれ)(わざ)とて野山に(かり)し、小鳥など()りきては、(ようや)くその日の(かて)となし、ここに幾日を送りけり。

 或日黄金丸は、用事ありて里に出でし帰途(かえるさ)、独り畠径(はたみち)辿(たど)()くに、()見れば彼方(かなた)の山岸の、野菊あまた咲き乱れたる(もと)に、黄なる(けもの)(ねぶ)りをれり。(おおき)さ犬の如くなれど、何処(どこ)やらわが同種(みうち)の者とも見えず。近づくままになほよく見れば、耳立ち口(とが)りて、(まさ)しくこれ狐なるが、その尾の(さき)の毛抜けて醜し。この時黄金丸思ふやう、「さきに文角(ぶんかく)ぬしが物語に、聴水(ちょうすい)といふ狐は、かつてわが父月丸(つきまる)ぬしのために、尾の尖(かみ)切られてなしと聞きぬ。今彼の狐を見るに、尾の尖断離(ちぎ)れたり。恐らくは聴水ならん。阿那(あな)、有難や感謝(かたじけな)や。此処にて逢ひしは天の恵みなり。(いで)一噬(ひとか)みに……」ト思ひしが。有繋(さすが)義を知る獣なれば、眠込(ねご)みを噬まんは快からず。かつは誤りて他の狐ならんには、無益の殺生(せっしょう)なりと思ひ。やや近く忍びよりて、一声高く「聴水」ト呼べば、(くだん)の狐は打ち驚き、(まなこ)も開かずそのままに、一(けん)ばかり(けしと)んで、(あわただ)しく()げんとするを。逃がしはせじと黄金丸は、《おめき》叫んで追駆(おっかく)るに。彼方(かなた)の狐も一生懸命、(はた)の作物を蹴散(けち)らして、里の(かた)へ走りしが、()ある人家の外面(そとべ)に、結ひ(めぐ)らしたる生垣(いけがき)を、(ひらり)(おど)り越え、家の(うち)に逃げ入りしにぞ。続いて黄金丸も垣を越え、家の中を走り抜けんとせし時。六才(むつ)ばかりなる稚児(おさなご)の、余念なく遊びゐたるを、過失(あやまち)て蹴倒せば、(たちま)(わっ)と泣き叫ぶ。その声を聞き(つけ)て、稚児の親なるべし、三十ばかりなる大男、裏口より飛で(いり)しが。今走り出でんとする、黄金丸を見るよりも、さては此奴(こやつ)()みしならんト、思ひ(ひが)めつ(おおい)(いかっ)て、あり合ふ手頃の棒おつとり、黄金丸の真向(まっこう)より、骨も砕けと打ちおろすに、さしもの黄金丸肩を打たれて、「(あっ)」ト一声叫びもあへず、後に撲地(はた)と倒るるを、なほ続けさまに打ちたたかれしが。やがて太き麻縄(あさなわ)もて、犇々(ひしひし)(いまし)められぬ。その(ひま)に彼の聴水は、危き命助かりて、行衛(ゆくえ)も知らずなりけるに。黄金丸は、無念に堪へかね、切歯(はぎしり)して()え立つれば。「おのれ人間(ひと)の子を(きずつ)けながら、まだ飽きたらで(たけ)り狂ふか。憎き狂犬(やまいぬ)よ、今に目に物見せんず」ト、(ひき)立て曳立て裏手なる、(えんじゅ)の幹に(つな)ぎけり。

 倶不戴天(ぐふたいてん)の親の(あだ)、たまさか見付けて討たんとせしに、その仇は取り逃がし、あまつさへその身は僅少(わずか)の罪に縛められて邪見の(しもと)(うく)る悲しさ。さしもに猛き黄金丸も、人間(ひと)牙向(はむか)ふこともならねば、ぢつと無念を(おさ)ゆれど、(くや)し涙に地は掘れて、悶踏(あしずり)に木も動揺(ゆら)ぐめり。

 却説(かへつてと)く鷲郎は、今朝(けさ)より黄金丸が用事ありとて里へ行きしまま、日暮れても帰り来ぬに、漸く心安からず。幾度(いくたび)か門に出でて、彼方此方(かなたこなた)(ながむ)れども、それかと思ふ影だに見えねば。万一(かれ)が身の上に、怪我(あやまち)はなきやと思ふものから。「(かれ)元より尋常(なみなみ)の犬ならねば、無差(むざ)撲犬師(いぬころし)に打たれもせまじ。さるにても心元なや」ト、(しき)りに案じ煩ひつつ。虚々(うかうか)とおのれも里の(かた)呻吟(さまよ)ひ出でて、或る人家の(かたわら)(よぎ)りしに。ふと聞けば、垣の(うち)にて(あやし)(うめ)き声す。耳傾けて立聞けば、何処(どこ)やらん黄金丸の声音(こわね)に似たるに。今は少しも逡巡(ためら)はず。結ひ(めぐ)らしたる生垣の穴より、入らんとすれば生憎(あやにく)に、枳殻(からたち)の針腹を指すを、(かろ)うじてくぐりつ。声を知るべに忍びよれば。太き(えんじゅ)()(くく)り付けられて、蠢動(うごめ)きゐるは正しくそれなり。鷲郎はつと走りよりて、黄金丸を(いだ)き起し、耳に口あてて「(のう)、黄金丸、気を(たしか)に持ちねかし。われなり、鷲郎なり」ト、呼ぶ声耳に通じけん、黄金丸は苦しげに(こうべ)(もた)げ、「こは鷲郎なりしか。(うれ)しや」ト、いふさへ息も絶々(たえだえ)なるに、鷲郎は急ぎ縄を噬み切りて、身体(みうち)(きず)(ねぶ)りつつ、「怎麼(いか)にや黄金丸、苦しきか。什麼(そも)何としてこの状態(ありさま)ぞ」ト、かつ(いた)はりかつ尋ぬれば。黄金丸は身を震はせ、かく(いまし)められし事の由来(おこり)を言葉短に語り聞かせ。「とかくは此処を立ち退()かん見付けられなば命危し」ト、いふに鷲郎も心得て、深痍(ふかで)になやむ黄金丸をわが背に負ひつ、元入りし穴を抜け出でて、わが棲居(すみか)へと急ぎけり。

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