17話 悪魔の正体(1)
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やがて、刑事たちはしおしおとして、明智探偵や中村係長のいる、怪博士邸の書斎へ引きかえしてきました。明智の力によって、せっかく逮捕した怪盗を、あっけなく取りにがしてしまったものですから、申しわけなさに、刑事たちがしおれかえっているのもむりはありません。明智探偵は、ひじょうにざんねんそうなようすでしたが、なにぶん犯人が思いもよらぬ手段で、なわめをすりぬけたのですから、刑事たちをせめるわけにもいきません。それよりも、あの怪博士がいったいどこへ逃げ、どこへかくれたかをつきとめるのが、さしあたっての急務です。
明智探偵はすぐさま、刑事たちにするどい質問をあびせかけました。
「逃げる犯人と、追っかけるきみたちとの間は、はじめは十五、六メートルしかへだたっていなかったというのですね。それが、いくつめかの町かどをまがると、とつぜん消えうせたように見えなくなったというのは、おかしいじゃありませんか。どこかの家へ逃げこんだのじゃありませんか。」
「しかし、あいつの消えうせた付近の家は、あとで一軒一軒たたきおこして、庭などもしらべてみたのですが、どこにも人の逃げこんだ形跡がないのです。」刑事のひとりが、ふしぎでたまらないという顔つきで答えました。
「で、きみたちは犯人を追っかけているあいだに、通行人にはひとりも出あわなかったのですが。」
「はあ、どの町にも、まったく人通りはありませんでした。」
「思いちがいではありませんか。ほんとうにだれにも出あわなかったのですか。」明智は、なぜかその点をくどくたずねるのです。
「ええ、ひとりも出あいません……。しかし、ああ、そうそう、出あったといえば、ひとり出あった者がありました。夜番のじいさんです。われわれは、そのじいさんに犯人の逃げた方角をたずねたのですが、なんのかいもなかったのです。」
「え、夜番のじいさん? そいつは犯人の逃げた方角から歩いてきたのですか。」
「いいえ、夜番小屋の中にいたのです。われわれが外へよびだしてたずねたのです。」
「では、きみたちは、その夜番小屋の中へは、はいらなかったのですね。」
「ええ、むろんはいりゃしません。一秒でもおしいときですからね。」
「小屋の中をのぞいても見なかったのですか。」
「ええ、のぞきなんかしませんでした。しかし、どうしてそんなことを、おたずねになるのですか。犯人があの小屋の中にかくれていたとでもおっしゃるのですか。まさか、いくらおいぼれた夜番のじいさんでも、もし、犯人が小屋に逃げこめば、それを気づかぬというはずはありませんよ。」刑事は明智のみょうな質問を、少し腹だたしく感じたようすで答えました。
「いや、ぼくの考えているのは、そのぎゃくですよ。ぼくはそのとき、夜番のじいさんが、小屋の中のどこかにたおれていやしなかったかとうたがっているのです。」
「エッ、なんですって? じいさんはピンピンして、小屋の外へ出てきたのですよ。たおれているなんて……?」といいかけて、刑事はハッと顔色をかえました。名探偵のみょうな質問の意味を、このときやっと気づいたのです。
「では、あのじいさんがにせ者だったと……。」
「これは、ぼくの想像にすぎません。しかし、あいつならば、そういうきわどい芸当もやりかねないと思うのです。ともかく、急いでその夜番小屋へ行ってみましょう。」
そこで、明智探偵は中村係長といっしょに、四人の刑事の案内で夜番小屋にかけつけることになりました。小屋について、声をかけてみますと、中からはなんの返事もありません。さいぜんのじいさんは、もうそこにはいなかったのです。明智探偵はものをもいわず、ガラス戸を引きあけて中にふみこみました。そして、せまい小屋の中を、忙しく見まわしていましたが、土間のすみに、炭のあき俵が二つ三つ立てかけてあるのに気づきますと、いきなり、そのそばに近づき、あき俵をパッとはねのけました。
すると、おお、案のじょう、そのかげにひとりのじいさんが、服をはぎとられて、シャツ一枚になり、手足をしばられ、さるぐつわをはめられ、身動きもできず、ころがっているのが発見されたではありませんか。名探偵の推察がみごとに的中したのです。刑事たちの質問に答えたじいさんはにせ者で、そこにころがっていた老人こそ、ほんものの夜番だったのです。そのなわをとき、さるぐつわをはずしてやって、介抱しながらたずねますと、老人は、からだの痛みをさすりながら、さもくやしそうに、事のしだいを語りました。
老人がイスにかけたまま、ウトウト居眠りをしていますと、いきなりガラス戸があいて、ワイシャツの男がとびこんできたのだそうです。そしてうむをいわせず、じいさんにさるぐつわをはめ、着ていたボロ洋服をぬがせて手足をしばり、土間のすみへたおして、あき俵をかぶせてしまったのです。
そのワイシャツの男が、殿村の蛭田博士であったことは申すまでもありません。犯人はそうしてじいさんの洋服を身につけ、顔にすすをぬり、ソフト帽をまぶかにかぶって、とっさのあいだに変装を終わり、まんまと刑事たちをあざむきおおせたのです。夜のことではあり、あいては変装術にかけては天才のようなやつですから、刑事たちが、おいぼれじいさんとあなどって、つい見のがしてしまったのもむりはありません。
犯人の身につけていたワイシャツやズボンは、じいさんのころがっていた同じ土間のすみに、クシャクシャにまるめて投げすててありました。
「じつにざんねんなことをしました。ぼくが刑事諸君といっしょに、犯人を監視していれば、そんなことはおこらなかったのです。それを新聞記者にじゃまされてしまったものだから。」
明智探偵は刑事たちをせめようともせず、まるで自分の手ぬかりででもあったようにくやむのでした。
「いや、ぼくこそ申しわけないゆだんでした。ただちに全都に非常線をはって、草の根をわけても、あいつをとらえないではおきません。」
中村係長は、部下の刑事たちの責めをおって、わびるようにいうのです。
「しかし、おそらく、それはむだでしょう。中村君、あなたはあいつを何者だとお思いですか。」
「何者といっても、殿村探偵に化けていた蛭田博士ではありませんか。」係長は、けげんらしく、明智の顔をながめて答えました。
「ところが、その奥に、もうひとりのおそろしいやつがかくれているのです。殿村や蛭田博士なれば、逃がしたとても、さしてくやむことはありません。誘かいされた子どもたちも、機密文書も、取りかえしたのですからね。しかし、殿村というのも、蛭田博士というのも、あいつのかりの姿にすぎないのです。あいつはそんななまやさしい悪者ではないのです。」
「エッ、なんですって? それじゃあ、あいつは、まだほかにも何か大罪を犯していると、おっしゃるのですか。」
「中村君、こんどの事件には、ひどくつじつまのあわぬ点があるのを、お気づきでしょう。殿村もそれをただ一つの武器にして、ぼくに食ってかかりましたが、なぜ犯人が犯人自身の罪をあばいたかということです。蛭田博士が殿村に化けて、せっかくかくしておいた子どもたちや機密文書のありかを、わざわざ発見してみせたかということです。これをどう解釈すればいいでしょう。
答えはただ一つです。あいつはふくしゅうしたかったのです。」
「エッ、ふくしゅうですって? いったいなんのうらみで、だれにふくしゅうしたいというのですか。」
明智の意外なことばに、中村係長はびっくりして、聞きかえしました。
「ぼくたちにです。ぼくと少年探偵団にです。」
「エッ、少年探偵団に。」
「そうです。少年探偵団のことは、あなたもむろんごぞんじでしょうが、考えてごらんなさい。蛭田博士に誘かいされた四人の少年は、残らず少年探偵団の有力な団員ではありませんか。」
「ああ、そうでした。それはぼくも知らぬではなかったのですが、しかし……。」
「あいつはもうちゃんと目的をはたしてしまったのです。目的をはたしたからこそ、少年たちは、われわれの手に返す気になったのです。その目的とはなんであったかといえば、あの子どもたちを思うぞんぶん苦しめることでした。あいつは蛭田博士という、うすきみの悪い怪人物に化けて、子どもたちをとりこにし、さんざんこわがらせ、いじめぬいたのです。それであいつのふくしゅうの目的は、じゅうぶん達したわけなのです。」
「しかし、あの機密文書は?」
「あれも少年探偵団をこらしめる手段にすぎません。団員の少年だけでなく、その一家を苦しめて、ざまをみろと言いたかったのです。ちょうど相川泰二君の家に、技師長のおとうさんには命にもかえがたい重要文書が保管されていたので、得たりかしこしと、それをぬすみださせて、相川一家を不幸のどん底におとしいれたのです。もしほかの少年たちの家にも、あれほどたいせつな品物があったら、きっとぬすみだしていたことでしょうが、さいわいにそんな重大な品物がなかったのです。」
「すると、あの機密文書は、スパイに売りわたすためにぬすんだのではなかったのですか。」
「そうですよ。もし金にかえるのが目的だったら、何を苦しんで、自分自身でそのかくし場所をあばいたりするでしょう。あいつは新聞などで、おそるべきスパイだとか、国賊だとかいわれていましたが、それだけは無実の罪です。」
「すると、犯人はただ少年探偵団員をいじめたいばっかりに、あんなことをしたとおっしゃるのですね。しかし、それなれば、なにも危険をおかして探偵に化けたりして、子どものかくし場所をあばいたりする必要はないじゃありませんか。あのままほうっておけば、子どもたちはもっと苦しむわけですからね。」
「ところが、そうしていられない事情がおこったのです。」
「といいますと?」
「ぼくがこの事件の探偵を引きうけたことが、あいつにわかったからです。あいつはぼくの実力を知っています。ぼくが事件を引きうけたからには、遠からず蛭田博士のかくれがが発見され、子どもたちもとりもどされるかもしれないと考えたのです。あいつは、相川君たち四人だけでなく、少年探偵団員ぜんぶを同じようなひどいめにあわせようと考えていたらしく思われます。ところが、ぼくが事件に関係して、にわかに蛭田博士の身辺があやうくなったものだから、ほかの少年たちを誘かいすることはあきらめて、そのかわりに、こんどはぼく自身にたいしてふくしゅうしようとしたのです。
しかし、いくらあいつでも、まさかぼくを誘かいすることはできませんが、そんなことをしないでも、ぼくをいじめる手段はちゃんとあるのです。ぼくは探偵事業を生命としているものです。そして、名探偵とかなんとかいわれているものです。そのぼくが、もしべつの私立探偵と競争して、むざむざ敗北したならば、こんな痛快なふくしゅうはないじゃありませんか。ぼくの探偵としての名声は、その日からうしなわれ、そのべつの探偵がかわって名探偵の名をほしいままにするわけですからね。ぼくとして、これほどつらいことはありません。
あいつはそこへ気がついたのです。そして、あんなせむしの探偵に化けて、ぼくに競争をいどみ、ぼくの鼻をあかそうとたくらんだのです。自分でかくしておいたものを、自分でさがしだしてみせるのですから、こんなたやすいことはありません。あいつは、確実にぼくをうち負かすことができるのです。
少年たちを、さんざんいじめて、目的をたっしてしまった。その少年たちのかくし場所を利用して、こんどはぼくをいじめようというのです。なんとうまい思いつきではありませんか。
もしぼくが、なんの用意もなく、あいつに立ちむかったならば、まんまと敵の思うつぼにはまったかもしれません。ところがぼくは小林君という、リスのようにすばしっこい助手を持っていました。その小林君を変装させ、殿村探偵を尾行させて、しゅびよく敵の裏をかくことができたのです。」
中村係長も刑事たちも、この明快な説明を聞いて、なるほどそうだったのかと、いまさらのように明智探偵の明察に感じいりましたが、しかし、まだどうもふにおちぬところがあります。
中村係長は、もどかしそうに両手をにぎりあわせながら、明智の言葉をさえぎって、質問しました。
「しかし、これほど世間をさわがせて、わが身の危険をおかしてまで、そんなふくしゅうをするというのは、いったい何者です。まるで気ちがいざたではありませんか。」
「そういうとっぴな気ちがいめいた犯罪者を、われわれはたったひとり記憶しているはずです。変装のたくみさといい、誘かいした子どもたちを傷つけなかった点といい、それに、まるで奇術師のようなやり口といい、ある人物をまざまざと思いださせるではありませんか。
少年探偵団というものが、どういうきっかけで組織されたか、また少年探偵団が、そんなにうらまれるほど苦しめた相手は、いったいだれであったかを、思いだしてごらんなさい。」
それを聞くと、中村係長はギョッとしたように、明智の顔を見つめました。
「おお、それじゃ、あなたは……。」
「そうですよ。ぼくはあの怪盗二十面相のことをいっているのです。」
明智探偵は、とうとう、そのおそろしい人物の名を口にしました。
ああ、怪盗二十面相。二十のまったくちがった顔を持っているといわれた、あの変装の名人、由緒ある美術品ばかりをねらって、金銭などには目もくれず、血を見ることがきらいで、ピストルや短刀などをほとんど使用したことのない、あの紳士盗賊。小説「怪人二十面相」や「少年探偵団」をお読みになった読者諸君は、その二十面相が、どんなふしぎな盗賊であったかを、よくごぞんじでしょう。
明智探偵は、せむしの殿村も、怪人物蛭田博士も、その二十面相の変装にすぎないというのです。
しかし、二十面相は「少年探偵団」の物語の最後で、地下室の火薬のたるに火をつけて、みずから爆死してしまったではありませんか。死んでしまった二十面相が、どうして蛭田博士や殿村に化けることができたのでしょう。
中村係長は、そんなばかなことが、といわぬばかりに、聞きかえしました。
「あなたはあの二十面相が、まだ生きているとでもおっしゃるのですか。」
「そうです。生きていたのです。今から考えてみると、ぼくたちは、あいつにまんまといっぱい食わされたのです。
あの爆発のとき、ぼくらは遠くへ逃げていたのですから、二十面相が死んだのを、直接この目で見たわけではありません。
あいつは逃げようと思えば、逃げることができたのです。そして、遠くから導火線で火薬を爆発させ、さも自殺したように見せかけることもできたのです。
そのしょうこに、あとで爆発の場所をしらべてみても、あいつの死がいらしいものは、どこにも見あたらなかったではありませんか。当時は、大爆発のために、粉みじんになってしまったのだろうと考えたのですが、じつはそうではなくて、あいつはわれわれの目をくらまして、こっそり逃げだしていたのです。」
「では、あなたは、さっきの青年の顔に見おぼえがあったのですか。あれが二十面相の素顔だったのですか。」係長は息をはずませて、明智探偵につめよりました。
「いや、見おぼえがあったのではありません。あいつは二十のちがった顔を持つといわれる怪物です。さっきの青年の顔もほんとうの素顔ではないかもしれません。あいつの素顔なんて、だれも知らないのです。」
「じゃあ、あなたは、何をしょうこに?」
「ざんねんながらしょうこはありません。しかし、あらゆる事情が、ぼくの考えを裏書きしているのです。二十面相でなくて、あれほど、とっぴな、ずばぬけた芸当のできるやつが、ほかにあろうとは思われません。ぼくは、確信しているのです。ぼくの長い探偵生活の経験が、それをはっきりぼくに教えてくれたのです。」
まさか、われわれの名探偵明智のことばに、まちがいがあろうとは思われません。すると、あの希代の変装魔二十面相は、やっぱり生きていたのでしょうか。ああ、なんということでしょう。あの怪物が、この東京のまんなかを大手をふって歩いていたなんて。
「二十面相とすれば、なおさらほうってはおけません。ぼくはすぐ警視庁に帰って、そのことを報告し、逮捕の手配をしなければなりません。」係長は、それほどの大物をとりにがしたくやしさに、地だんだをふまぬばかりです。
「いや、いまさらあわててもしかたがありません。相手が二十面相では、一度逃がしてしまっては、きゅうにとらえる見こみはないのですよ。あいつは今ごろは、どこか別のかくれがに身をひそめ、まったくちがった人間に化けて、ぼくらをあざわらっていることでしょう。
しかし、ご安心なさい。あいつはいつまでもかくれがにじっとしているはずはありません。今にまた、ぼくらに挑戦してきますよ。それだけが、あいつの生きがいなのですからね。ぼくらは、ただあいつが挑戦してくるのを、待っていればいいのです。こんどこそは逃がしませんよ。名探偵明智の名にかけて、きっと、とらえてお目にかけます。」明智は、何か心に期するところあるもののように、力強く言いきるのでした。
ちょうどそのとき、まるで明智の今のことばを裏書きでもするように、意外なことがおこりました。
「ここに、明智さんとおっしゃる方がおいででしょうか。」夜番小屋の外で、大声にわめいているのが聞こえました。
明智探偵は、それを聞きますと、何かハッとしたように緊張の色をうかべましたが、急いでガラス戸をひらいて、外のやみをのぞいて見ますと、そこに自動車の運転手らしい若い男が、手に折りたたんだ紙きれを持って立っていました。
「明智はぼくだが。」
「ああ、あなたですか。これをわたしてくれってたのまれたのです。」
運転手がさしだす紙きれを受けとって、小屋の電灯にかざして見ますと、それは手帳の紙を二枚切りとったもので、鉛筆でつぎのようにおそろしい文句が書きなぐってありました。
明智君、ひさしぶりだったねえ。
おれが生きていようとは、さすがのきみも意外だったろう。魔術師の腕まえはザッとこんなものさ。ところで、今夜は、きみのためにさんざんのめにあわされたね。ざんねんだが、おれの負けとしておこうよ。だが、最後のどたんばで、きみはあっけなく獲物を逃がしてしまったじゃあないか。明智君、これまでのところは、おれのふくしゅう事業の序幕にすぎないのだぜ。これからほんとうにおそろしいことが始まるのだ。きみも小林も、それから探偵団のチンピラどもも、首を洗って待っているがいい。今におれの知恵のおそろしさを堪能するほど見せてやるから。
生きている二十面相より