妖怪博士

18話 悪魔の正体(2)

4,420字 約9分 2016年8月14日 公開

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 ああ、やっぱり名探偵の推理はまちがっていなかったのです。それをいち早くみてとって、先手を打って名のって出た二十面相も、さすがではありませんか。この好敵手は、たがいにその心中の秘密を、手に取るように読みあっていたのです。

 使いの運転手は、その場から警視庁に連行され、げんじゅうな取りしらべをうけましたが、ただ道で出あったきたないじいさんから、千円の謝礼をもらって、何も知らず手紙をとどけたのだということがわかりました。

 かくして、名探偵と怪盗との知恵くらべのたたかいは、いよいよ本舞台にはいりました。正体をあらわした二十面相は、つぎにはどんなおそろしい悪だくみをするでしょう。ああ、なんだか、少年探偵団員たちの身のうえが、気づかわれるではありませんか。

 前回のできごとがあってから数日後の、ある夕方のことでした。少年探偵団員のひとり、小泉信雄(こいずみのぶお)という小学校六年生の少年が、学校からの帰り道、ただひとり、渋谷(しぶや)のある小さな公園の中を通りかかりました。

 小泉君は学校の野球チームの選手だものですから、その練習のために、こんなに帰りがおそくなったのです。

 ちょうど夕飯時なのと、もう人の顔も見わけられぬほど、うす暗くなっていますので、小さな公園の中はひじょうにさびしく、いつもは幼い子どもで、ウジャウジャしている、すべり台や砂場にも、人の影さえ見えません。

 小泉君は、その公園が近道だものですから、毎日通りぬけるのですが、こんなにさびしいのははじめてでした。あの大ぜいの子どもたちは、どこへかくれてしまったのだろうと、ふしぎに思われるほどでした。

 ところが、公園の中ほどまで歩いていきますと、そこのブランコの前に、五歳ぐらいの、おかっぱの女の子が、つっ立ったまま、両手を目にあてて、シクシク泣いているのに出あいました。

 人っ子ひとりいないうす暗がりの中で、おいてけぼりにでもあったように、さも、さびしそうに泣いている女の子を見ますと、なんだかかわいそうでたまりませんでした。

 小泉君はツカツカとそのそばによって、女の子の肩に手をかけ、そのかわいらしい顔をのぞきこみながら、声をかけました。

「どうしたの? なぜ泣いているの?」

 すると女の子は、目にあてていた両手をはなして、パッチリとしたお人形のような目で、小泉君を見あげ、泣きじゃくりながら、

「おうちがわかんないの。」と、かすかに答えるのです。

「ああ、まい子なんだね。きみひとりでこんなところへ来たの? だれかといっしょに来たの?」

「おじちゃんがいなくなったの。」

「ああ、おじさんといっしょに来て、どっかではぐれてしまったんだね。こまったなあ。きみんちいったいどこなの。遠いの?」

「ズーッとあっちなの。あたちわかんないの。」女の子は、もつれる舌でそういって、またシクシク泣きはじめました。

 こんな幼い子どもに、いくらたずねても、住所がいえるわけはありません。小泉君はこまってしまいましたが、もしやまい子札をつけてはいないかと、ふと気がついて、女の子のからだを見まわしますと、うまいぐあいにエプロンのわきの下のところに、小さな銀色のメダルのようなものがぶらさがっていて、それに「世田谷区(せたがやく)池尻町(いけじりちょう)二二〇 野沢愛子(のざわあいこ)」と()りつけてあるのを発見しました。

「池尻町ならばわけはないや。電車にのれば十分もかからないで行ける。よしっ、ぼくが送っていってあげよう。きみのおうちでは、どんなに心配しているかしれやしないんだからね。」小泉君は半分ひとりごとのようにつぶやいて、女の子の手を引きますと、急いで公園を出て、近くの停留場へ急ぎました。

 これが少年探偵団の精神なのです。犯罪者とたたかうばかりでなく、とくいの探偵眼を利用して、少しでも世間のためになることなら、喜んではたらくというのが、団員たちの日ごろの申しあわせなのでした。

 池尻町の停留場で電車をおりて、二百二十番地をさがしますと、愛子ちゃんのおうちは、ぞうさもなくわかりました。

 そのへんはいけがきでかこまれた、庭のひろい邸宅がならんでいる、さびしい町でしたが、そのいけがきにはさまれて高い板塀をめぐらした洋館の門に、野沢という表札が出ていたのでした。

 愛子ちゃんは、「ここよ。ここ、あたちのおうちよ。」とさけぶと、小泉君の手を引っぱって、大喜びで門の中へかけこみました。

 門をはいってみますと、さしてりっぱな建物ではありませんが、それでも、なかなか大きい木造の洋館がたっていました。庭などもひろいようすです。

 愛子ちゃんが、うれしさのあまり、大きな声をたてたものですから、おうちの人は早くも気づいたとみえて、玄関のドアがあくと、そこから五十歳ぐらいの、あごひげのある、りっぱな紳士の顔がのぞきました。

 それを見るやいなや、愛子ちゃんは、「おじちゃん!」とさけんで、いきなり、紳士の胸にとびついていきました。この人に連れられていて、まい子になったのにちがいありません。

「おお、愛子ちゃん、よく帰ってきたね。おじちゃんは、どんなに心配していたかしれやしないよ。」紳士はそういって、女の子の頭をなでていましたが、ふとそこに小泉君が立っているのに気づきますと、ニコニコして、声をかけました。

「ああ、きみが連れてきてくださったのですか。ありがとう、ありがとう。うちでは大さわぎをしていましてね。いま電話で警察へ捜索を願おうと思っていたところですよ。

 まあ、こちらへおはいりください。いろいろおききしたいこともあるし、お礼も申しあげたいし、立ち話もなんだから。ね、きみ、ちょっとこちらへはいってください。」

 小泉君は女の子を送りとどけてしまったら、もう用事はないのですから、そのまま帰ろうと思っていたのですが、紳士が玄関の外へ出てきて、手を取るようにしてすすめますので、それをふりきって帰るわけにもいかず、つい家の中へさそいこまれてしまいました。

 はいってみますと、まさかこの大きなおうちに、老紳士と愛子ちゃんとふたりきりで住んでいるのではないでしょうが、みょうなことに、おばさんも、女中も、書生も、だれも出てこないのです。家の中が、なんだかあき家のようにガランとしていて、へんにうそ寒いような感じなのです。いや、みょうなのは家ばかりではありません。老紳士の風采(ふうさい)がまた、ひどくかわっていました。半白(はんぱく)の長い頭髪をオールバックにして、ピンとはねた軍人のような口ひげと、三角に刈ったいかめしいあごひげをたくわえ、黒いふちの大きなロイドめがねをかけ、西洋の(ころも)とでもいった感じの、黒いダブダブした服を着ているのです。

 読者諸君は、この風采をお考えになっただけで、その紳士が何者であるか、もうお気づきのことと思います。お察しのとおり、それはあのおそろしい妖怪博士蛭田(ひるた)でした。いうまでもない、二十面相が化けているのです。

 しかし、小泉君は、蛭田博士の名は知りすぎるほど知っていましたけれど、会ったことは一度もないのですから、まさかそれがおそろしい二十面相の変装姿であろうとは、夢にも知らず、ただ、みょうなおじさんだなと感じたばかりでした。ああ、あぶない。小泉君はまんまと敵のわなにおちいったのを、まだ少しも気づいていないのです。二十面相は、小泉君を家の中にさそいいれて、いったい、何をしようとするのでしょうか。

 それにしても、いたいけな女の子を、わざとまい子にして、やすやすと小泉少年をおびきよせるとは、なんと心にくい手ぎわではありませんか。

「ほんとうにありがとう。わたしがどんなに感謝しているか、ことばにあらわせないほどですよ。もしきみが救ってくれなかったら、愛子はどんなおそろしいめにあっていたかしれません。人さらいというものは、今でもないとはいえませんからね。さあ、奥へ通ってください。奥の部屋で、ゆっくりお話しましょう。わたしは、きみのような活発な子どもさんが大すきなのですよ。わたしは、こうみえても、発明家でしてね。あるすばらしい機械の発明を完成したところなのです。それもきみにお目にかけたいのです。

 その機械は、奥のわたしの部屋においてあります。さあ、こちらへ。なにもえんりょすることはありません。きみは愛子を助けてくださった恩人なのですからね。」

 蛭田博士はさも好人物らしく、ニコニコと作り笑いをしながら、ネコなで声でそんなことをしゃべりつづけ、うしろから小泉君の背中をおすようにして、うす暗い廊下を奥へ奥へと連れていきました。

 廊下をグルグルまがってつきあたったところに、ふつうのドアよりはずーっと小さいみょうなひらき戸があります。蛭田博士はそれを外へグッとひらいて、小泉君に、先におはいりなさいという身ぶりをしました。

「さあ、この部屋です。これがわたしの研究室で、すばらしい機械がおいてあるのです。さあ、どうぞ。」

 いわれるままに、小泉君はついうかうかと、先に立ってその部屋へはいってしまいました。

 見れば、なんというへんてこな部屋でしょう。二メートル四ほうほどのごくせまい場所でイスもテーブルもなく、みょうなことに、四ほうの壁も天井も床板も、すっかり鉄板ではりつめてあるのです。その鉄ばりの壁のいっぽうのすみに、小さなくぼみができていて、そこに自動車のルーム・ランプのような、豆電球が光っています。

「その機械ってどこにあるんですか。この部屋には何もおいてないじゃありませんか。」小泉君がふしんそうにあたりを見まわしてたずねますと、まだ部屋の外にいた蛭田博士はひらき戸を半分しめて、その間からニューッと顔をつきだしながら、とつぜん、今までとはまるでちがった声を出しました。

「きみはその機械が見えないかね。きみの今はいっている部屋そのものが、一つのすばらしい機械なのだよ。わしの大発明さ。ハハハ……。」らんぼうなことばに、オヤッと思ってふりむきますと、博士の顔までが、うってかわったうすきみの悪い形相でした。

「おじさんは、どうしてそんなところにいるんです。なぜ部屋の中へ、おはいりにならないんです。」小泉君はひじょうな不安を感じて、なじるようにたずねました。

「なぜはいらないかって? フフフ……、わしは命がおしいからさ。自分で発明した機械だけれど、そこへはいるのがこわいのだよ。フフフ……、きみは勇気のある子どもだ。ひとつわしの発明した機械のあじをためしてくれたまえ。そこにじっとしているとね、今におもしろいことがはじまるんだよ。まあ楽しみにして待っているがいい。フフフ……。」

「エッ、なんですって。じゃ、きみはぼくをここへとじこめるつもりですか。きみはだれです。きみはいったいだれです。」小泉君は、いきなりドアのところへとびついていって、怪紳士をおしのけようとしましたが、そのとき早くも、ドアは、ピッタリと外からしめられ、かぎをかける音がカチカチと聞こえてきました。

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