4話 一、その生立
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修行も未熟、思慮も足りない一人の昔の女性がおこがましくもここにまかり出る幕でないことはよく存じて居りまするが、斯うも再々お呼び出しに預かり、是非くわしい通信をと、つづけざまにお催促を受けましては、ツイその熱心にほだされて、無下におことわりもできなくなって了ったのでございます。それに又神さまからも『折角であるから通信したがよい』との思召でございますので、今回いよいよ思い切ってお言葉に従うことにいたしました。私としてはせいぜい古い記憶を辿り、自分の知っていること、又自分の感じたままを、作らず、飾らず、素直に申述べることにいたします。それがいささかなりとも、現世の方々の研究の資料ともなればと念じて居ります。何卒あまり過分の期待をかけず、お心安くおきき取りくださいますように……。
ただ私として、前以てここに一つお断りして置きたいことがございます。それは私の現世生活の模様をあまり根掘り葉掘りお訊ねになられぬことでございます。私にはそれが何よりつらく、今更何の取得もなき、昔の身上などを露ほども物語りたくはございませぬ。こちらの世界へ引移ってからの私どもの第一の修行は、成るべく早く醜い地上の執着から離れ、成るべく速かに役にも立たぬ現世の記憶から遠ざかることでございます。私どもはこれでもいろいろと工夫の結果、やっとそれができて参ったのでございます。で、私どもに向って身上噺をせいと仰ッしゃるのは、言わば辛うじて治りかけた心の古疵を再び抉り出すような、随分惨たらしい仕打なのでございます。幽明の交通を試みらるる人達は常にこの事を念頭に置いて戴きとう存じます。そんな訳で、私の通信は、主に私がこちらの世界へ引移ってからの経験……つまり幽界の生活、修行、見聞、感想と言ったような事柄に力を入れて見たいのでございます。又それがこの道にたずさわる方々の私に期待されるところかと存じます。むろん精神を統一して凝乎と深く考え込めば、どんな昔の事柄でもはっきり想い出すことができないではありませぬ。しかもその当時の光景までがそっくりそのまま形態を造ってありありと眼の前に浮び出てまいります。つまり私どもの境涯には殆んど過去、現在、未来の差別はないのでございまして。……でも無理にそんな真似をして、足利時代の絵巻物をくりひろげてお目にかけて見たところで、大した価値はございますまい。現在の私としては到底そんな気分にはなりかねるのでございます。
と申しまして、私が今いきなり死んでからの物語を始めたのでは、何やらあまり唐突……現世と来世との連絡が少しも判らないので、取りつくしまがないように思われる方があろうかと感ぜられますので、甚だ不本意ながら、私の現世の経歴のホンの荒筋丈をかいつまんで申上げることに致しましょう。乗りかけた船とやら、これも現世と通信を試みる者の免れ難き運命――業かも知れませぬ……。
私は――実は相州荒井の城主三浦道寸の息、荒次郎義光と申す者の妻だったものにございます。現世の呼名は小櫻姫――時代は足利時代の末期――今から約四百余年の昔でございます。もちろんこちらの世界には昼夜の区別も、歳月のけじめもありませぬから、私はただ神さまから伺って、成るほどそうかと思う丈のことに過ぎませぬ。四百年といえば現世では相当長い星霜でございますが、不思議なものでこちらではさほどにも感じませぬ。多分それは凝乎と精神を鎮めて、無我の状態をつづけて居る期間が多い故でございましょう。
私の生家でございますか――生家は鎌倉にありました。父の名は大江廣信――代々鎌倉の幕府に仕へた家柄で、父も矢張りそこにつとめて居りました。母の名は袈裟代、これは加納家から嫁いでまいりました。両親の間には男の児はなく、たった一粒種の女の児があったのみで、それが私なのでございます。従って私は小供の時から随分大切に育てられました。別に美しい程でもありませぬが、体躯は先ず大柄な方で、それに至って健康でございましたから、私の処女時代は、全く苦労知らずの、丁度春の小禽そのまま、楽しいのんびりした空気に浸っていたのでございます。私の幼い時分には祖父も祖母もまだ存命で、それはそれは眼にも入れたいほど私を寵愛してくれました。好い日和の折などには私はよく二三の腰元どもに傅れて、長谷の大仏、江の島の弁天などにお詣りしたものでございます。寄せてはかえす七里ヶ浜の浪打際の貝拾いも私の何より好きな遊びの一つでございました。その時分の鎌倉は武家の住居の建ち並んだ、物静かな、そして何やら無骨な市街で、商家と言っても、品物は皆奥深く仕舞い込んでありました。そうそう私はツイ近頃不図した機会に、こちらの世界から一度鎌倉を覗いて見ましたが、赤瓦や青瓦で葺いた小さな家屋のぎっしり建て込んだ、あのけばけばしさには、つくづく呆れて了いました。
『あれが私の生れた同じ鎌倉かしら……。』私はひとりそうつぶやいたような次第で……。
その頃の生活状態をもっと詳しく物語れと仰っしゃいますか――致方がございませぬ、お喋りの序でに、少しばかり想い出して見ることにいたしましょう。もちろん、順序などは少しも立って居りませぬから何卒そのおつもりで……。