怪奇四十面相

8話 空にうく怪人

2,107字 約4分 2016年5月13日 公開

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 塔の屋根のしたの部屋には、数人の警官がつめかけて、窓から身をのりだし、上のほうをにらみつけて、くちぐちに、なにかさけんでいますが、屋根のでっぱりが、じゃまになって、四十面相のすがたを見ることができません。

 その部屋の天井には、屋根への出入り口があり、そこへ鉄のはしごが、かかっていたのですが、四十面相は、まえもって、そのはしごをとりはずし、どこかへかくしてしまい、屋根への出入り口は、上からふたをして、ひらかぬようにしておいたのです。ですから、警官たちは、すぐ頭のうえに四十面相がいることを知りながら、どうすることもできないのでした。

「はしごだ。だれか、はしごを持ってこい。それから、長い(かな)てこを持ってくるんだ。そして、はしごにのぼって、屋根への出入り口を、たたきこわすんだ。」

 ひとりのおもだった警官がさけぶと、若いふたりの警官が階段をかけおりていきましたが、しばらくすると、木のはしごと、長い金てこを持って、もどってきました。

 すぐさま、はしごがかけられ、強そうな、若い警官が、金てこをもって、その頂上に、のぼりつきました。

 ドシン、ドシンと、天井に金てこがあたるたびに、くぎでうちつけた出入り口のふたが、ギイギイと音をたてて、すこしずつ、ひらいていきます。

 ああ、さすがの四十面相も、いよいよ運のつきです。もうどこにも逃げる場所がありません。出入り口がひらいて、そこから警官隊が屋根の上にのぼってくれば、いくら四十面相が強くても、あいては、おおぜいです。とても、かなうものではありません。

 といって、塔の上から、とびおりたら、骨がくだけてしまいます。絹糸のなわばしごはありますが、それをつたっておりるにしても、下には、たくさんの警官がまちかまえているのですから、たちまち、つかまってしまいます。

 もう、ぜったいぜつめいです。逃げても、逃げなくても、つかまるにきまっているのです。

 ところが、そのとき、じつにふしぎなことが、おこりました。どうしても、逃げられっこない四十面相が、まんまと逃げたのです。思いもよらないやりかたで、みごと逃げてしまったのです。いったい、それは、どんなやりかただったのでしょうか。

 まだ、塔の屋根の出入り口が、すっかりひらききらないまえでした。劇場のまえに、むらがっている、地上の群集から、「ワーッ、ワーッ。」という声が、わきおこりました。

 それまで、地上の群集は、探照灯にてらしだされた塔の上を、息をころしてみつめていました。「いまに、警官たちが屋根へのぼっていくだろう。そうすれば、塔の上の大とり物が、はじまるのだ。それを見のがしてなるものか。」と、目をさらのようにしてみつめていました。

 すると、塔の上の空中に、なにかユラユラとゆれているのが見えました。夜といっても、空はうす明かるく、そこに黒い小さなものが、ブランコのように、ユラユラしているのが、ぼんやりと、見えたのです。

 消防車の探照灯係も、それに気づいたとみえ、強いひかりが、そのゆれているものに、パッと、むけられました。

 おお、ごらんなさい。まっ黒なすがたの四十面相が、塔の屋根をはなれて、空へのぼっていくではありませんか。なにかにひかれるように、夜の空高く、ズンズンのぼっていくのです。

「やあ、アドバルーン(広告気球)だ。アドバルーンにぶらさがっているのだ。」

 だれかが、さけびました。夜空を、まるいふうせんが、ユラユラとのぼっていたのです。探照灯がそれをてらしだしました。大きなふうせんから、つながさがり、そのつなに、赤い布でつくった透、明、怪、人という大文字がむすびつけてあります。「透明怪人」劇のアドバルーンなのです。

 アドバルーンは、塔の屋根から、つなで空にういていたのですが、四十面相はそのつなを切って、赤い布の大文字にすがりつき、大ふうせんのとびさるままに、身をまかせたのです。

 ちょうどガスをつめたばかりで、大ふうせんは、はちきれんばかりに、ふくらんでいます。そして、グングン空へのぼっていくのです。

 探照灯の白いひかりが、それを追っかけ、まるいふうせんは銀色に光っています。その下にさがっている赤い布の大文字、その大文字にとりすがっている、まっ黒な怪人四十面相のすがた。

 探照灯のひかりのなかの、銀色のたまは、だんだん小さくなっていきます。夜空を高くたかく、どこまでものぼっていくのです。

 もう四十面相のすがたは、見えなくなりました。大文字さえも見えなくなりました。

 そして、あの大ふうせんが、野球のボールのように、小さくなってしまいました。

 じつに、いのちがけの冒険です。アドバルーンのガスは、すこしずつ、もれていきます。いつかはふうせんがしなびてくるのです。そして浮く力がなくなり、やがて落下するにきまっています。それがもし、ひろい海の上だったら、どうするのでしょうか。

 そうでなくて、陸におちても、やっぱり同じことです。もう、四十面相のことは、日本じゅうの警察に知れわたっているのですから、どこに落ちても、たちまち、つかまってしまいます。

 四十面相は、いったい、どうするつもりなのでしょうか。

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