15話 空飛ぶ超人
読み方を変える
お話かわって、やはりそのころの、ある夜のことでした。
少年探偵団のおもな少年たち十人が、芝公園の森の中にあつまっていました。
その十人のなかには、小林団長と、中学二年の白井保君もまじっていました。白井君は銀座の白井美術店の子どもなのです。読者諸君はこの白井保君の名を、どこかで読まれたでしょう。ひとつ思いだしてみてください。
少年たちは小林団長のまわりを、まるくとりかこんでいました。空には満月にちかい月がさえて、みんなの顔を青白くてらしています。
「こんやここにあつまったのは、この森の中におこる、ふしぎなできごとを見るためです。きみたちは、映画やテレビで、アメリカのスーパーマンが空を飛ぶのを見たことがあるでしょう。あれとよくにたスーパーマンが、日本にもあらわれたのです。
ここにいる白井保君が、そのスーパーマンの空を飛ぶところを見たのです。そして、その人と話をしました。その人は、超人ニコラ博士と名のったそうです。」
「あ、超人ニコラ……。」
「ニコラ博士……。」
少年たちが、口々に、つぶやきました。超人ニコラ博士の名は、いつとはなく、少年探偵団員たちに知れわたっていたのです。
「ニコラ博士は白井君に約束しました。こんや八時に、芝公園のこの森の中に飛んでくるから、少年探偵団の友だちをさそって見にくるがいいといったそうです。
ぼくも、べつのときに、ニコラ博士にあったことがあります。そのとき、博士は長い白ひげを胸にたれた老人でした。しかし、博士のほんとうの姿はわかりません。自由に顔かたちをかえることができるからです。あるときは人形のような顔をしていたといいます。白井君があったときには、どんな顔をしていたのですか。」
「まっかな顔をしていました。かみの毛も、まゆ毛も白くて白いひげをはやしていました。むかしの絵にあるテングにそっくりでした。」
「そうだ、日本のテングも空を飛ぶことができた。だから、博士はテングの姿になって、飛んでみせるのだよ。」
ニコラ博士が、どういう悪事をはたらいているか、少年たちには、まだよくわかりません。ですから、これを警察に知らせて、博士をつかまえるということは、考えてもみないのでした。それよりも、スーパーマンが空を飛ぶのを、見たくてたまらなかったのです。
「いま七時五十分だ。森の中にはいって、まつことにしよう。月の光であかるいから、空飛ぶ博士が、よく見えるだろう。」
十人の少年たちは、ゾロゾロと森の中にはいっていきました。高い木が立ちならんでいるあいだに、まるい空地があります。
「約束の場所は、ここだよ。」
白井君がそういって、みんなの歩くのをとめました。
十人は空地の一方のすみに、ひとかたまりになって、ボソボソと、ささやきあっています。
「八時五分前だよ。」
小林団長が、腕時計を月の光にすかして見ながら、いいました。
もうあと四分、……三分、……二分、……一分。八時はまたたくまに、ちかづいてきました。
「あっ、飛んでくる。ほら……。」
ひとりの少年が、空を指さして、さけびました。
ああ、ごらんなさい。むこうの空から、一直線に飛んでくるのです。黒いマントを、コウモリの羽のようにひるがえし、フサフサとした白ひげを風になびかせながら、両手をまっすぐ前につきだして、水の中をおよぐように、こちらへ、ちかづいてくるのです。
「あっ、赤い顔してる。でっかい鼻がついている。テングさまそっくりだ。」
もう、そこまで見わけられるのです。
空飛ぶ超人は、一本の高いスギの木のてっぺんにちかづくと、そのこずえの枝に、こしかけました。
「あなたは、ニコラ博士ですか。」
白井君が、大きな声でたずねました。
「そうだよ。きみたちは少年探偵団だね。」
「そうです。ここへおりてきませんか。」
こんどは、小林団長がさけびました。
「きみは、小林君だね。」
「そうです。」
「じゃあ、そこへいくよ。」
ニコラ博士は、サルのように、木の枝をつたいながら、少年たちのそばにおりてきました。
ほんとうに、まっかなテングさまの顔です。頭には、針金のような白いかみの毛が、モジャモジャとみだれています。
肩から黒いマントをヒラヒラさせて、その下には、ピッタリ身についた黒いシャツとズボンをはいているようです。
少年たちは、そのぶきみな姿に、思わず、あとじさりをしました。
「わしは、きみたちのような少年がすきだ。なにもしないから、こわがることはない。さあ、わしについて、こちらへくるがいい。きみたちに、おもしろいものを見せてやるよ。」
こわい顔をしていますが、いうことはやさしいので、少年たちは、だんだんニコラ博士のほうへ、ちかよっていきました。
すると、博士は、
「さあ、わしについてくるのだ。」
といいながら、森のおくへと、はいっていきます。
十人の少年たちは、あとにつづきました。枝がしげりあっているので、月の光もささず、そのへんはもうまっくらです。
ニコラ博士は、フワフワと、宙にうくように、歩いていきます。やみのなかでも、博士の姿だけは、クッキリと見えるのです。
「あっ。」
びっくりするようなさけび声が、ひびきわたりました。ひとりや、ふたりの声ではありません。十人の少年が、一度にさけんだような、おそろしい声でした。
少年たちの足の下の地面が、消えてしまったのです。あっというまに、十人のからだが、下へおちていきました。
ドシンと、しりもちをついたところは、木の葉がいっぱいたまっていて、それほどいたくはありませんでした。
しかし、それはふかい穴の底で、とても、はいあがることはできません。
「ワハハハハ……、ざまあみろ。少年探偵団は、なまいきにも、わしの正体を探偵しようとした。わしにはそれがちゃんとわかっていたので、ちょっと、おかえしをしたんだよ。ワハハハハ……、いいきみだ。いつまでも、その穴の中でくるしむがいい。」
ニコラ博士の笑い声は、だんだん、上のほうへ、とおざかっていきました。さっきのスギの木にのぼっていったのでしょう。
それからしばらくすると、スギの木のてっぺんから、大きなコウモリのようなものが、月夜の空へ飛びたっていくのが、ながめられました。むろん超人ニコラ博士の飛行姿です。
十人の少年がおちこんだのは、ニコラ博士が、まえもってこしらえておいた、おとし穴でした。大きな穴の上にかれ枝をならべ、その上に木の葉をつみかさねて、穴とわからないようにしてあったのです。
少年たちは、なかまの背中にのって、やっと穴の外にはいだし、こんどは、その上から手をのばして、なかまの少年たちを、ひっぱりあげるというやりかたで、とうとう、みんなが穴の外に出ることができました。
それにしても、少年たちを、ここにつれだしたのは小林団長と白井保君でした。このふたりが、とっくににせものにかわっていることは、読者諸君がよくごぞんじですね。にせものは、つまり博士の手下ですから、少年たちをくるしめる手びきをしたのは、あたりまえです。