3話 窓の顔
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玉村君は、すこしもおぼえのないことでした。
「ねえ、松井君、ぼくとまったくおなじ顔のやつが、どっかにいるんだよ。あの映画のハチ公のそばに立っていたのも、けっしてぼくじゃない。また、きみの見たスリの少年も、むろん、ぼくじゃない。きみでさえ、まちがえるほど、ぼくとそっくりのやつが、いるのにちがいない。ぼくはなんだか、心配だよ。いまのところは、そいつは、ぼくとなんのかんけいもないけれども、そいつがなにかわるいことをして、その罪を、ぼくにきせようとすれば、きせられるんだからね。」
玉村君はそういって、考えこんでしまいました。
「まさか……。」
松井君は、玉村君をげんきづけるようにいいました。が、心の中では、玉村君の心配は、むりではないとおもっているのでした。
それから、しばらく話したあとで、ふたりはわかれて、それぞれのうちへかえりましたが、それは、学校がひけて、一時間もたったころでした。
玉村君がうちにかえってみますと、そこにはじつにおそろしいことが、まちかまえていたのです。
「ただいま。」といって、玄関にはいると、ちょうどそこに、ねえさんの光子さんが立っていました。
「あらっ、またかえってきたの?」
「えっ、またって?」
「だって、もうさっき学校からかえって、お部屋でおやつをたべたじゃありませんか。わたしがコーヒーとお菓子をもってってあげたら、うまいうまいって、たべたじゃないの。いつのまに、外へ出ていったのよ。そして、学校の道具なんかもって、またかえってくるなんて、どうかしてるわ。」
それをきくと、玉村銀一君は、ゾーッとしました。
「ねえさん、ぼくをかつぐんじゃないだろうね。」
銀一君は、しんけんな顔で、ねえさんをにらみつけました。
「おおこわい。なんてこわい顔するの? 銀ちゃんをかついだって、しょうがないわ。たしかに、さっきかえったから、かえったっていうのよ。」
銀一君は、それにはこたえず、くつをぬぐのももどかしく、おそろしいいきおいで、自分の勉強部屋へ、かけていきました。
ドアをあけて、とびこんでみると、ああ、やっぱり、そこには、机の上にからになった菓子ざらとコーヒーの茶わんがのっていたではありませんか。
「あいつがきたのだ。そして、ぼくがかえったのを知ると、大いそぎで、窓からにげだしたのだ。」
ここからにげたといわぬばかりに、窓のガラス戸が、あけはなしになっていました。銀一君は、いそいで、窓の外をのぞきますと、そこの地面に、大きな足あとが、いくつものこっているではありませんか。
しらべてみると、本箱の本のおきかたが、かわっています。あいつが本を動かしたのでしょう。机のひきだしをあけてみると、どのひきだしも、みんな、あいつがいじったらしく、紙などのかさねかたが、ちがっています。
じぶんとそっくりのやつが、うちへはいってきて、おやつをたべたり、本箱や、机のひきだしを、かきまわしたかとおもうと、なんともいえない、いやあな気がしました。
すぐに茶の間へとんでいって、おかあさんに、このことを知らせましたが、あんまりへんなことなので、おかあさんも、どうしていいかわかりません。おとうさんが、お店からおかえりになったら、よく相談しましょうと、おっしゃるばかりでした。
しばらくして、銀一君は、勉強部屋にかえって本を読んでいました。もう夕ぐれで、庭はうすぐらくなっています。おやっ、あれはなんでしょう。
本を読んでいる目のすみに、チラッと、動いたものがあります。窓の外でなにかが動いたのです。ハッとして、そのほうを見ると、さっきしめた窓ガラスに、自分の顔がうつっていました。
しかし、なんだか角度がへんです。あんなところに、ぼくの顔がうつるかしら……あっ、もしかしたら! 銀一君はギョッとして立ちあがると、窓ガラスへ近づいていきました。
やっぱりそうでした。ガラスにうつっているのではなくて、ガラスのむこうがわに、自分の顔があるのです。自分の顔ではない、自分とそっくりのやつが、ガラスの外から、のぞいていたのです。
十秒ほど、ガラスをへだてて、まったくおなじ二つの顔が、じっとにらみあっていました。じつに、なんともいえない、へんてこな光景でした。