7話 人間いれかえ
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「こっちへいらっしゃい。ふたりならんで、鏡の前に立ってみるのよ。」
こじき姿の光子さんが、光子さんの服をきたこじきむすめの手をとって、鏡の前につれていきました。
「あらっ、あんた、あたしとそっくりだわ。そして、あたしは、あんたとそっくりね。だれにも見わけられないわ。」
「わたし、うれしいですわ。こんなきれいなおじょうさんになれたんですもの。でも、いけませんわ。だれかに見られるとたいへんですわ。はやく服をとりかえましょうよ。」
「なあに、いいのよ。みんなをびっくりさせてやりたいわ。ね、あんた、もっとぐっとおすまししてね、あちらへいって、書生や女中に、なにかいってごらん。お紅茶をもってくるようにいいつけてもいいわ。そして、だれにもうたがわれないで、ここにかえってきたら、そうね、なにかごほうびをあげるわ。おこづかいをあげてもいいわ。」
光子さんは、このいたずらが、たのしくてたまらないという、顔つきです。
「だって、わたし、こわいわ。きっとみつかりますわ。」
光子さんとそっくりのこじきむすめは、なかなか決心がつかないらしいのです。
「みつかるもんですか。ほら、鏡をごらんなさい。ね、あんた、あたしとそっくりだわ。だいじょうぶよ。さあ、いっていらっしゃい!」
光子さんは、そういって、こじきむすめを、ドアのところにつれていくと、グッと、廊下に、おしだしてしまいました。にせものの光子さんは、しかたなく、廊下を歩いていきます。
一つかどをまがると、むこうから書生がやってくるのに、パッタリであいました。こじきむすめは、びっくりして、にげだしたでしょうか。
いや、いや、そのとき、じつにおそろしいことがおこったのです。ほんとうの光子さんが、まるで考えてもいなかったことが、おこったのです。こじきむすめは、いきなり、書生のそばにかけよりました。そして、こんなことをさけんだのです。
「はやくきて! たいへんなのよ。あたしの部屋に、こじきの子が、はいっているのよ。はやく、あれをおいだしておくれ。」
光子さんになりすましたこじきむすめが、とほうもないことを、いいだしたのです。
書生は、すこしもうたがわず、このことばをまにうけてしまいました。
「えっ、こじきが? おじょうさんのお部屋に? とんでもないやつだ。ここにまっていらっしゃい。すぐにつかみだしてやりますから。」
書生は、いきなり、かけだして、光子さんの部屋に行ってみますと、黒い顔をした、きたないこじきが、鏡の前にこしかけて、じぶんの顔をうつしながら、にやにや笑っているではありませんか。
「こらっ、きさま、どうしてここにはいってきたんだ。はやく出ていけ。ぐずぐずしていると、警察にひきわたすぞっ。」
いくらどなっても、あいては、へいきな顔をして、こんなことをいうのです。
「あらっ、なにをそんなにおこっているの? ちょっといたずらをしてみたのよ。おこることはないわ。」
書生は、光子さんのことばのいみを、とりちがえました。
「ばかっ、ちょっといたずらに、部屋の中にはいられてたまるかっ。さあ出ろ。出なければ、こうしてやるぞっ。」
書生は、こじきむすめ(ほんとうの光子さん)の首すじをつかんで、窓のそばにつれていき、いきなり、窓の外に、つきおとしてしまいました。
こじきむすめは、窓の下にころがって、からだじゅう、砂まみれになりました。
「青木っ、なにをするの。あたしをだれだと思っているの。」
光子さんは、やっとおきあがると、窓からのぞいている書生に、せいいっぱいの声で、どなりつけました。青木というのは、書生の名です。
「なまいきいうなっ。だれとも思っていない。こじきだと思っているよ。さっさと出ていけ。出ていかないと、もっと、いたいめをみせてやるぞっ。」
書生は、いまにも、窓からとびだしてきそうないきおいです。
光子さんは、ただどなっていたってしかたがない、わけをはなそうと思いました。
「ねえ、青木さん。あんたが思いちがいをするのも、むりはないわ。でもあたしは光子なのよ。庭からはいってきた、こじきむすめと、服のとりかえっこをしたのよ。」
それをきくと、書生は、声をたてて笑いました。
「アハハハハハハ、なにをつまらないことをいっている。あっ、ちょうどいい、光子さんがこられた。ねえ、おじょうさん、こいつ、あなたと服をとりかえたんだといってますよ。」
すると、窓に、二つの顔があらわれました。にせの光子さんと、それから、弟の銀一君です。
「あっ、あんた、そこにいたの。はやく、あたしをたすけてちょうだい。あんたがあたしの服をきて、あたしがあんたの服をきているんだわね。」
それをきくと、光子さんにばけたこじきむすめは、目をまんまるにして、わざとおどろいてみせるのです。
「まあ、おそろしい。なんといういいがかりをつけるのでしょう。そんなばかなことを、だれが信用するものですか。青木さん、はやくこのこじきを、門の外へ、ほうりだして。」
こじき姿の光子さんは、びっくりしてしまいました。
「あらっ、なにをいうの。あんたこそ、おそろしい人だわ。ねえ、銀ちゃん、あんたはわかってくれるわね。ほら、おねえさんの光子よ。」
弟の銀一君によびかけて、顔を窓のほうへつきだしましたが、銀一君も、とりあってくれません。
「光子ねえさんはここにいるよ。そんなきたないねえさんなんてあるもんか。おまえなんか、はやく、どっかへいっちまえっ。」
たのみの綱が、きれはてました。
ああ、とんだことをしてしまった。あんな気まぐれをおこして、服のとりかえっこをしたばっかりに、おそろしいめにあわなければならない。光子さんは後悔しましたが、いまさらおっつきません。
あっ、書生がえんがわからまわって、庭に出てきました。おそろしい顔をしています。
「さあ、門の外にでるんだ。そして、おまえのこじき小屋にかえるんだ。」
そういって光子さんのえり首をつかむと、グングン門のほうへおしていくのです。
おとうさんは銀座のお店です。おかあさんは麹町の親戚におでかけです。もうたすけをもとめる人もありません。
それにしても、弟の銀一が、どうして、あたしを見わけてくれなかったのだろうと、光子さんはふしぎに思いました。
しかし、読者諸君はごぞんじです。これは銀一君とそっくりの顔をした、にせものです。ほんとうの銀一君は、ニコラ博士という白ひげのじいさんにつれていかれ、地下室にとじこめられているのです。
ああ、これはどうしたことでしょう。怪人ニコラ博士は、いったい、なにをたくらんでいるのでしょう。まず銀一君をにせものといれかえ、いまはまた、光子さんをいれかえたのです。おそろしい計画は、つぎつぎと、なしとげられていくようにみえます。
「さあ、はやく、あっちへいけっ。」
書生は、門の鉄のとびらをひらいて、光子さんを外につきとばし、そのまま、パタンととびらをしめて、うちにはいってしまいました。